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世界遺産

『世界遺産候補:「神宿る島」喜びにわく地元 宗像・沖ノ島 』
とニュースにあるが、私は賛成できないな。
世界遺産にしない日本独自の歴史、文化遺産にするべきだと思うな。
何でもかんでも世界遺産になれば良いというものでもないと思うけどね。
ひっそりと自分たちで守る遺産にすべきだな。観光客目当て、すなわち金目当ての世界遺産はいずれ文化が形骸化する可能性もある。
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真理は裏道にあり、

きれい事は表道にあるけど、真理はその裏道にあるな。
香里の夏期特別研修会(修練会)はいつも思うのだが、呼吸操練は一番だな。
名古屋の呼吸操練も良いけど香里が紙一枚か二枚上だな。今回の呼吸操練は録音をしておきたかった感があった。説明が進化していた。
「あれ?今までそんな説明していたかな?」と感じることがままあった。
他のところでは先生方から教わった言葉をリピートしているだけだな。
自分で実践を繰り返して会得していくと、自分の言葉で言えるようになるし、感覚の発見があって、それを言葉に出来るようになるな。
教わった形と言葉だけを繰り返すだけでは自分の言葉や感覚的発見は無いな。香里は初心者向けでは無いと思うけど、5,6年やっている人は香里に3回ぐらい参加すると良いと思うな。一回ぐらいでは違いが分からないかも知れないから。それにしても今回は初参加者も含めてテレパシー実験が抜群だったな。なぜだろう?
自分が教わったことに囚われている人は、自分の知識の枠を越えられないというのはあるからな。時に裏道でじっくり学ぶことも必要だな。
今回は高原の涼しさと緑いっぱい、エアコンの完備という環境とホテル並みの三食いっぱいという贅沢な研修会だったけど、贅沢が身に付くと問題かも?
修練会ぐらいは質素と我慢といっぱいの汗という感じだったけど、これもまた、「修練会は高原の爽やかさの中で贅沢に」という価値観の転換が必要なのかな?今回の所で来年もやるともう昔の扇風機だけに戻れないな。
渋谷で法輪講の人達がデモをしていた話しは書いたけど、大きなプラカードには、「真、善、忍」と書いていた。進化すると忍が無くなるのかな?

パン

先週の某関西超有名大手電気企業組合員用のセミナー保養施設で売っていたパンは添加物が入っていなかったので3つ買って帰って来た。美味しかった。
普段も食パンは駅ビル構内のパン専門店で油脂やバターなどの入っていないハード・トーストというのを買っている。
小豆島の馬木という所に最近、小さなパン屋さんが新しく出来たという。
お客さんは外からの観光客がほとんどだとのこと。インターネットを見て観光客が買いに来るらしい。このお盆に帰った時に立ち寄って買ってみようと思っている。ちなみにそのパン屋さんも小豆島オリジナルの人ではなくて外から移住してきた人らしい。そういうアイデアは島の人間からは出てこないよね。
私の村にもそういう移住者が何組かいる。その中に都会(確か横浜)からの移住者で自然塩を作っている人がいる。時々、私は応援のつもりでその塩を買っている。

クリック→→我が村でのよそのものによるプロジェクト
この夏はどうするのだろう?またするなら参加してみようと思っている。

クリック→→古い姿の新しい食堂(ここはオリジナルな島人がやっている。)


実人生

You-Tubeを見ていたらある人が、「実人生」という単語を使っていた。
確かにね~、「この世は仮の人生」とは私も言っているのですが、取り敢えずこの世で生きる上での仮の伴侶、仮の子供、仮の家、仮の仕事、という概念を私は使っているのですが、実人生をこの世で生きられる人が幸せだな。
仮我と実我の間に矛盾が無い人生のことだな。そういう仮我が順動仮我だな。

坐は、人が二つ、仮我と実我ですね。
仮我は、あ~だ、こ~だと言葉と感情で考える自分。実我は、自分の中にいる言葉を持たないもう一人の自分(本当の自分)ですね。
大抵の人は、あ~だ、こ~だと考える自分を本当の自分だと思っている。
土の_は大地を表し、
|は真っ直ぐストンと立っている、または座っている姿勢を表し、
-は臍下丹田を表す。
すなわち、大地にまっすぐストンと立ち(又は座り)、臍下丹田の上で仮我と実我が対面して対話している状態を表している、というのが村長さん流解釈ですね。
ずーっと前(10年以上前)からそう言っているのですが、まあ、こんな”こじつけ解釈”は、勝手、自由で良いのですが。
何はともあれ、仮我が実我の声を聞けるようになったら人間一人前ですね。


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