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篠島

Scan0093.JPGこの島で6/23(土),24(日)勉強会を行います。
詳細はお問い合わせください。










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明日明後日の天気

明日(5/4)、明後日(5/5)は晴れて欲しいな~。
練馬の光が丘公園でモンゴル春祭り「ハワリンバヤル」があるから。
ほんとうにな~、モンゴルのことを思うと涙が出てきそうになるな。今年もモンゴルには行けないな。







疲れ

先週の土曜は疲れているとそんなに感じなかったのに、日曜の安定打坐から疲れが出始めて、昨日は夕方から頭痛もしてきた。これはやばいと9時前にはベッドに入って寝た。高二の時に、髄膜炎にかかって何日間か生死をさ迷ったことがあるけれど、意識不明になる前の強烈な頭痛の記憶があり、頭痛に対してはまだ恐怖感がある。
不自然な頭痛がしてきた時は、”ヤバイ”とすぐに寝ることにしている。
もちろんクンバハカと安定打坐で、頭痛などは自分で一時的に消すことは出来るが、元の原因を消すことはまだ出来ないので、そんな小細工をしないで寝るのが一番ですね。「天風教義より睡眠が大事」と、私はいつも人に言っています。
今日、やっと疲れが消え始めてきた。三日間、立ちっぱなしだった足の疲れも消え始めてきたみたい。ふ~。
ちなみに、髄膜炎で何日間かの意識不明になって、意識を取り戻して目を開けた時、ずーっとそばにいて見ていたらしい若い看護師が、「目が開いた~!」と叫びながら廊下を走って医者に知らせに行ったことを覚えている。医者も走ってきて、私の瞳孔を光を当てて調べていたな。「今度、目を閉じたら死ぬな」と思って、また目を閉じたことを覚えている。これで死ぬなと思ったときに頭に映像が浮かんできたことは人に言えないな。今まで誰にも言っていない。不思議なもんだな、命というものは。
髄膜炎という病名も、8割方助からなかったということも退院してかなり経って親から聞いた。助かっても精神障害者になるというのが医者の見立てだったらしい。まあ、はるか昔のことだけれども。








弘前の桜

インターネットで弘前の桜のライブ・ビューで見ようとしたのだけれど、なぜかうまくいかない。PCでもインターネットでも仕事でも最初からポンポンとうまくいくのは何もないな。最初はすべてトラブルか分からないから始まる。
頭の悪い人間はますます時代から取り残されるな。今の若い人で頭の悪い人はインターネット環境のセッティングなんかはどうしているのだろう?かなり難しいよ、あれ。
私は昔から思っているのだけれど、みんな車の免許を取っている。結構、交通法規とか覚えないといけないんだよね。どうして免許を取る勉強が出来るのに、学校の勉強が出来ないのだろう?と。通信簿オール1の人間でもみんな免許取っているもんな。私なんか、自慢じゃないけど、原付の免許を取ろうかなと昔考えて法規の本を読み始めたら数ページで読むの嫌になったのだから。
今は、それはインターネットだな。インターネットのセッティングやメールの打ち方を覚えることが出来るのなら学校の勉強も出来るはずなのに。
「メールは友達との交流に必要だけど、学校の勉強は面白くないから」という答えかも知れないけれど、それでは勉強は出来ないではなく、やらないということですよね。
まあ何でも良いんですけど、自分の知的限界まで勉強することは大事ですね。人生でそういうチャレンジをした人と、していない人の人生の価値は大きく異なってくるし、死んでからの魂の進化にも大きな違いが生まれるだろうと思うな。他人との比較でなく、自分がどこまで出来るか自分の限界に挑戦しないと。そういうテーマを持って生きている人とそうでない人の世界観はずいぶん違うと思うな。そうでない人には見えない世界があるね。まあ、50過ぎれば、基本的にもう遅すぎるな。好きに生きれば、としか言いようがない。
文句の多い人は、何かに真剣に取り組んでいない人が多いですね。「私だって、仕事しているわよ!」、「家事だって毎日やらなくてはならないし、何のおかずを作るか悩むのよ」ってね。
何かに取り組んでいる人は、何かをすることが如何に大変かを知っているから、人の大変さも分かる。だから人に対する文句も出にくいですね。そして思いやりも出てくる。何もしていない人が、している人との違いを理解するのは今生では無理な気がするな~。















白いカラス

「カラス、白ければ国鳥」と昔のHPの一日一悟に書きましたが、そうですよね~、白鳥もカラスも区別無く愛情を持つことが悟りですね。
「黒い鳥なんて、気持ち悪いわよ~!好きになれないわ」と多くの人は思います。
そしてそれが当たり前だと思っている。それは真理とは無縁の世界を生きている人ですね。本来、生き物に区別がないのが当たり前なんですが。先日、私も歩いていて、道を渡っている蟻を踏みそうになって、「おっととと」と瞬間、足をかかとだけ付けて蟻を殺さずに済みました。
そうですね、悟りとは当たり前に気づくことなのかも知れませんね。好き嫌いがあるのは当たり前の世界ではないということですね。宇宙の中に好き嫌いは存在しない。
でもね~、私は、おばさんより若いねーちゃんの方が好きだ。美人でない人より美人の方が好きだ。ひねくれた人より素直な人の方が好きだ。私は悟りとはまだ無縁だな。はははは。
まあ、それでも美人のうぬぼれと、ブスのひねくれは、私には同じに見えるな。そこに区別はない。
良い顔というのはまた別で、美人として形が整っている美人かどうかは関係がないな。美人でも悪い顔があり、ブスでも良い顔がある。40過ぎたら良い顔かどうかが大事だな。でも、おばさん達はみんな自分は良い顔だと信じているような気がするな。がははは。
それにしても女は生まれながら、自分は美人か、かわいいかを知っている気がするな。赤ん坊や幼児を観察しててそう思う。不思議だな。話が大きくそれた。










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