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武士道

武士道、サムライ・スピリットとは不思議なものだな。侍の人口は2割もいなかった。多くは百姓であり、その他、何らかの職人であり商売人だった。
確かに侍には侍スピリットを持っている人が多かったのかも知れないけど、それは百姓、町人には無縁だったはず。それが徴兵で訓練されて兵士になって戦争になると百姓だったはずの兵士が侍スピリットを意識して矜恃を持つようになった。日本人は不思議だな。百姓は百姓の精神で、いざとなったら逃げれば良かったのにと思う。
私には海賊スピリットは遺伝として残っているかも知れないが、侍スピリットとか武士道精神なんか持っていない。武士道とは、ある意味、非合理精神を美としているところがあるよね。先の戦争中、「降伏すれば拷問を受けて残虐に殺されるから、捕虜になるより自決しろ!」というように教えられていたので、降伏より自決を選ぶほうが良いという考えではあったのは事実ですね。
大陸でのロシア人や中国人から残虐な方法で虐殺されたことを知っていれば、それは当然の帰結ではありましたね。アメリカ兵による日本人兵士捕虜の虐待も多かったし、捕虜の半分は殺されたという説もある。実態が分からない。
日本人捕虜がどのように米軍によって扱われたかという回想録みたいなものは無いですね。不思議ですね。私の記憶では、捕虜になった日本兵は帰国後、軍人恩給が貰えなかったと読んだ記憶がある。日本政府も残酷ですね。
ドイツ市民およびドイツ人兵士捕虜は戦後、連合軍によって300万人が殺されたと言われている。日本ではそれ程の数の悲劇は無い。でっち上げの罪で戦犯となり死刑になった者も多いし、レイプされた日本女性も2万人と言われているが、ドイツの悲劇に比べれば遙かに少ない。
「そんなに殺されたのならドイツ国民は黙っていないわよ!」と言った団塊の世代の女性がいたが、戦争に負けることの意味を日本人は理解出来ていない。
日本人の戦後の犠牲が少なかったのは、特攻隊員を含めて勇敢に最後まで戦った日本兵士の姿を見て、「日本人を怒らせたら怖い。」というのを身に染みて米軍は知っていたからですね。その代わりラジオ、新聞、学校教育、家族制度の変更、を通して、日本精神の破壊に全力を注いだ。その結果、団塊の世代とその上の世代が洗脳されエゴイズム中心の日本嫌いの日本人になった。
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8月です。


8/15に東京にいる時は靖国神社に行っていたのですが、最近は行けないですね。お盆の迎え火、送り火をするのは、何となく私の役割になっています。
墓の掃除と水やりは義叔母が、以前は毎日だったのですが、ここ2年ぐらいは1日おきに欠かさずにやってくれています。義叔母ももう歳なので、今年は一週間に一回ぐらいになっているかも知れませんが。墓はまま長い急な坂の上にあるので80歳を過ぎるときつくなる。
11日の大阪行き夜行バスに乗り、翌朝8時の神戸発のフェリーに乗って帰省します。

ミニ同窓会

8/14、高松の先生の所に5人で伺うことになった。ミニ同窓会だな。理科系3人が高校卒業後に会うのは初めてだな。学校の成績としては私が一番下だったな、きっと。高三の時に理科系3人で一緒に数学の勉強はしていたな。
一度、世界史か何かの授業をサボって三人で数学の勉強をしたら、後で職員室に呼ばれて怒られたことがあったな。
先生は白血球ではなく赤血球の癌なので、きっと最初で最後のクラス会だな。
5人でまた集まることはもう無いだろう。高校はクラスのまとまりも無かったし、先生との繋がりも薄かった。高1や高3の時の担任は覚えていない。高校ではクラス担任の先生というのは意味が無かったな。中学時代はクラス担任に反発しか無かったな。

香里夏期修練会

香里夏期特別研修会(夏期修練会)に2001から参加するようになって毎年、「今年が一番良い修練会だった。」と思うようになっていますね。
この三日間の25回目?の修練会も、「今年の修練会が一番良かった!」と感じています。まあ、過去のとこは忘れるのであまり記憶が無いからかも知れませんが?一回目、二回目は東京に出ました。一回目は、日曜行修会とあまりに違うのにビックリ!しましたね。なんか世界観が変わったような気がしました。
二回目の時に、毎年海外旅行している田舎の友達を、「心の外国に行ってみないか?」と誘いました。後で聞く所によると、「どの外国に行くより感動した。」と言っていました。香里夏期特別研修会は他とちょっと違うので、後5人ぐらいは参加して貰いたいと思いますね。まあ、前にも書きましたが若い人や初心者向けでは無いかも知れません。先生方の講義・講話から得られる直接的知識による理解の進化ではありません。ある程度熟した人が参加して、より深く自分で感じて会得することが出来る所かも知れません。
天風会の夏期修練会は、特に香里は、天国の学校で学ぶための予備校?
普通の人の知識、感覚からは離れているのかも?次に人間として生まれるための基礎勉強みたいな感じかな?それを人間として生きている間に学べる?
心身統一法、それを人間語に直すと、「心と体の積極的調整法」かな?
朝5時の保養施設(修練会&宿泊会場)
私より先に来て瞑想をしている人がいた。
私の場所からの写真。一度決めたら変えない。
朝6時からの自主操練(みんな真面目だな~!)
朝露はマイナス・イオンいっぱいなので、裸足で歩くと足の裏からそれを吸収して健康になると言われている。若干科学的に言えば、マイナス・イオンすなわちマイナス電荷が身体のプラス電荷と反応して微弱電流が身体に流れ、身体が活性化する。滝行なんかも同じですね。滝にはマイナス・イオンがいっぱい。
ロビー裏庭
ロビーの風景(昼食後の一休み。)安楽のひととき

高松とうどん

高松にいる先生の所に今のところ4人で行くことになった。後、一人増えるかどうかは未定。高松のどこで会おうか?ということになって喫茶店を調べたら、ずいぶん東京とは違う雰囲気だな。高松も東京とは違った進化をしている。
なかなか洒落た店がある。久しぶりに高松で讃岐うどんを食べてみたいしね。ちなみに、3年連続うどんコンテスト日本一になった群馬館林のお店が銀座に支店が出来たようだ。嬉しいね。館林まで行かなくて済む。
何年か前に、そんな店があることなど何も知らずに、館林で仕事ついでに、たまたま見つけて食べた時に、「うん?この味は讃岐うどんを少し甘くした感じだな。なんでこんな所に讃岐うどんの味が?」と思って、店員に聞いたら、「ここのうどんの元は、初代が明治の初期に日本橋で食べたうどんの美味しさに感動して、作り方を学んでこちらに帰って来て、うどん屋を始めたもので、当時はまだ讃岐うどんは東京には出てきていなかった。」ということで、そのうどんとは小豆島のうどんとのことでした。今、小豆島にそんな美味しいうどんを出す店は無いが。
調べてみると、日本橋とか国会の石組みは小豆島(豊島中心の職人らしい)の石職人が作り上げたもので、その職人達に食べさせるために小豆島のうどん職人も一緒に来ていたようだ。そのうどんが美味しかったということですね。それが群馬県に拡がったようだ。
島原のそうめんも、元は小豆島から伝わったものですね。


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