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久しぶりに土手へ行った


天気が良かったし、昨日今日まったく外に出ていなかったので、夕方、久しぶりに荒川の土手に行って富士山の夕日を見てきた。


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ちょっと切ない話し

こんなのがありました。人間とは何なんだろうね?
クリック⇒⇒ちょっと切ない話し

宗教

天風教義は宗教だという説を言う人もいれば、それに嫌悪感を持つ人もいる。日本では戦後生まれの新興宗教にお布施と称してあの手この手でお金を巻き上げられて破産した例は多いことで宗教アレルギーが多い。オレオレ詐欺になぜか多くの人が引っかかるように日本人は純粋で人の話しを信じやすいんだな。キリスト教やユダヤ教では収入の10%とか5%を教会に寄付するルールになっているらしい。国や州によっては登録している宗教団体に応じて給料から天引きされるところもあるという。まあ、給料の10%を取られて破産する人は少ないだろう。それがイヤなら特定宗教から脱会すれば良いのだから。そういうふうに10%と決まっているのは、それらの宗教の長い歴史の中で作られてきた合理的結果なんだろうな。
日本ほど、無宗教ですという人が多い国は無いらしいが、日本ほど宗教的な国は無い。人口当たりの宗教施設の数は日本がダントツだと思う。神社で8万、お寺で7万ある。そこいらにあるお地蔵さんなんかを入れれば数え切れない。それらが何の疑問も思わずに当たり前に喧嘩しないで存在しているのは日本だけ。
人が息をする時に空気を意識している人はほとんどいない。ましてや空気の成分を考えながら呼吸している人はいない。日本人の宗教は空気みたいなものでその存在を意識していないのです。これを外人に説明するとほとんど理解不能の顔をする。
生きることが厳しいところでは常に神を意識していないと心が持たないのではないだろうか?日本は水や緑が当たり前に存在している、かつ四季豊かな温暖なところだし、庶民が突然大量虐殺されるということも無いので、特定の神に頼る必要は無い。それで一見、また意識としては無宗教っぽくなる。
「私はどう生きるべきか?」、「人生とは?」と考えること自体、宗教なんですよね。だから天風教義は宗教ですが、天風会は宗教団体ではないというのが正解なところではないだろうか?
現代科学はニュートンやコペルニクスが出発点だという考えもあるようだが、ニュートンの論文の80%以上は神についてであり、神の法則の探求の一部が力学や光学なんですよね。だからニュートンの頭の中では神と今で言うところのサイエンスとの間に区別は無い。
科学は現象を分析しているだけで、理由や原理は説明されていない。
「人間の記憶のメカニズムも全く分かっていない」と私が言ったら、
「私、分かっている!脳の偏頭葉で新しいことが記憶されて、脳の奥で古い記憶が記憶されて、時々突然奥から記憶が思い出されるのよね」と言った女性がいる。まあね~、これで分かっていると信じられる人は幸せだな。悩みが無いことになる。「悩み?あるわよ~!今日の夕飯のおかず、何にしようかと悩むわよ!毎日、大変よ~!おかずを考えるだけで。」
それを聞いて、日本はなんという幸せな国だろう~!と私は思うが、本人は大変な不幸の国に住んでいる気らしい。日常の中で宗教意識、神意識を持つ必要の無い幸せな国だということですね。
日本の平和は日米安保と日本の経済力、技術力によって維持されているのですが、多くの人は日本が平和憲法を持っているから平和が維持されていると信じている。日本人の宗教観と共通するかもね?
私は思うのですが、感謝するというのは、例えば親に感謝するというのはモラルなんだろうか?モラルで感謝するかな?感謝は理性でする?それとも規則?感謝する心は宗教ではないのだろうか?
今日のサンケイ・デジタルにこんな記事(一部のみ抜粋)がありました。これが日本人の宗教心じゃないのだろうか?
【福島第1原発事故で、原子炉格納容器の圧力を下げるベント(排気)の実行に志願したある作業員が、原子炉建屋に入る前に防護服を着ている途中、
「しまった。やり残したことがある」と思ったそうです。
 死の世界に向かうような覚悟を持って突入しようとした直前に心が折れそうになったというのです。
それほどのことが何かを聞きたくて仕方なかったが、なかなか教えてくれなかった。何度も質問していると急に目を潤ませ、「『ありがとう、今まで幸せだった』と妻に言えないまま突入することです」と目の前のテーブルに涙を落としました。
 極限の現場で、作業員たちは家族を背負ったまま突入していったという事故の本質が分かったように思います。】
「感謝?それは当たり前の自然な心で宗教じゃないわよ!」という人も多いだろうけど。当たり前なんていうものは、この世に存在しない。
日本人の自然な心の発露=宗教心だと思うな。
それを原始的アニミズムと西洋人は呼ぶのだろうけど。






