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人生とは彫刻と同じ

これは知り合いから聞いた話ですが、彼がある有名な霊能者から直接聞いた話です。「生きることは彫刻と同じで、余計なものをそぎ落としていくこと」だと。
う~ん、一流の仏師は常にこういうことを言いますね。二流は形を作ろうと努力するが、一流は、「木の中の仏様をお迎えするために余計なものを取り除いていくだけ」だと。
そうだよね~、みんな人生や生活を作ろうとするよね。目の形をどうしようか、鼻の形をどう作ろうかと。
それは生活で家をどう造ろうか、健康をどう作ろうか、食事をどう作ろうか、お金をどう作ろうか、幸せはどうすれば転がり込んでくるのかと考えるのと同じですね。
作ることばかり考えている。それは間違ってはいないと思うけれど、そうしている限り、きっと二流の人生なんだな。








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ダライ・ラマ

昨年秋、ダライ・ラマの講演を聴くために大阪に行ったことは書きました。
その後の福島・郡山での講演録を読みました。
「あれっ?この人、何も考えないで話している!そして完璧だ!」と分かった。
口から自然に出てくる言葉自体が完璧なのです。
悟りというのはそういうことなのでしょう。
忙しい中で原稿を準備できるはずもなく、原稿やメモを見て話しているダライ・ラマは見たことがありません。




信念

事をなすのに信念は必要条件だけど十分条件ではないな。

昔、テレビのCMだったかどうか記憶に無いけれど、「人生の坂は、”まさか”の坂」という言葉がはやりました。
そうですね。個人も会社も、「まさかっ!」の連続ですね。日本はいったいどうなってしまうのだろう?
パラダイム(思考の根本原理)の変更を神から求められているような気がする。江戸の封建制思想から明治の資本主義への変更と同じ変更ですね。きっと資本主義から新しい主義への変更ですね。その新しい主義が見つかっていないのが問題なのでしょう。バラバラにいろいろ言う人はいるけれど、それぞれまだ体系にはなっていない。幕末にも新しいパラダイムは誰にも見えていなかったのと同じですね。
明治から戦前は、産業立国兼軍事力増強の二本柱で欧米の後を追っていれば良かった。戦後はアメリカの言いなりで政治家も官僚も安泰だった。今は、アメリカ追随派と中国おべっかい派が出来て共に他力依存思考から抜けないのはアメリカの日本改造戦略が成功した証ではあるな。
日本が自ら考えないといけない時代が来ているけれど、普通の日本人が想像するよりはるかにアメリカに日本は組み込まれている。世界のすべてのホームページはアメリカのコンピューターの中に保存されている。
世界中の人間の思想や思考のチェックをコンピューターで自動的に行っている。個人のどうでもいい戯言のホームページや会社の広告的ホームページとしては、インターネットはとても便利が良いけれど、すべてチェックされていることを知らなくてはならない。メールもすべて自動的にチェックされている。普通の人は、そんなことできるはずがないと信じている。すべてコンピューターによるキーワード検索なのです。日本人は性善説で考えて人を信じているけれど、それが通用するのは日本国内だけだということです。
「まさか、アメリカがそんなことするはずがない」とか「まさか、政府がそんなことするはずがない」というのは性善説の思考ですね。





日本人とアメリカ人

日本人は気持ちと感情で生きているのかも?アメリカ人は理屈と欲で生きているのかも?それは単純すぎる理屈かも?ビジネスなんかは日本人とするよりアメリカ人とする方が分かりやすい。ある意味、数学的に答えが出るが日本の場合は数学的にすべてイエスが出ても、慣習的に答えはノーになることが多いのだから。









人間て、不思議

400年前のご先祖様の人生にこだわる日本人て不思議ですね。気持ちは分かるが。私は日本人だから日本人の気持ちはまま分かるが、日本人の理屈は分からない。アメリカ人の理屈は分かるが気持ちは分からない。
元々島原のキリシタンは、キリシタン御法度令が出て小豆島から移って行った。島原の乱の時に彼らを説得に小豆島の人たちが船を連ねて行った。でも彼らは説得に応じずに投降しなかった。そして全滅した。その後に再び小豆島から新しい人たちが移住したんですね。700世帯というのは当時としては大きい数字ですね。そのことは私は知らなかった。
それにしても400年も唄われているんですね。「伊勢に参るなら小豆島通れ 小豆島恋しや土地までも」と。涙がでるね。ちなみにこの田浦はふつう田ノ浦と書くんだけどな~?私の村の隣です。2km離れているけど。
島原の乱の時に説得に行ったリーダーは私の村の者です。その子孫は私の同級生で、2年前ぐらいかな~?もうガンで亡くなったけど。常識的に考えれば船仲間として私の先祖も説得に同行していたはずです。そういう記録は無いけれど。歴史は生きているんですね。先祖の生き方が子孫の今に影響を与えるのです。今生きている我々も子孫の先祖になるのだから。子孫が誇れるような生き方をしないといけないと言うことですね。まあ、私には直接の子孫は存在しないけれど。
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20120129/04.shtml

http://3kstyle.blog104.fc2.com/blog-entry-112.html









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