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歯痛

左奥歯がだんだん悪くなって歯痛が進行していることは以前に書いた。田舎に帰っている時は歯痛が完全に消えた。戻って来てからまた少し痛みというほどではないけど、調子の悪さが戻って来た。と思いきやまた消えた。いったい痛みというのはどうなっているのだろう?痛みの変化を観察の対象にしている。
田舎のあるクラスメイトは少しでも痛いとすぐに歯医者に行くそうだ。薬剤師だったから仕事柄気にするのだろう。そんなに自分の痛みを気にするのだったら奥さんに気を使ってやれよ!と言いたいが時既に遅し。約10年前にガンで亡くしている。奥さんに気を使っていた節は無い。今は子供も寄り付かないそうだ。女房(子供にとっての母親)に気を使わないとその後子供に見放されてしまう。因果応報だけど、そのことに気づいていないようだ。
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コロナ死

「新型コロナウイルスの死者数が急増している。8日に累計死者数が6万人を突破したが、5万人を超えてから1カ月余で1万人増えた。」とネットニュースにある。80代の基礎疾患を持っている人が殆どだろうけど、何のためにWチンを4回も5回も打ったのかな?Wチンなんか打つから免疫力が落ちて基礎疾患が悪化してそうなるんだと思うな。PCR検査すれば陽性になっていてコロナで死んだことになる。年寄りを早く減らすためのコロナかも知れないね?日本の老人医療費がかかり過ぎているから。Wチンを打たなければとっくにコロナは消えている。ウイルスもWチンに対抗して遺伝子生存のために次々に変異を繰り返しているのだと思うな。インフルエンザでも約1万人が死んでいたのだから。今、インフルエンザは殆どいない。5千万人がインフルエンザに感染して1万人が死んでも大したニュースにならなかったのに。自分の力(免疫力)に頼らないで、ほら降圧剤だ、ほらコレストールだ糖分過多だと薬に頼って来た結果だと思うな。70代で何も薬を飲んでいないと医者に不思議がられるらしい。

最高のもの

「感謝と歓喜という感情をより多く持てば宇宙霊の与えたもう最高のものを受け取ることが出来るのである。」と誦句集にあるが最高のものとは何でしょうか?
健康、繁栄、成功でしょうか?最高のものとは、「宇宙霊との一体」ではないかと考えている。誦句集の中に健康、繁栄、成功が得られるなんて何処にも書いていないね。不幸福撃退の誦句はあるけど。
「悲しみを抱きしめて勇気を持って立ち上がる。」というのも無いね。天風教義の教えにそういう観念が無いので辞めて行った人はたくさんいる。書かれていないことは何か?という問いをした先生を知らない。
「笑いましょう 勇気」という言葉を年末に見つけたけど、笑うことは勇気を必要とするということなんでしょうね。地獄のどん底で笑いしか出て来ないケースもあるけど、笑っていれば時間が過ぎて行く。悲しんでいると時間が止まってしまう。子供を亡くしたばかりの親に、「力だ!勇気だ!信念だ!」と唱えさせても尻を向けて去って行くだけだよね。天風先生個人は悲しみも同情も深くあったと思うけど、文章にしたものにはそんなことは書かれていない。後の人は書かれたものだけがすべてだと信じて教条的に学び教えようとするから会は伸びない。
憲法には明文憲法と不文憲法があるよね。誦句集に書かれていることは明文憲法であり、不文憲法も理解する必要はあるかもね?

臨死体験とあの世


私も高二の時に臨死体験程ではないけれど、死にかけて幽体離脱した経験がある。その時見たことは誰にも言っていないし言わないだろう。他人には関係ないことだから。人は神(名無き神または宇宙霊)の存在を確信するためにいろんな経験をそれぞれさせられるんじゃないかな~?そんな気がしている。そのために経験させられるいろんな現象(金持ちになるとか乞食になるとか深刻な病になるとか)は神から見て対等なんだと思うな。人間個々はその現象(金持ちになりたいとか健康になりたいとか)を目標にするけど、神が人間に与え求めることは神・宇宙霊を本気で気づくことだけ。本の知識だけでは足らない。細胞で気づくこと?手っ取り早い方法は瞑想?安定打坐?面倒な方法は修行とか苦労かもね?だから安定打坐、修行、苦労は対等なんです。神の存在・働きに気付くための手段だから。何だか宗教っぽい話しだな~?

服部さんが亡くなったらしい。

服部さんが亡くなったと聞きました。ご苦労様でした、そしてご冥福をお祈り致します。東京の会の現状の大御所でした。自分の能力以上のことを会員から期待されていました。かつて東京が分裂した時、服部さんの人柄と人格で護国寺の忠霊堂が使えることになりました。その功績は大きいですね。今日の日曜行修会ではそういうことは何も無いが如く進行されました。黙祷もありませんでした。東京天風会はいつもそうです。「亡くなったらもう関係ない。」という感じで流れて行きます。(途中退席したのでその後に黙祷はあったのかも知れませんが。)
2019年の秋に既にもう死期は近いと本人も気づいているように私には見えました。天風会ではクンバハカと神経反射の調節法の区別がついていないので、ここでは敬意を表してクンバハカと書きますが、服部さんはクンバハカを一生懸命していたので2020年1月当時も何とか持っていたと私には見えました。クンバハカをしなければとっくに歩けなくなっていた。この正月までよく持ったと思いますね。日曜行修会も再スタートしたので安心しての旅立ちだったのかな?
今日が本当の日曜行修会再スタートの日のように見えました。室外行修40人、室内行修はダラダラと入って来て70人ぐらい。少なくとも安定打坐の時間は入室禁止、リーダーも動くな!ぐらいの真剣さは必要ですね。


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