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護国寺の紅葉

護国寺の紅葉の写真を撮ろうとしたら白装束?の人達がいた???

若い人が多いせいか、みんな姿勢が良いね。みんな健気だな~!と思うな。
ここまで姿勢が出来ていたら、もう一押し、教えてくれる人がいればさらに進歩するのに、と思うな。勿体ない。



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子育て

私の学生時代の勉強仲間の一人(年齢的には後輩に当たる)は夫婦共に国立C大を卒業して夫婦共に教師をしていたけれど、男の子と女の子がいるのだが男の子には、「勉強なんかしてないで外で遊んでこい!」と、
女の子には、「勉強なんかしないで家事の手伝いをしろ!」と言っていた。
夏休みには毎年家族四人で一ヶ月海外に行っていた。レンタカーを借りて超貧乏旅行をしていたという。
で、結果、子供は、「こんな親の言うことを聞いていたらとんでも無いことになる!」と親のいないところで勉強して男の子は東大理類に入り、女の子は慶応を主席で卒業した言う。
海外旅行をしていろんなところを回ってみると、子供にとっては学校で習う地理や世界史がその場所の記憶映像と一緒になってとても身近に感じて頭の中にスーッと入ったそうな。
私の従妹なんかは親から、「勉強しろ!」なんて言われたことは無いのではないだろうか?いえ、私の一族や村で、子供に「勉強しろ!」と言うような家はほとんど無かったのではないだろうか?私の家ではあったが、そんなことを聞く素直な私ではなかった。勉強部屋ではひたすら戦争の本を読み、飛行機や軍艦の絵を描いていた。母親に、「勉強しろ!」と言われて勉強する子供は言われなくてもする。勉強するように子供に個室を与えても無駄。私の場合、子供一人にひとつの勉強部屋が与えられていたが無駄だったような?
中学の中間、期末テストでは、分かる問題は分かる、分からないものは考えても分からないと、いつも20~25分くらいで解答を済ませて、残りの時間は試験用紙の裏に飛行機の絵をいつも描いていた。
村全体の雰囲気は、勉強する人間は言わないでもするし、しない人間はいくら言ってもしない、で終わりだったかも?
私の村や一族では学校の成績と人間としての評価は何の関係もない。
いつも通信簿オール1だった叔父に私はいつも怒られている。それは今でも。
健康で素直なら仕事や将来は何とかなるというのが、特に女の子には基本の見方だったのかも知れない。
子供に、「勉強しろ!」というのは、「お前は頭が悪いから勉強しないと使い物にならないバカ」というように子供は潜在意識で親の言葉を受け取ることになる。
親が子供にあの手この手で構うのも同じことですね。「お前は一人では何も出来ないバカだから」という意識が子供の潜在意識の中に入る。
で、子供が自意識に目覚め始めたら、自己の中でもう一人の自分と葛藤が生じて二十歳を過ぎて鬱や引きこもりになることになる。
今日、電車の中で小さな子供とその親を比べて見ていたら、子供は親の性格や育て方半分、子供の過去世からの持ち越しの性質半分なんだろうな?と思ったね。親はその半分は関与できないから子供を自分の考えで締め付けない方が良いな。



変化の兆し?

日米硫黄島合同慰霊祭、インパール戦日英元兵士合同靖国神社正殿参拝、アメリカ調査による強制従軍慰安婦事例一件も見つからず。
これらは時代の流れの変化を示すものではないかな?今度の衆院選挙の結果はどうなるか分からないけど、日本の見えない変化の始まりかも知れない。
安倍さんと習金平との会談での習金平のあの顔は永久に残る。あの二人の表情で安倍さんの勝ちだと評価できる人が意外に少ないのに驚くが、安倍さんの完勝ですね。習金平のあの顔は中国の歴史の汚点になりますね。
大きな流れの変化の兆しは目立たないところに存在する。
今度の選挙で自民は勝つけれど議席を減らし、民主は負けるけど議席を増やすという予測が出回っているけど、私は自民の大勝、民主議席減だと予測するな。共産党も議席を増やすな。アンチ自民は民主に向かわないで共産党に行くな。他の新党は実態や実力が国民に見えないという面はあるからな。意外に多くの若い人は田母神さんに投票するな。若い人と中高年の票の違いが大きく出るかも?でも若い人の投票率は低いだろうけど、若い人の投票率で大きく変わる。田母神さんの論文をマスコミが批判した結果、効果は逆になって田母神さんが大きくなっちゃった!ということですね。

命は祈り

命(いのち)は、祈り(いのり)なんだな。この言葉、きっと誰かが言っているな。
村上和夫氏あたりが言っているかも?私が無意識にそれを思い出したかも?
ひとつの命(子供)は、親の「健康で健やかで幸せになって欲しい」という祈りでもあるし、祖父母やあの世のご先祖様の祈りの結晶として産まれているんだな。子供はみんな、この世の存在からも、あの世の存在からも祈られて存在しているんだな。それが自然で普通なんだな。普通が一番かもね。
そういう祈られている存在を親の見栄の存在にしたり、虐待は大変な罪だな。
こういうことを感じるようになったということは俺も先が短いのかな?

子守り

8歳、9歳の小学生の男の子にとって、赤ん坊の子守りをしてくれと頼まれてもどうして良いか分からない。泣いたからといってどうしていいか分からない。
どうしていいか分からない顔をしていると、「見てるだけで良いから。泣いたら言って。」と言われた。赤ん坊は誰かに優しく見られているだけで良いのかも?
最近は子育てのコツとして、「見守りながら、ほったらかしにするのが良い」と言っている。もちろん、見守らないでほったらかしにするのは良くない。
見守りながら、ちょっとしたことであうしなさいこうしなさいの過干渉、過保護は良くない。人は誰かに見守られているという安心感の中で自由な楽しみを感じ、独立心や忍耐力を養うのかも知れない。子供が鬱病だとか引きこもりだという母親の子供に対する態度を見ていると大抵は過干渉だよね。
「それぐらいほっときなさい!自分でやらせたら!」と言うのだが聞かない。
心配性の母親は、「それでなんかあったらどうするのよ?」と言うね。
ただ見守る、ということが大事なんだけどね。子育てに関しては、西洋かぶれした医者や学者の理屈より日本人の一万年の知恵の方が遙かに正しいと思う。
一万年以上の時間をかけて生活の知恵として作られてきた子育ての方法というのは一番合理的で正解なんだと思うな。医者や学者の理屈による子育ての方法に従うと子供はおかしくなる。ここ二十年、三十年のやり方で前だっこ方式があるけれど、あれはダメだと私はずーっと言っている。古来からの日本の子育て方式である背中に背負う「おんぶする」のが日本人には正解だな。
白人と日本人では文化遺伝子が違うので白人の子育ての方法は日本人には合わない、かつ戦後70年、日本人を立ち上がらせないための教育をしてきた。もう充分歩ける子供をバギーカーにいつも乗せているのも問題だな。足腰が丈夫にならない。
「見ているだけで良い」ということは凄い正解だったんだな。見守りながらほったらかしにするというのは遊牧民族の子育ての方法でもあるな。



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