忍者ブログ

カレンダー

01 2026/02 03
S M T W T F S
4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長さん
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

忍者アナライズ

[433]  [434]  [435]  [436]  [437]  [438]  [439]  [440]  [441]  [442]  [443

家族

チャールズ皇太子(国王になる前)が、エリザベス女王が崩御した時に「私たち家族にとっても大きな悲しみです。」みたいな発表をしていた。
この言葉に?を感じた人はいるだろうか?当たり前の言葉として誰も違和感を持たなかったのではないだろうか?家族として当たり前だろうから。
私は違和感を感じました。日本の天皇が私の家族という表現をしたことあるだろうか?私の知る限り一度も無い。天皇には名前が無い。なので一般的な意味での家族は存在しない。名前が無いので自分というものが存在しない。常に今上天皇とのみ表現される。日本の天皇は世界の中で凄い存在なのです。奇跡的存在なのかも知れません。物理学者の保江氏の本ではその特殊性が書かれているけど。それが本当かどうかは私は判断出来ない。イギリスは王家という一家族が支配しているのです。その国民王室の在り方で日本の皇室を真似たと書いている学者もいる。日本は権威と権力を分けたと単純に歴史書に書かれているけど、天皇はそんな単純な存在ではないんですね。
PR

クンバハカと神経反射の調節法

クンバハカに入ると肉体の感覚とか存在は無くなる。肉体の感覚が意識にあるのが神経反射の調節法。まずは神経反射の調節法を訓練しないといけない。
クンバハカは”するもの”でなく”なるもの”。”なる”ように体勢を作る努力が必要と私はいつも言っている。天風先生も、「クンバハカは神経反射の調節法より遥かに深いもの」と言っている。クンバハカに入った経験がないとこの違いは分からない。クンバハカは霊体だから見えないものが見えて来る。幽霊や天使が見える訳ではないが。

日曜行修会

今日、日曜行修会に行って来ました。参加者は30人ぐらい。終わってからZOOM参加者を画面で確認したら31人だったが、少なくとも10人以上はもうOFFにしていただろうから、ZOOM参加は40人ぐらいかな?多くても50人かな?
室内でマスクを外している人は4人だけだった。後はみんなマスク。ウイルスを恐れてZOOM参加なんて天風先生は草葉の陰から嘆いているだろうな。
ちなみに来週はZOOMのみの秋季修練会で日曜行修会はお休み。
それにしても夏期修練会後約一ヶ月しか経っていないのに少な過ぎる。そして内容が低過ぎる。勿論一人一人はそのレベルで真面目で健気なのは間違いがないけど。校長のいない小学校の感じ?先生のいない自主授業?児童同士の輪番授業クラス?そんなのは参加する意味がない。社長が雲隠れした会社?会社なら倒産が迫っている。一度倒産した方がより良い再生が出来るかも?
何もしないで口だけ達者な理事とか評議員とかが多過ぎると思うな。厚労省に提出する財団の報告書に名前だけでも飾りが欲しいのだろう。何もしない人は消えるべきだな。
杉山会長(当時)は天風会のいろんな記録を天風会の中の会員でなく会員でない外の人に渡していたんだな。会員の中には未来を託す人材がいないという判断だったんだな。人の良い腰巾着はいたけれど。そういう意味では教義の伝承を会の外の志を持っている若者(当時の)に任したという判断は正しかった。未来を大きく見ていたんだな。立派だな。その人の著作を読んでいても益々気が入っている。真剣さが伝わってくる。今のどの天風会会員より真剣に取り組んでいるようだ。天風会をどう守るではなく、天風先生の教えの未来を誰に託すか?ですね。天風教義が正しく伝わるためには硬直化した(財)天風会は無くなって構わないと口には出さずに決心していたのかも知れない?おそらくその人の勉強会はコロナ禍に負けていないと思うな。「真面目で健気」と「志」は違うから。
「真面目で健気」な人は天風会にたくさんいるけど、「志」を持っている人は会にはいない。会の代表と副代表が同時にコロナ陽性になったら困るから陰性を確認して交互交互に出ようとでも思っているのかな?会社ならその判断は正しいが。社長と副社長は同じ飛行機、同じ車には乗らないのは当たり前の行動。

言葉の誦句

天風会では「言葉の誦句」をよく読むけど、それはそれでとても良いことだけど、その意味を掘り下げて解釈している人はいるのかな?そんな人の話しを聞いてみたい。今迄いろいろ解釈してきたけれど新たに新解釈を思いついた。
声は空気の振動だとは誰でも知っている。その空気の振動を耳で受けて声という形で脳の中で変換している。声は振動だから耳だけでなく振動として自分の身体の中に入って来る。振動で入って来たものを自分の身体の細胞全部が脳を通さずに音ではなく振動すなわち波動で認識している訳ですよね。自分の発する声は波として全身の細胞に伝わっている訳です。そのプラスの波動、マイナスの波動というものは運命や健康に影響をもたらすのではないだろうか?なので言葉の誦句の実践は頭で考えている以上に奥深いものではないだろうか?

凄いね、この姿勢の維持。

凄いね、流石に天皇は違う。その姿勢とその維持。微動だにしない。

前に大きなモニターを置いてそれを読んでいるようには見えない。ということは一字たりとも全く間違いを起こさないように英語を記憶しているということですよね。間違いを起こしたり、読み飛ばしたりすると天皇の権威を落とすことになる。
普通の人の眼には普通に見える。俳優でも演技に見えない演技が超一流と言われる。昔、森繫久彌のテレビや映画を見ていると、「なんだ、普通の会話をしているだけでないか?何でこの人が一流の俳優と言われるのだろう?」と40ぐらい迄思っていたけど、普通に見える、努力の跡が見えない、というのが凄いんだと分かるようになったのは40過ぎてからだよね。努力が見える、一生懸命の汗が見えるというのは、まだまだ二流三流なんですよね。
いや~、更によく見るとモニターを読んでいるのかな?それでも凄い。


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne