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戦争と復興

昔、お年寄りから聞いたことがあります。「先の大戦では、優秀で良い人から死んでいった。あの人達が生きていれば日本は素晴らしい国になっていた」と。
確かに戦争で数百万人の若い人の命が亡くなったということは、その世代の人材を百万単位で失ったことになりますね。それでも日本は戦後、経済復興したのだから凄いですね。
生き残った人達は、戦死した仲間の分まで頑張ろうと口に出さないでも頑張ったのかも知れませんね。ひねくれて酒に溺れたのも多いけど。それも仕方がないですね。人にも家族にも言えないことを戦場で見て、また、してきたのだから。
日本がアメリカに負けるように仕向けたのは、山本五十六大将と南雲忠一中将だと思うな。更にその上にも何人か東京にいたのだろう。
常識を外して私の頭の中で改めて戦争をシュミレーションをするとそうなるな。
南雲中将には昔から否定的だったけど、山本五十六には肯定的思考をしていたのだが。作戦や艦隊配置図を見ると、彼らは、戦争に腹が据わっていなかった、戦術にへっぴり腰だった。日本が負けるようにアメリカと裏でつるんでいたという説があるけれど、一理あるな。戦ったのは戦場の兵隊さんだけ。
チンギスハーンについても800年経って始めて判ってきているのだから、先の大戦も後少なくとも百年はかかるな。二百年ぐらいかかるかな?

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海外での日本人の安全呆け

海外旅行での若い日本女性の被害の原因は共通していますね。日本人女性の安全呆けですね。自分は殺人やレイプに会うはずがないという根拠無き自信ですね。海外に行くと日本女性の無防備さに呆れてしまうことが多いですね。
レイプされるのをまるで期待しているかのような行動と服装をしている。
特にイスラム教の国に行く時は服装に注意ですね。人気の無い場所には絶対に行かないというのは鉄則ですね。
私だって人の動きに細心の注意を払う。
こういう場所では、「力だ!勇気だ!信念だ!」は通用しない。臆病こそ大事。
海外旅行で地中海で泳ごうと海に飛び込んで心臓麻痺で死んだ人、北欧の国に行ってホテルの階段をすべって落ちて頭を打って死んだ人、そういう人もいます。本人は極楽死ですね。最高の気分で、そのまま天国。まあ、周りは後始末で大変だけど。
人間の死は天命なのかも知れないけど、残された家族はそうは思えないよね。本人はカルマを解消すべく魂に導かれてそこに行ったのかも知れません。
私がウズベキスタンへ行った時はそういう覚悟をして行ったな。自分で分かっていたからね。
人間、運というのがあります。戦争に行っても数々の幸運で助かった人もいます。そうでない人もいます。でも運は過去世の生き方、今生でのこれまでの考え方、生き方によって作られるのでしょうが、先の大戦では良い人ほど死んでいったと聞いたことがあります。どうしてでしょう?人間から見ると理不尽だよね。
いろいろ本を読んでいて、臨死体験で不思議なのは、ヤクザの斬り合いギャングの撃ち合いの結果での臨死体験というのは一度も読んだことがありません。そして社会的に立派な人が臨死体験を書いているのも知りません。臨死体験というのは普通の人の話ししかないですね。なぜでしょう?立派な人がそれを語ると世間からバカにされるから黙っているのかな?

