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行背

行間を読むとはよく使われる言葉ですが、行背を読むと私は言いたいですね。
10年は字ずらだけを覚えるのは必要かも知れないけど。左脳を働かせた後には右脳で感じ取らないとと思うのだけど。そういう意味でコロナ禍は大きな意味がありましたね。災い転じて学びと為す。最近、悲しい事故事件が続きますが、
「この世界並びに人生には、いつも完全ということの以外に、不完全というもののないよう宇宙真理が出来て居るとからである。」と誦句集にあります。
これをどう解釈するか?今度の日向ぼっこ村勉強会で勉強するかな?
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教えると伝えるの違い

「教えを教える」と、「教えを伝える」では違うと思うんですよね。教えるでは左脳による知識や運動法の手順だけの気がするな。伝えるでは、それらもそうですが本に書かれていない極意やスピリットも伝えるということだと思いますね。
大衆会員の中の一人として学んだことは、教わったことであって伝えられていないということになりますね。もちろん教わっただけでもとても価値がありますが。

若者の命、年寄りの命

若者の命より生い先短い年寄りの命が重要な時代になっている?年寄りの方が人口が多いから、年寄りを重要視しないと選挙に当選しないからかな?
以前にも書いたけど、「我々年寄りは、どっちにしろ先は短いのだから、コロナ・ワクチンは若者や壮年を優先にして欲しい。」という意見が年寄りの意見としての流れにならなかったのは残念?こんなことをテレビなんかで言うと、年寄りを中心とした視聴者に袋叩きに会うよね。若者はテレビを観ないし。
まあ、別な見方をすると、年寄りを人体実験に使って安全を確認してから若者にワクチンを打ったという見方も出来るけど。

日向ぼっこ村ZOOM

26日の日曜日はZOOM中継をする予定ですが、ZOOMは1時間555MB使用するんですね。2時間半で約1.8Gですね。私のiPadも一緒に参加させておくかな?26日は今までの美術室でなく工芸室なので、今までの半分の広さで工芸作業用机が並んでいます。ちょっとやりづらいかな?まあ一回目の挑戦です。
22ヶ月間実参加型勉強会をやり続けています。実参加型行修会の火を途絶えさせてはいけないと思うんだけどなあ~?何処かで誰かが灯を灯し続けていないと。呼吸操練やクンバハカは何のためにやっているんだか?
離れた人が参加するにはZOOMによる中継はとても良いと思うけど、ZOOMだけでは波動は伝わらない。人が醸し出す波動や体温が大事なんですよね。
まあ、単純に言うとZOOMだけでは左脳だけの勉強になるんだろうと思いますね。行修は右脳で理解する必要がありますからね。より難しい表現だった?
ZOOMは9時30分スタートの予定です。12時まで容量的に続けられるのかな~?11時ぐらいで切らないといけないのかな~?その辺はまだ分かりません。

歴史の評価に耐え得る生き方

50年、100年、500年後にどう評価されるかを考えて生き方や決断を決めないといけない。そんなことを言ったのは中曾根康弘氏だが、我々庶民だって同じことですね。「バスに乗り遅れるな!」とナチスドイツと手を組むことを判断した人たちは1000年の歴史の汚点と評価されますね。子々孫々にどう評価されるか?を考えないとあの世で後悔することになる。子々孫々の評価に耐える、または例え小さくても誇りを残せるか?今の日本にはそんな見方が欠け過ぎていると思うな。あの世に行ってご先祖様に会った時に、「ご先祖様を汚すことなく正しく生きました!」と胸を張って行けますか(逝けますか)?「大過無く自分の安全と無難を最優先に生きました。」と報告するんですかね?それとも、「他人を助けることなく自分のお金儲けを最優先に頑張りました。」と報告するんですかね?「死んだら終わりだよ。あの世とか生まれ変わりなんて無いよ。」と思っている人の方が多いのかな?それが問題だ。


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