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型を越えて型を創る。

いろんな型を学んで統合して自分の新しい型を創る。過去の偉い人はみんなそうしてきたと思う。よく言うところの守破離ですね。池の中で「守」だけをやっていても創始者は喜ばないと思うな。また「守」だけでは宇宙霊と一体には成り得ない。「離」で宇宙を掴める。それで師は本当に喜ぶのだろう。仏教でも親に会えば親を殺し、師に会えば師を殺し、仏に会えば仏を殺し、という言葉があるよね。学問も同じだよね。師を越えて師も喜ぶのは同じ。そこて怒る師は偽物です。ある本にこんな言葉がありました。「稽古を通して学ぶことはすべて型のなかにあり、型をおこなう時は、そのなかに込められた命というものを読み取らねばならない。」と。それを積み重ねて行くと自分の型の発見があるのです。
型を覚えるのでなく形(かたち)を覚えるだけではね〜?
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グリーン車

久しぶりにグリーン車に乗った。指定席が満杯だったから。グリーン車も一席しか空いていなかった。11号車11番Çの席だった。40からグリーン車に乗っていない気がする。グリーンが当たり前の人生になると思っていたのに。

顎を上げる。


ついでに、これも。

神経反射の調節法は収縮系なんですよね。意識して肛門を締めるから。それで身体の力が抜けない。真面目な人ほど気が内に落ちている。
クンバハカは逆に解放系なんです。身体の力が抜けて肛門を締めようとしないで締め上がっている。締め上がるというより、上がり締まっている。そうすると肩腹尻の三位一体が自動的になっている。肩の力を抜いて臍下丹田に気を込めてと言わなくてもそうなっている。こんなこと池の中では教われない。

水は流れないといけない。

水は流れないといけない。教えも池で流れを止めてはいけない。

教義の教えも流れればいつか大河になるかもしれない。池で止めれば水も教えも活きない。池でちゃぷちゃぷして学んでいるつもりになっている教えの会もある。もちろん幼い時は池やプールでちゃぷちゃぷして泳ぎを覚えないといけないが。いつまでも池の中にいると外が見ないままで終わるな。



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