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仁和寺展

今日午後暇だったので上野の国立博物館へ仁和寺展を見に行った。2時前に着いたが20分待ちだった。それにしても日本人は仏教展には本当に多くの人が見に行くよね。凄い国だよね。それでいて無宗教だと自称する人は多い。
ついでにその帰りに「アラビアの道」展にも立ち寄った。親しみは感じなかったが、100万年前の石器が飾られていた。人類がアフリカからアラビア半島に移動した時のものだと書かれている。本当かな~?という感じはした。その他にも、アルバイトに作らせたねつ造品(または再現品)じゃないの?という感じのものも多かった。まあ、私がうがった見方をしい過ぎるのかも知れないけど。世界には金のためにあらゆることをする人達は多いからね。中世のものとしてはコーランがいくつか飾られていたけど、いや確かに本物は不思議なエネルギーはあるね。それは感じた。
まあ、日本は本当に幸せな国だな。仏展の隣の建物でアラビア展をしていて、同じ公園の近代美術館ではヨーロッパの芸術展を同時にしている。そんなのまるで奇跡の国だよね。1200年前の空海の書を見て、人類がアフリカを旅立った100万年前の石器と7千年前の石器や壺を同じ日に見てるんだよ。
しかし、最近、「雑兵たちの戦場」という本を読んでいるが、日本は、と言うか?日本もこんなに酷い国だったんだ?というショックを受けて落ち込んでいる。
ただ言えることは、日本は確実に国民の質が年々進化しているということですね。50年前の大阪では電車のドアの前に並んではいなかった。我先に降りて我先に争って乗っていた。タバコの吸い殻を道に捨てる男は日本中多かった。3.11以降、関東では車の道の譲り合いは本当に素晴らしい光景になっている。毎日、ドライバーのマナーやスーパーや何かの店で働いている人を見て、日本は本当に素晴らしい国だと感心している。
日本人から見て当たり前のことは世界から見て当たり前ではない。
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メールエラー

ブログを読んでメールを送って頂いている方で、返信をしてもなぜかエラーになって返って来ることがあります。無返信ではありませんので、ご容赦ください。
まれにプロバイダーの相性でメールが通じないアドレスがあります。
それにしても不思議だな~?メールに文章を書いて送ると必ずエラーになるけど、その文章をコピーして、新しいメールに貼り付けると送れるケースもあるようだ。何が違うのだろう?

愛

命に気付けば、愛がもれなく付いてきます。コインの裏表の関係ですね。
人間から見ると、愛が表のように見えます。
命を気付くことは宇宙を知ることになります、そして愛の発信者になります。

悟り

悟りとは、
死生観の確立と、命の凄さ、素晴らしさに気付くことだと思うんですよね。超能力なんかいらないし、関係がない。命は命をかけて守る価値がある??
親や教師が命の存在の凄さ、素晴らしさを子供に教えることが出来れば、子供のいじめなんてものは無くなる。大人同士の間のいじめも無くなる。それとも大人の世界のいじめが子供の世界に反映していじめが起きている?政治の世界はいつも、いじめの世界みたいだね。
死生観と命の存在の凄さというのは、天風先生はあの手この手で教えようとしているが、天風会では教え切れていない。それは教える人がまだ悟っていないから、それらが分からないからですね。会員も先生方も一人一人はまじめで誠実なんですが。「何の本にこうこうしかじか書いている」では、まったく分かっていないことになりますね。知識では分かる世界には入れない。
理入というのは知識や理屈(理論)から理解することを言うのではなく、瞑想の中で悟ることを理入と言うんですよね。でも瞑想の前に知識を入れておくことは必要。知識が瞑想を通して身体の中に染み込んで行く。瞑想中のイマジネーション力が必要なんだろうな?だから真理瞑想中はメモを取るな!と。
メモをしている時はイマジネーション力が働かないから。話がまた逸れた。
とにかく、命の素晴らしさが分かっていれば、黙祷ぐらいは自然に出来るよね。そういう意味では宗教の方がまだ真理に近い?

積極

亡くなった人に心を向けるということは、天風先生存命の頃の戦前からずーっと天風会には無かったのかも知れない?それは心が消極になるから?
戦前から昭和25,6年頃まで会員だった人のお話が日曜行修会で一度あって、その人に後で天風会員も多く戦死している中で戦争中の行修会の雰囲気をお聞きしました。積極一貫だったとのことでした。
「一度、悲しみを受けとめて、それから積極に向かうということが大事だと思いますが、天風会にはそういうのがありませんね。」と私が言ったら、
「それが私が天風会を辞めた理由かも知れない。」と言葉が返ってきました。
このことは当時のブログに書きましたが、その人は、ヒーリング・サウンドを作る会社の顧問をしていました。そのヒーリング・サウンドを作る会社が作成した音を私も偶然安定打坐用CDの中に組み込んでいました。こういう人がみんな天風会に残っていれば天風会は凄い会になっていただろうに?と思いましたね。
天風先生は般若心経を写経したり、仏像を彫っていましたが、それは戦争などで亡くなった天風会員の鎮魂だったのかも知れませんね。でも、天風先生は理由を口にしなかったので、それを理解できる会員はいなかった?のかも知れませんね。天風会には積極はあるけど、癒しが無いんですね。ヒーリングとか癒しというのが今の世の中には必要要素なんだろうと思いますね。
「癒しを必要とする人は他に行け!」なのかな?それが会員数の縮小傾向の理由かも?少なくともそういうことに対する理解や思いやりは必要だよね。
追記
天風先生は未来透視が出来ていたので、戦争中、こいつは生きて帰ってくると見えた人間には、「お国のために死んで来い!」と送り、
こいつは戦死すると分かった会員には、「何があっても生きて還って来い!」と言って、後で陰で泣いていたと聞いています。
天風先生個人は、そういう人の情が深かったと思うのですが、会の活動の中に形としては何も入れなかったので、そういう心情は会としては誰も受け継げなかったのかも知れませんね?20年ぐらい前に、当時の理事長が現役で突然亡くなっても、天風会の行修会では亡くなったお知らせも黙祷もありませんでした。
それで尊敬に値する会員が会の冷酷さに怒って天風会を辞めて行きました。
そうやって天風会は、多くの人の指針になるような優れた会員が去っていった。


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