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2018.01.10
久しぶりのメンチ
今日昼外出していたので数年ぶりに牛すき鍋(うどん入り)定食を食べに吉野屋に入った。ベジ定職があったのでそちらに変更した。そんなのがあるのは知らなかった。野菜だけなので良い内容だった。
夕方はやはり秋葉原からの帰りに丸亀製麺に入った。きつねうどんを頼んでトッピングひとつどうしようかな~?と考えてメンチを選んだ。メンチ定食はかつて大好きなものだったが天風会に入ってからは一度も食べていない。26年ぶりのメンチかな?美味しかったけれど胃がもたれた。やはりもう止めよう。
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2018/01/10 (Wed)
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2018.01.10
人生いろいろ
昨夜、「Kちゃん(筋ジストロフィーの子)にDVDと本を送りました」とクラスメイトの女性からメッセージが入った。同窓会が終わって彼女に、「これを見てKさんに送っても良いと思えば送って欲しい」と渡していたものだ。
様子を聞くために電話した。で、分かったことは、Kさんは生活保護を受けて一人でアパート生活しているとのこと。そのアパートもトイレが共同で車いすでトイレに行かないといけないのは辛いと言っているとのこと。まあ、いろいろ事情があるのだろうけど家族とは法律的にも別れているとのこと。市の厚生課に、「せめてトイレが部屋にあるアパートに住まわせて上げてくれよ!」と言いたいね。
別れて暮らしている娘さんが車で、12日に○○神社に(初詣に)連れて行ってくれる予定で、それをとても楽しみにしているとのこと。50歳ぐらいになって発症したらしいのだけれど、それまでは人生順調だったのかも知れないな。そして魂の学びのために順調に病気になった?一時期は自殺も考えたらしいのだけれど、それを乗り越えて明るく強く生きているらしい。そうだよね、そういう病でそういう状況になれば死んで楽になりたいと思うのは当然だよね。胸が締め付けられる。女性仲間3人(Kさん、昨夜メールが来た子、ちょっと親しくなった可愛い子)のうちでKさんが一番幸せになるだろうな?と私は予想していたんだけど、読みは外れた?それとも苦労も成長のための順調な運命と考えれば当たっていた?
2018/01/10 (Wed)
よもやま話
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2018.01.09
これも反ポリティカル・コレクトネス?
国を守ることと、一人の女(女房)を守ることは価値において同じだと思うな。
それが男の責任。前にも書きましたが、男は女房をブスにしてはいけないな。
それなりに年を取って顔は崩れてくるけれど、いい顔にしないといけないな。
そういう意味で私の田舎の一番親しい友人は立派だな。公務員だから収入はそれなりだったが、「女房に苦労はかけない。」ということを口にしていたし、それに徹していたな。だから彼の奥さんは見た目あまり歳を取っていないし、さわやかな顔をしているな。作ってくれた夕食も常に「美味しい」と彼は言葉をかけていたようだし。女房を働かせないことが女房を守ることではないということではありますよ。
男の責任という言葉は時代遅れで既に死語になっているけどね。それに男の責任、女の責任という概念はポリティカル・コレクトネスから否定されるだろうな。
2018/01/09 (Tue)
よもやま話
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2018.01.09
臨死体験の記録
「プルーフ・オブ・ヘブン」 (エベン・アレグザンダー著 早川書房)という本に、
「日本人は古くから臨終体験のことをどの民族よりも徹底的に記録し、その記録を大事にしてきた。奈良時代以前から・・・遺体が葬られる前によみがえってきて周囲を驚かし、「あの世」の話を語るケースが記録されている。」、「1000年にわたる「臨終の記録」を誇れるのはどこの国よりも日本だけである。」とある。
う~ん、日本人自身がこんなこと知らないよね。教えられていない。
2018/01/09 (Tue)
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2018.01.08
あの世と中間世
高二の時の担任が昨年10月に脳溢血で倒れて生還した訳だけど、「あの世への途中の景色を見て来ましたか?」と尋ねたら、「見ていない」とのことでした。
でも蘇って目を開けたらいろんなものがとても美しく見えたと。
それから今までそんな感性は無かったのに詩が降りてくるみたいなことを言っていた。臨死体験すると感性が敏感になるんだよね。まあ、私も多少そうだけど。
病院で薬剤師をしていたクラスメイトが傍で、「人間は物理的存在だから死んだらゼロだよ」と付け加えた。そのクラスメイトの奥さんは5,6年前に子宮ガンとその転移で壮絶な死に方をした苦労話を笑顔でしていた。人間、ほんとに辛い時は笑いしか出てこないんだよね。私はそのことは昔から知っている。
武蔵浦和の喫茶店で隣の席に座っていた30代のサラリーマンが二人会話していた。「うちの子は3歳になるんだけど、「ママのおなかの中にいた頃のこと覚えている?」と聞くんだけど何も答えてくれない。横を向いて無視される。後1,2年で忘れるだろうから今のうちに聞いておきたいな~。」という会話をしていた。今の20代、30代はそういう話が当たり前に拡がっているんだな?と知った。
良いことだよね。60代以上の人間はそういうことをいくら言っても信じない人が多い。八十八カ所の遍路という文化を持つ小豆島でもそうなんだから。
私は死んだら既に亡くなっている親や祖父母にあの世で会えるということを小さい時から墓参りするたびに母親から教わっているので肉体は死んでも魂は存在しているということに疑問を持つことなく育っている。
高三の時にちょっと親しくなった可愛い子と46年ぶりに話したけれど、高校の時に既に「この子とは魂の縁が無いな~」と気付いていたけれど、それでも何かあるのかな~?と今回観察したけれど過去生の縁は分からなかった。でもきっと何かはあるんだろうね?強い縁がある子とは会った瞬間に分かるけどね。
高三の時に、「この子と結婚できるような男に生まれたかったな。でも、こういう子とそういう縁を持つには、まだまだやらないといけないことがいっぱいある。」と思っていた。今でもそう思っている。
平凡な幸せの生活を持てるようになるには、まだまだ生まれなければならない。
解決しなくてはならない過去生のカルマのせいだよね。でもそういうことは分からない方が良いよね。だから人はそれを5歳までに忘れるようになっている。
かつて戦友だった仲間がクラスメイトにいるんだけど、私は12/23に皇居に初めて参賀したのだけれど、そのことは何も彼には伝えていなかった。その彼もこの正月の二日に初めて宮中参賀したんだって!それを聞いて笑ってしまった。
それも同じような位置で。(戦友という)魂の縁というのはそういうもんだよね。
ちなみに彼は霊的なものには無茶苦茶鈍感だな。
2018/01/08 (Mon)
よもやま話
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