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自分の居場所

私の田舎の家は、理想的な環境にある理想的な家だと今は思う。世界中探してもあれだけ場所的にも恵まれた家はなかなか無いと思う。西洋的な豪邸というのは理想的な家じゃ無いよね。お城のような豪邸は心が窮屈だな。広いけど閉じ込められている。外と中が切り離されている。いつ外敵が襲ってくるか分からない歴史を持つヨーロッパではそれが必要で必然だが。
日本の昔ながらの家には、人が気楽に立ち寄れる縁側という中と外の中間の場所がある。しかし私の田舎の家がいくら良くてもそれが、”自分居場所”だったかというと魂的には違う気がする。だから東京に出て来た。
自分の居場所を見つけてそこで生活出来ている人が一番幸せな人だな。
自分の居場所とは、住所ではない場合も多いだろう。その方が多いかも知れないな?「この人の傍が私の居場所。」とか、仏師は仏を彫る作業所が居場所かも知れないね。自分の居場所とは、心の奥底(魂)が深く静かに落ち着く所だな。そこは不安感や恐怖感の出て来ない場所と言えるかも知れないな。「ここでこのまま死んでも良い。」という場所だな。今のマンションでウトウトしながら、このまま心臓が止まっても良いかな?と思うことはままあるけど、何かちょっと違うのかな?
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錯覚か?意識の瞬間移動か?

昨夜、ちょっと?かなり?気分が落ち込むyoutubeを見ていて、”ふっ!”と意識が飛んだのか?目眩がしたのか?分からないが、田舎の離れ(子供部屋)にいる錯覚に陥った。今の部屋も田舎の離れの部屋も南向きなので波動が似ているのかな?それにしても不思議な感覚だったな。初めての経験かも知れない?寝ていて田舎の部屋のベッドに寝ている錯覚になる時はたまにある。
目を開けて、暗い中、「えっ?ここはどこ?」と1,2秒迷う時がある。
今のマンションに引っ越しをして、もう8年なのか?まだ8年なのか?分からないが、魂か何か知らないが、ここにまだ馴染んでいないような気がする。
約20年住んだ板橋のマンションに間違って帰る夢を見る時がある。
ドアの前に立って、「あっ!帰る所を間違った!今はここじゃない!」と気づく夢を見る。「俺はホームレスと何が違うのだろう?同じじゃないか」と先日感じたな。その感覚は説明しても分かってもらえないだろうな?
ハウスレスでは無いけれど、ホームレスだな。ハウスなら人によって、その大きさの違いが若干あるだけだな。ローンをまだ払っている以上、まだ仮の宿?ローンを払い終わっても仮の宿?そして肉体も仮りのもの?肉体もマンションも、今、使わせて貰っている仮の空間。すなわち、ホームレスだな。
私は中二の秋から、魂の世界である実世界と、仮の世であるこの世を区別して生きてきた。仮の世では仮の世での恋だとか人生の現実的な希望を持っていた。魂の世界のことは、人からは妄想として捉えられるだろうから、人に口に出来ないものとして心の中の引き出しに仕舞って来た。しかし、仮の世であるこの世での運命は、魂の世界である実世界のプログラムから切り離されることはないようだと感じるな。最近思うに、「私は、世界で一番良い所に産まれて来ていた。」ということですね。日本人なら、きっと多くの人がそういうことなのでしょうが?しかし多くの人はそれに気づかずに、妄想としての悩みの中にいる。

日本は世界の奇跡?


日本は世界の奇跡だと思うな。でも、ほとんどの日本人は悲観主義なので、魚が海の中を泳いでいることを知らないように、自らを何も知らない。
エアコンの無い工場で室温が40℃を越えても文句を言わず黙々と仕事をしている。彼らは昼休みの休憩時間も車のエアコンをかけないで、ドアを開けっぱなしにして車の椅子に横たわって休憩しているのを見てビックリした。日本人は何という国民だと。普通そんな仕事、辞めるか、不満タラタラの顔をしてるよね。
炎天下の下で工事中の交通整理をしている老人に近い年齢のカードマンが丁寧に頭を下げて通る人を誘導している。暑いな~!嫌だな~!という顔は何もしていない。「俺がこの場所の安全を守る!」という強い意志と誇りと責任感を持ってみんなやっている。「日本人て、凄いな~!」と頭が下がる。
団塊の世代を中心とした中高年は、GHQの指示によるNHKや大手新聞、日教組の教師に洗脳されてしまって、その洗脳を解くことはもう無理だと思うけど、
日本が滅亡の危機の戦争になったら、普段は、「俺は逃げるよ。」と言いながらも、「あいつが行くなら俺も行くしかあるまい!」と多くの若者(男)は、国や家族や仲間を守るために戦場(国内)に向かうのではないかと思っている。
何か災害があっても規律正しく行動できる民族は、万一の時にはそうなるんじゃないかと思っていますね。逃げ時よりも、死に時を悟る。
私は日本の若者に信頼を置いている。