学び

親のせいに出来るのは二十歳までと書きましたが、それは人間の意識の成長の段階としてしょうがないということで、真理は違いますよ。
過去世のカルマや魂の学びのテーマに基づいて、自分で環境や条件を選んで生まれてくるのだから。私の感じでは、概ね二十歳までは過去世の繰り返しか、逆の繰り返しですね。子供がチャンバラごっこやままごとをするのは過去世の追体験なのだと思いますね。テレビや親の真似だけではないのです。過去世で弱い者いじめをした人は、いじめられる立場として生まれる。
人間の一番の罪は裏切りですね。その中の一番は神への裏切りで、二番目は国への裏切りですね。神への裏切りとは、神の名を語って自分の欲を追求する教えを説いて人を導くことですね。真理のミス・リードは怖い。
前世で大事な人を裏切っている人は今生でそれなりの試練の環境に生まれていると思うな。だから余計に今生では人を裏切ってはいけないのだが、裏切る心の癖を持って生まれているから、心の癖直し、これがなかなか難しい。
難しいから学びなんですけどね。簡単に出来ることは学びにならない。
過去世でたくさん人を殺した人間は今生で坊主になっているケースもままありますね。過去の懺悔と供養のためですね。もちろん、本人はそんなこと知るよしも無いけれど、魂は知っている。私も過去世で両方の経験がある。
裏切りもね、魂の本来の立場に戻るために、この現象界の立場を裏切るというケースもありますけどね。それはそれで責任を背負う覚悟があれば悪いとは言い切れない必然の場合もありますけどね。



人生の選択

過去世においては、人は自分の人生はほとんど選択できなかった。生きることも死ぬことも自分で選択できなかった。今のこの世は、いえ、今のこの日本では、いろんなことを自分で選択できる人生なんですね。ひとつの人生を正しく生きれば生きるほど、次の人生では自分の意志で選択できる量が増えていく。
過去世において行ったいろんなこと以上に、今のひとつひとつの自分の選択が次の人生を決める。真理は個人的事情は考慮しないと天風先生も言っている。
すなわち、「あ~だったから、こうだったから」という言い訳は効かない。それが分かっている人は非常に少ない。そういうことに関しては畏れていいのです。
この一生はこの一生しか無いからこそ怖いのです。人生はこの一生しかないということと輪廻転生があるということは矛盾しないのです。
まあ、それにしても人生は試練の連続ですね。試練の少ない人はそれなりの良い過去世を持っているのかも知れません。
また逆に試練の大きい人は、立ち向かえば学びも大きいということですが。

男、60~62というのは引退の時期なんでしょうね。仕事そのものが新しい流れに変わっている。若い人に任すバトンタッチの年齢ですね。
しかし私は引退できない。引退できないと言うことは、新しい自分を作り、新しい挑戦をしないといけない。要するに自分が生きながら生まれ変わらないと新しい時代の仕事に対応できないと言うことなんですね。
引退するか、生まれ変わって新しく挑戦するかの選択ですね。
男50の時もそうですね。50過ぎると、体力、気力的に最前線には立てない。
50になった時に、「事あらば、我、革命の先頭に立たん!」という気力が消えて、「応援するから君たち、頑張って」という年齢になったのに凄く落ち込んだ。
しかし悠々自適の人生は私には無いようですね。挑戦者のまま、あの世に倒れ込んでいくのかな?過去世のカルマが大きいのかな?(実際、大きいと思う。)
私もね~、仕事がね、やってもやってもうまくいかない、ひとつ山越えれば、またより高い山が前に出てくる。そんな連続を生きている。挫けることができたら楽いだろうな~、いじけることが出来たら楽いだろうな~、人のせいに出来たら楽いだろうな~と思うことはいつもだよね。今もそういう日々を生きている。

ちなみに親のせいに出来るのは二十歳までだよね。25過ぎたら親のせいには出来ないよね。40過ぎたら会社のせいに出来ないよね。50過ぎたら社会のせいに出来ないよね。60過ぎたらすべて受け入れないといけないよね。
60過ぎるといつ死ぬか分からないのだから、死ぬ直前に、あうだこうだと好みや主義主張をしますか?ということですね。







前にも書いたことがありますが、一日一生ではなく、一呼吸一生。
息を吸いながら生まれ来て、息を吐きながら死んでいく。少し息を止めて死の世界を味わう。そしてまた生まれ来て、また死んでいく。
息をしていることは生きていること、生きていることは息をしていること。
当たり前のことです。だから、息るは、生きるですね。生きることは息るですね。
一呼吸に一生の真髄がある。一呼吸の間に何をするか、何を想うかがその人そのもの。愚痴や批判や心配をしながら息をしていると、それがその人そのもの。最期の一呼吸の間にあなたは何を想いたいですか?
死の間際においては、一呼吸、一呼吸が何ものにも代えられない宝物になります。



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