まず悲しむということは大事だと言って来ている。それが天風教義の足らないところとも言っている。天風先生はいろいろ悲しんだことはあると聞いています。
悲しみから立ち上がる時、または立ち上がってから天風教義が大事になって来る。まず最初に悲しみを受け入れる、悲しみを抱きしめることを認めるところから始めないと相対積極ならぬ無謀積極、非人間的積極になる。
太平洋戦争中の夏期修練会でも積極一貫だったと言います。天風先生は分かっていながら、何故ひたすら積極にしたんだろう?という理由が分からない。
当時、悲しみはみんなの共通項だった訳だから「そんなことは分かっている!それを共通ベースにした上での修練会だ!」ということだったかも知れませんが?
太平洋戦争が始まった時、天風先生は号泣して泣いたと言いますね。
命は有限で悲しい結果になる時もあるけど(私の言う一次元思考)、
「いのちは永遠」(三次元思考)という意識の切り替えが早かったのかもしれませんが、それだけでもないような気がします。悲しみを理解した上での積極であり天風教義だと思いますが、絶対積極を口にしながら相対積極しか理解していない先生は多い気がする。絶対積極が分かっていれば、講師資格を外されてもその先生は実参加型集会活動を導いていたと思うよ。調和と迎合は違うと思うよ。調和して実行、指示に従うのは調和ではなく迎合。
ウクライナに残っている高齢者が、「この一時間生かされたことに神様感謝します。この一食食べられたことに神様ありがとうございます。」と言っていた。
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