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これは良く理解できる。みんなこういうハッピーエンドになればいいけどね。自分の魂の声をキャッチ出来ない人は多い。片方が出来ても相手がミーハーでは魂のキャッチボールが出来ない。それも運命の必然なのかも知れないが。何度も書いているが、私は中二の時から体験的に知っている。
みんな魂が背負っているものはあるな。魂を汚すと魂の目的や生まれながら持っている人生のスケジュールを外してしまう。輪廻転生の中で影響がずーっと残る。「人間、死んだら無。ナッシング!」と言う人も多いが、そう言う人に輪廻転生を納得させるのは難しいし、納得させる必要もないので私は黙っている。
今を正しく美しく生きれば、過去生も来世も何も考える必要は無いからね。
過去生、来世は真実だと思うけれど、それらに囚われるのは雑念妄念でしかない。魂の問題は今瞬間の生き方の連続でしか解決できない。すべて今の連続。今無くして次の今無しだな。それが仏教や天風教義の教えだと思うな。
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ガンと糖分

「ガンにならない民族があります。イヌイット、マサイ族、モンゴル遊牧民です。糖を取らないからです。」とありますが、まあ、それに一理あるのかも知れませんが、私に言わせれば、彼らは平均寿命が短くてガンになる前に死ぬのです。
日本人は糖を取り過ぎているのは事実でしょうね。それが健康に悪さしているのは間違いがないけど、健康で短命なのが、前記民族なのかも知れませんね。

勲章

「国から貰う勲章しか子孫に残せない。だから勲章は大事だ。」と自衛隊に入った友人は当時言っていたことがある。日本だけですよね、勲章を貰うことの出来ない軍隊(自衛隊)は。人を助けるために殉職しても勲章は貰えない。
私はイマイチ勲章の有難みとか価値は分からないけど。
勲章というものは、自分が死ぬ時に自分が自分に上げられかどうかですね?
そんなことを高校時代に考えたことがある。今死んで、自分が自分(自分の人生)に勲章を上げられるか?それは無理ですね。「自分の人生、これ以上のことは出来なかった。」と死に際に思えれば、勲章の一歩手前かな?
昨日の同窓会の写真をメールで送ったら一人から、「この年になると、現役時代の仕事や役職がどうだの、結婚や子供の受験がどうだのという話も通り過ぎ、今の自分で勝負するっきゃないので(苦笑)ある意味楽ですね。」と返事がありました。確かに退職して肩書がなくなったら、特に男は、人格しか残っていない。今の人格だけで世間を渡って行かないといけないな。何も無い自分が何が出来るか?

高校の同窓会

高校の東京組の同窓会を今日した。東京とその近郊に住んでいるのは20人。
そのうち8人だった。うち女二人。テーブル的には8人でちょうど良かった。
男は結構、波乱万丈の人生を送ってきたのが二人いた。大したもんだ。
人間の偉さは肩書や勲章ではないな。どういう苦労に出会い、どう乗り越えて来たか?だな。人はそれぞれの形でそれぞれ苦労や苦難は背負っているが。
一定の期間を勤めればみんな勲章を貰える立場の人もいるが、地方の人間で国の勲章を貰える人はそれなりに立派な仕事をしているようだ。同級生で勲章を貰った女性がいるが、人から話を聞いていると、こつこつと人が嫌がる仕事をしてなかなか人間として立派なようだ。女房が立派過ぎると亭主が付いていけない。高校の担任の先生も勲章を貰っているが、いろいろ人が出来ないことを東奔西走していたようだ。世の中、ちゃんと見ている人はいるようだ。悪いこともね。バレていないつもりの人は多い。本人は自己肯定化しているので、悪いこととは思っていないケースも多いが。
良いことをして良いことをしたと思っている人は勲章を貰えない?

よもやま

今日午前中に靖国神社に行った。一年に二度は初めてかな?前回は桜の季節。参拝者は朝のせいか少なかったが、外人が半分くらいいた。その外人もほとんどが中国人(台湾人かも知れないが)と韓国人だった。

その後、地下鉄で英語の勉強会に向かったが電車を寝過ごしてしまった。時間もあるし、ついでだと思ってそのまま乗って47年ぶりに大学1年の時に通ったキャンパス前で降りた。「アッラー!」何もかもが様変わり!方向も分からない!歩いている学生に入口の方向を聞いた。入口にたどり着いて学内地図を眺めた。随分大きくなっているし、建物は昔の面影なくすべて建て直されている。
場の波動が私に合っていると感じた。当時、受験の挫折感を持って通っていたが、運命の必然だったのかも知れない?と思った。この歳でもまたここに通って物理を勉強したいと思ったな。まあ、考えようによれば、自分の波動を越えるほどには受験勉強をしなかったと言えるかも知れない。自分の波動を越えるには余程の努力をしないといけないだろうな?


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