学び2

インターネットにこんな言葉を書いている人がいました。
「自分の力ではどうにもならないことを理解するのが理性で、その理性は教養の土台が無いと養われない」と。う~ん、なるほどな~!
「自分の限界を知る人間になった時に「天」と・・、」
天と繋がるとか一体になるという言葉が省略されているのか?
目の前に起きることは過去世からのカルマから来ているので受け入れて立ち向かうしかないだろう!というのは、ずーっと昔から思っている。
大事なことは今生でマイナスのカルマを作らないことだな。マイナスをひとつひとつ消していくだけ。そのためには、裏切らないこと、人を泣かさないこと、傷つけないこと、バレたら困るようなことはしないことだな。まあ、命をかけた覚悟のあることはまた別の話しだけどね。そういうマイナスをしないことと小さなプラスを積み重ねていくことだな。そして自分のしたプラスのことは忘れることだな。
まあね~、結果として、泣かれたこと、傷つけてしまったことは少しはあるかもな~?でも裏切ったことはないな。
クリック⇒⇒テーマと関係ないけど

学び

宗教や理性では戦争は無くならないし、不倫も無くならない。
若い人にはインターネットのブログ等の情報が一番の学びになる流れになっているし、それはこれからさらに大きな流れになる。学びやすい他山の石だな。
インターネットにも不倫の経験談が山ほどあるが、思うに、女の不倫と、男のお人好しで優柔不断が家族に最大の不幸をもたらすな。
男の優柔不断は、例えば軍司令官の優柔不断は軍隊を全滅させ、国を滅ぼすことになる。家長たる夫、父親の優柔不断は家族全員の不幸をもたらすな。
インターネットを読んでいると女房に不倫される亭主の性格はだいたいはお人好しで優柔不断ですね。男は何かあったら相手を殺す覚悟をいつも持っていないといけない。私はどちらかというといじめられっ子でしたが、「一定以上俺をいじめたら俺はお前を殺すよ」という覚悟は小さい時からいつも持っていた。
その覚悟が無いとリーダーにはなれないし、一目を置かれない。
国同士も同じですね。残念ながら今はまだその上にのみ平和は成り立つ。
インターネット界での、そういう多くの経験談の蓄積が人々の新しいモラル観や自己規制の行動になっていくのだろう。
インターネットの情報はクズばかりで価値が無いとある中高年の女性は言っていた。読む力、検索する力、真贋を見分ける力が無いからそうなるんですね。
多くの経験談などの情報の山から必要なのを選び出して学ぶ力のある人と、自分の今の感情や欲望のままに日々を生きる人ではずいぶん違ってくるな。
しかし学ばない人にはその違いはいつまで経っても分からない。自分は正しい、自分はバレないと思い続け大事なことを学べないまま人生を終えることになる。
クリック⇒⇒参考
私も高校二年の時だったか?三年の時だったか?格安の中古ならぬ古オートバイを買って無免許で走りまくっていた。ある時、「うん?これ以上、調子に乗って走っていたら警察に捕まるな」と感じて、パッと止めた。それ以降、無免許運転はやっていない。無免許で町中を走るのはドキドキのスリルがあったけどね。
「バレないだろう」とずるずるやっていると誰かに見つかって警察に知らされたり、事故ったりして自分だけの問題でなくなる。
大きな事故や病気、何かの不幸の前には人からの、または天からの小さな警告があるものだ。その警告に気付いてパッと止めれば何とかなるが、警告を無視して同じようにやっていると、いずれドーンと大きな不幸がやって来る。
子育ても同じ。子供からの親への小さな警告を見逃してはいけない。
私なんかは見えても言えないし、言っても分かって貰えない。例え家族でも人それぞれの運命だから。何事も自分で気付くしか道が無い。気付くチャンスは平等にそれぞれの形で人に与えられていると思うな。
因果律の存在を知ることと自分を変える決断と勇気が一番大事だな。
修正して今生だけで因果が消える程度のものならまだ良いけど、上の事例なんかの主婦と社長は来世だけでなく来来世にも悲劇と悲惨な人生へと繋がって行くと思うな。子供も父親を捨てた因果は受け取らなくてはならなくなる。
因果律は宇宙の基本法則だから。まあ、投稿者も過去世の因果を受けているからでもあるけどね。過去世でしたことが今生でされている。今生でしたことは来世でされることになる。お互いが気付いて変わるまで繰り返されていく。
何事も、どう償うか?ということは難しいね~。ほんと、謝って済むことではないから。「もう終わったことだから、覚えていない、あははは!」という人もいるだろうけど、自分のしたこと、言ったことは天に記録は残っている。
家族の死は天国でまた会えるという救いはあるけど、裏切りはね~、天国でも家族は会ってくれないというか、行く世界が違うというか?かもね~?
中国が内モンゴルに侵攻した時に、真っ先に殺されたのは中国を引き入れた親中派の人々だったんですよね。それは歴史の常です。
日本に中国が侵攻してきたら真っ先に殺されるのは親中派の人々になるんです。彼らは歴史を勉強していないから目先の利益のために国を裏切って親中派になっている。利益に転んで国を裏切る人はいつの時代でも両方から嫌われ殺されることになる。「そんなバカな?!」と言って虐殺され死んでいく。
あの世にいる時間の方がこの世にいる時間より遙かに長いからね~、この世での生き方は注意しないとな。。。
この世では死ねても、あの世では死ねないからね。まあね~、あの世で死んだら、この世にやって来るということだよね。そう、カルマを背負ってね。
あの世のあの世はこの世!ははは!これは、村長さんの今年の名言?






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