災害

北九州では雨による災害と犠牲者が出ていますが、子供の犠牲はいつでも辛いですね。60過ぎていれば、「まあ、一人分の人生を生きたのだから、」と納得出来る部分もありますが。中国から飛んで来るPM2.5などの毒素を山や大地から洗い流すために、神が九州に豪雨をもたらしている見方もあるでしょうね。まだ私には意味が分からないのは、人身御供とか人柱とかですね。犠牲者は霊的に言えば神による大地を清める人柱なのかも知れない?それは私には分からないけど。水害は被害でもあるけど、同時に畑や田んぼに山の土の栄養素を運ぶ恩恵でもありますね。人の幸せは、一生の間に地震・水害や火事などの災害や警察の冤罪に遭わないで、人生を家族に囲まれて家で終えることですね。冤罪も辛いですね。でも冤罪にされる人は、過去世で警察官をしていて冤罪を作った人だったかも知れませんね?何事も魂の因果応報?難しいね。

ミュンヘンの町の建物

ミュンヘン、おそらくドイツ全体、の建物は、ロの形になっていて真ん中に中庭がある。これは戦争になった時に、敵が唯一の入り口である正面の門から入ってきた時に建物の上階の窓から弓や鉄砲で狙い撃ち出来るように出来ているのだろうし、一度に一定の兵士数しか入り口から入れないようになっていると考えられる。建物の一つ一つが防御の城になっている。敵を混乱させ、分散させ、一人一人を建物の中で狙い撃ちできるようにしている。
そしてどこに何があるかは地元の人間にしか分からないようになっている。そのために看板も無い。それは略奪を容易にさせないためだな。
銀行、放送局は地図に載っていない。小学校、中学校もほとんど地図に出て来ない。凄い、防衛思考だな。侵略軍が最初に占拠するのは放送局だもんね。
もちろん銀行も占拠する。学校は子供がいれば人質にする。日本以外の国は侵攻の最初にそうする。
日本人から見ると、「今の平和の時代にそんなこと考えるのはおかしい。便利さの方が優先よ!」と考えるだろうけど、ヨーロッパでの平和という言葉の意味は、戦争と戦争の間にある短い休息のことを言う。常に戦乱の歴史の中にあったヨーロッパは、常にいつ起こるか分からない戦争に対処する思考が遺伝子に組み込まれているかのような都市構造や建物になっているのだろう。
そういうのは現地で直接見ないと分からない話だな。普通の人は見ても思いつかないけど。建物の構造を見てそんなことまで考える日本人はあまりいないだろうな?ミュンヘンの町は日本人の想像を越える防衛態勢になっている。
総合的に分析して、ドイツ人は戦争の反省はしていない。負けたことを心の中で悔やんでいるだけで、対外的なポーズを協調的、反省的にしているだけだな。
で、EUとユーロ統一で復讐を果たしたということではあるけど、これからどうなるかな?ドイツとアメリカは、日本人が考える以上に心の中では仲が悪いようだ。アメリカでのドイツ車のシェアーは5%なんだよね。この比率にはビックリしたな。ドイツと中国が仲良くしい過ぎているのがドイツにとって吉と出るか?凶と出るか?はこれからの10年で答えが出るのかな?ドイツはEUと中国をドイツ圏としてアメリカに対抗しようと長期的な戦略を持ってやっている気がするな。彼らは鉄砲ではなく、経済を手段として戦争を継続しているんだな?日本はアメリカの属国になったけど。憲法九条を維持しようとするのはそういうことだよね。日本国憲法は独立国の憲法では無い。建物の構造から話が飛んだ。
ちなみに凱旋門も一般的な意味の他に敵の大群が市内に侵攻してくる時に敵の流れの勢いを殺ぐための物でもあるな。凱旋門の所で一定の時間に一定の量の部隊しか通れなくなるから。こんなのは歴史学者には推理出来ない話だな。


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