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改悪

人から貰ったDVDで映画「ドクトル・ジバゴ」を観た。ロシアでは共産革命が必然で必要だったのでしょう。ロシア皇国での庶民は苦しい生活だったので革命は必然だった。しかし革命によってソビエト連邦になって庶民はより苦しみを味わうことになった。
自民党ではどうしようもないと日本国民は判断して民主党を選んで、さらにどうしようもなくなった。ロシア革命と同じだね。
明治維新もある意味でそうだよね。庶民にとって良いことは何も無かった。税金は増えるし、徴兵制は生まれるで。戦いに参加して死ぬのは侍だけだったのに庶民も戦争で死ぬ義務が出てきたのだから。国のために死ぬのは名誉なことだと洗脳されて。




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山は神?

今日、仕事で福島県の郡山に行ってきた。相変わらず時刻表を見ずに行ってもピタッピタッと決まる。大宮に着いて新幹線の改札を通って時刻表を見たら、郡山行きが4分後だった。帰りももちろんピタッと決まった。こういうことはいつもいつもピタッと決まるんだけどな~。帰りの新幹線の窓から少し雪のかぶった磐梯山が見えた。見えた瞬間、神の山だと感じた。考えてみるとモンゴロイドにとっては山に神を感じることがなぜか自然に遺伝子の中に組み込まれているのではないだろうか?
モンゴロイドと言ってもアジアはほぼモンゴロイドだ。インドネシアの山も、ヒマラヤの山も、チベットの山も神聖な不可侵の神の山が多い。基本的に山は不可侵なのです。しかしそれを神と感じないで征服する対象になっているのが白人ですね。なぜだろう?もちろんキリスト教では山などの自然に神を感じるようなシャーマニズムの否定だからではあるんですが・・・。それとも白人は本来、霊性から見たら野蛮人?
もちろん今は日本人も白人の影響を受け、山に神聖さを感じる感度が落ちている。
ヒマラヤに行っては山をゴミで汚してくる。最近はそうでもないかもしれないけれど、日本人のヒマラヤ登山グループの残してくるゴミが世界の登山家のひんしゅくを買っていた。富士山が世界遺産に登録されなかったのはゴミだらけだったからと聞いている。山を神と見ないからそういうことになる。
世界の名峰のどこの山を登った、あそこの山も登ったとテレビなどでは登山家をまるでヒーローのごとく取り扱うけれど、「あ~、この人、山を汚してきたんだ」という見方も必要ですね。
近隣諸国を戦争で勝って統合したら英雄として歴史では取り扱われているけれど、「あ~、この人、たくさん人を殺したんだ」というように英雄認識を変える必要があるかも?






不思議の国・日本

天皇陛下の心臓手術が成功した。それにしてもたくさんの日本人がたかだかバイパス手術のために無事な手術の成功を祈って記帳をしている。それは日本人として心情的には分かるけれど、理屈で考えると理解できない。日本は本当に不思議の国だな。
天皇という存在も元が分からないのに。天皇という存在は国民の平和と繁栄を祈る存在らしいのだが、天皇の危機の時は国民が天皇のために祈っている。理屈抜きに日本人のDNAの中に組み込まれているのだろうか?
天皇の存在に対して反対している人もいるけれど、日本の歴史の中で今ほど天皇の存在が自然な価値を持っている時代はないのではないだろうか?戦前は天皇の価値を洗脳されていたから分からないでもないけれど、今の国民の対応は自発的だもんな。私は天皇と皇后の存在を高く評価しています。










自分を知る

人間一番難しいのは、自分を知ることですね。みんな、「自分のことは自分が一番分かっている」と言うし、そう思っている。しかしそれは自分の好き嫌いとか感情が分かっているだけで本当の自分は何も分かっていない。そして自分を空っぽにするのが難しい。いくら勉強しても人の話を聞いても今までの自分の価値観の上に知識を乗せるだけで、自分の価値観に合わないものは、「そんなことないわよ!」と言って受け付けない。
まずは姿勢ですね。自分が分かることと姿勢と何の関係があるのか?と人は言うかも知れません。しかし関係があるのです。鬱や神経症など心の病になっている人で腰骨と背筋がきちんと立っている人はいない。もちろん姿勢が良いからと言って自分が分かっていると言うことにはならないが。必要条件だけど十分条件ではないということですね。姿勢が悪いと無心というのも得られないしね。もちろん人それぞれの心や魂の段階というのがあるので、人に注意しても無駄ということがほとんどなので見えても言わないし、言えない。
先週の日曜行修会で、天風先生のクンバハカ姿勢の写真を見せていたけれど、その写真を見て、天風先生は10%のクンバハカを抜いて90%のクンバハカになっていると分かった人はどれくらいいたのだろう?




神社と考古学

考えてみると神社は考古学の対象になっていないんだよね。遺跡とか、特に土の中から掘り出された物が考古学の対象になっていて、土の中のものならたとえ西暦500年のものでも考古学の対象になっているけれど、今現在建っている神社、今使われているものは対象にならない。神社はとりあえず宗教の範疇に入るから学者は触らないということですね。だから私が見つけたShu-Lineは学者の研究テーマにはならないのです。はてはて、どうしようかな~?
Shu-Line専用に書いている「今ここ」のプログの訪問者が増えないんだよね~。
なぜだろう?
まあ、幾何学ばかりで、中学の時の幾何学が不得手な人は見る気も起きないというのはあるだろうけど、特に青森の人たちが口コミで見始めてもいいものだけれど、そうならないな~?
検索ワードに「レイライン」というのを青森とか岩木山とかキリストの墓という言葉とともに入れないとヒットしないので、レイラインという言葉を知っている人は少ないというのはあるだろうな~?
普段、「キリストの墓 レイライン」で検索する人なんかいないよね。
このブログ「村長さんのよもやま話」は関係者だけが読んでもらえれば良いので多くの人に読まれたいとはまったく思わないけれど、「今ここ」のShu-Lineは日本中の人に読んで貰いたいな~。学者の範疇に入らないとしたら、西日本のも書き入れるかな~?













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