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休日暇な人に




数ヶ月に一度、営業活動という名目で訪ねてくる人がいる。昨日も昼頃電話があった。彼の電話の声を聞きながら、「また、何か問題が起きたのか?」と思った。無碍にも出来ないので、忙しいけど彼に会うことにした。
彼は私のことをメンター(師)と呼んでいる。いつも1時間半、人生アドバイスをしているようなものだけど、彼の思考はどうしていつも同じ所をぐるぐる回るのかな?どうして教わったことを次のことに応用しないのだろう?とこちらも疲れてくる。人はどうして思考パターン癖を越えられないのだろう?と思う。
親子で仕事をしている小さな会社と取り引きがある。いつも生意気な態度をしていた息子がこの春にひょんなことで突然、鬱になって仕事に出て来なくなった。私から見ると「何で、たかがそんなことで鬱なんかになるのか?」と言いたくなるレベルのことではあったのだけど。
その息子はこの9月から仕事に復帰してきた。
私が、「こんにちわー!」とドアを開けても、息子はまったくこちらにふり向きもしないで、こちらの声が何も聞こえないがごとく、ボソッボソッと仕事をしていた。
今月の初めに、ドアを開けて、「こんにちわー!」とまた訪ねたら、こちらを見ないで、ポツリと小さな声で「コンニチワ」と返してきた。
父親が、「エッ!」という顔を一瞬した。「息子が人に返事をした!」と一瞬の驚きの顔だった。私は父親のその一瞬の顔を見逃さない。
今日、また「こんにちわー!」と訪ねたら、息子はちょっとだけこちらを見て、「こんにちわ」と返してきた。息子も努力しているんだよね。
返事をして人の顔を見るだけでも、今の彼にとっては勇気のいることなんだろうと思うけど、私の「こんにちわー!」という声が彼に勇気を引き出しているのかも知れないとも思う。私はそういうことを意識して、明るく陽気に声を出して何も気にしていないという態度を取っている。親子して陰の気しかないところに私は意識して陽の気を出している。「何だ?この息子は?」というような思考をすると私から陰の気が出るから、明るく、そして何も気にしないという態度を取っている。そうすると私から陽の気が出ることになる。

そうですね、こうですね。


そうですね、この通りですが、今は昔ですね。
こういうすれ違いは、女性慣れしていない男には分からないな。
今でも小学生の時のまんまのあだ名で呼ぶ女性は一人だけいるな。みんなあだ名で呼ばなくなったけど。親しみとか親近感というのは一番があだ名で、二番がファーストネームの呼び捨てで、次がファースト・ネームの”さん”や”ちゃん”付けだな。その次がファミリー・ネームの呼び捨ての順番だよな。
名前というのは不思議なもので、親がたまたま付けたものじゃないんだよね。赤ん坊の魂がテレパシーで親にその名前を閃かしたんだと思うな。
姓名学とかは何も知らなかったけれど、その不思議な意味は中二の時に閃きで知ったな。名前には宿命が隠されている場合もある。




付録のお話し

地の声は一心と無心の境目で聞こえるのか?無心と三昧の境で聞こえるのか?どちらだろう?難しいですね。一心も初心者と熟達者ではずいぶん違うものだと思いますからね。天の声は無心から三昧の境目か?三昧と安定の境目か?難しいですね。まあ単純に言えば、無心と安定の境目で聞こえるものですね。「無心は安定打坐の入り口」と言う所以ですね。誰がそんなことを言っている?それは村長さん。
地の声が聞こえている人はどのくらいいるのだろう?坐禅(主に一心)の段階で充分聞こえるものだと思います。とすると地の声は一心と無心の境目で聞こえるものだな。しかし少なくともそんなことを考えていると地の声も天の声も聞こえないということは言える。


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