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再紹介?

これ?前に紹介したかも?また見つかったので再紹介です。一流の医者も見えないものを信じるのに、勉強していない人ほど信じないのは何故だろう?
「そんなものは存在しない。」という迷信を信じているのだろうな?安易に信じない方が安全だな。宗教は信じさせる訳だから人の話しは信じない方が良い。
こういうのを信じるか信じないかは理屈ではないですね。経験か感性です。

オーラの歪みを修正することで病を治すセミナーに参加したことがあるけど、何人かの医者も来ていた。彼らはかつてアメリカなどに留学経験のある医者だった。日本では医者の世界でそんな話は出来ないので、こっそり来ていた感じだったね。私もそれから何人も歩けない人を歩けるようにしたけど、母親が脳溢血で倒れて延命してからはもう止めている。天風先生も、「身内以外にはするな。」と言っている。テクニックを持つと、最初はついつい試したくなるよね。
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今日は雨

今日は雨、どこにも行けない。わざわざバスに乗って駅まで行くのは面倒だ。
連休中に台風とか夜中に大雨とか何故か日本は恵まれている。何故だろう?
日本は不思議な国だな??3.11は金曜の午後2時頃だった。夜中だったら被害はもっと多かっただろう?神戸淡路大震災は新幹線が動き始める前だった。


凄いね。功罪合い半ばかな?功も大きいけれど、罪も大きい。当時の日C国交回復は最も大きな愚策だった。私は当時からそう思っていた。企業の利益のために国民にカッコイイ大風呂敷を掲げていた。歴史を勉強していれば後でC国に一杯食わされることは目に見えていたのに。日本人がどんなに強かに考えてもC国には勝てない。田中角栄は日本の中では天才だったのは間違いないが。
「言葉は美しくかっこ良く、することは底迄汚く」が成功の秘訣だな。大きく成功している企業人はみんなそうですね。先日90歳で亡くなった超有名企業人なんかその典型だよね。企業の実態を知っている人はみんな嫌っていた。実態を知らない人がその人のきれいごとの〇〇塾に通っていた。真善美という大風呂敷で嘘悪汚欲という荷物を包む。私は汚くは出来ないな~?汚い手で儲けたり、人の魂を汚すとあの世でご先祖様に会わす顔が無い。「バレないから大丈夫!」とこの世で生きたら、あの世から全部お見通しのご先祖様にあの世でどう言い訳するのだろう?「大丈夫、大丈夫、大したことない。」と言われるのを期待しているのだろうか?「あの世とかご先祖様とかある訳ない!死んだらすべてゼロ。何も無い。」というのが団塊の世代の常識。「魂なんかある訳ない!今日を楽しく生きれば良い!」というのは私の年代でも常識。
まあ、どの世代でも「納得の人生で終わらせたい。」という人はそれなりにいる。
「自分は人生で何をやったか?」を満足するために今になってそれに拘っている同級生もいる。80過ぎてもボランティア活動にいそしんでいる天風会員もいる。ガンで苦しんでいる人に、「ガンは治るもの。恐れる必要は無い。」と安心感と方法論を与えるために活動している80半ばの天風会員もいる。

人生の時間

何度か書いているが、人間、過去世なんか知らない方が良い、遠隔透視なんか出来ない方が良い、普通が一番良い。普通の健康、普通の家族、普通の頭、普通が一番幸せだ。生まれながらに大きな責務を背負っている人は大変だ。暗殺されることもある。普通に生きられないから。普通の生活から、平々凡々の中から天才は生まれない。天才は天才で大変だ。世の中はすべて役割分担。
しかし怯える普通の人にはなりたくないね。コロナ・オミクロンの感染が怖いから外出しないという人もいるようだ。経験こそ財産。テレビを観るだけでは経験というものが出来ない。貴重な人生で経験をしない時間を持つことは本当に残念だな。人生の時間を失うのだから。私はコロナ禍で行動制限をしたことは無いな。本を読むのは大事だが経験して身体で知ることに価値がある。
パーキンソン病になって有難いな~と思うね。自分の身体でその対策に気付くことが出来るから。「なる程なる程、こういう時はこうすれば良いんだ。」と自分の体験と知恵による対処方法を人に教えらることが出来るから。
それにしても70過ぎると身体が潤滑油の枯渇現象によっていろんな変化が感じられるな。ちょっとの変化を無視してそのままにしておくと気が付いたら年寄りのチョボチョボ歩きしか出来なくなっていたということになるんだろうな?10年先の自分のために今自分を訓練をするという考えを10年前から持っている。そのためには天風教義の実践はとてもいいものだと思うな。たとえ手抜きでも毎日の呼吸操練や運動が大切だ。手抜き、いい加減が長く続くコツだな。真面目な人は途中で疲れて脱落していく。一度辞めた人はすぐに姿勢が崩れていく。
姿勢が崩れると腰痛だとかギックリ腰だとかいろいろ弊害が出て来る。自己流の体操も自分で自分の姿勢の変化に気付かないいんじゃないかな?そういう意味でみんなとやるとみんなを見ることで無意識に自分の姿勢が正される。
阿波踊りなんかを現場で見ているとそれだけで自分の筋肉が反応して歩けない人が歩けるようになることもある。年一回か二回の村祭りで踊ることは結果的に医療行為だったのかも知れないね。1年間のストレスの解消にもなるし。祭りの日はかつては殺人以外は警察はノータッチだった。その日だけはレイプ、浮気何でも許された。「子供が出来たらどうすんのよ?」という現代の疑問もあるだろう?「うちの三男はどこそこの誰に似ている。アハハ!」ということです。「あっちの次男は俺に似ているようだ。子供は神の子だ。」日本はかつては大らかだった。どうして私は固い家に生まれたのだろう?そう躾けられた訳ではないが。
宗教の持ついろんな規則の原点は元々は医学(当時の科学)だったと私は思っている。いつの間にかそれらがその宗教の宗教規範になっているだけで。牛を食わないとか豚を食ってはいけないとか、お参りの前に水で手をすすげ、とか。
そういうのは本では分からないな。現地で観察しないと。私はウズベキスタンに行ってそれが分かった。「なる程~、千年前、二千年前としては健康維持の必然の形だったんだ!」とね。ヒジャブも健康ための現地での必然だと分かった。
理屈では人は習慣にならない。宗教的なルールで縛って人は初めてそれを守れる。日本では宗教というと毛嫌いする人が多いが、マスクをすることも日本では宗教の一つになるかもね?もうなっているのかもね?日本教の規則に。

今年のインフルエンザ・ワクチン

私はインフルエンザ・ワクチンなんか打たないけど、一般論としてこの冬はどうなんだろう?オーストラリアではインフルエンザが流行っていると見たけど。
オミクロンは夏のインフルエンザみたいなものだよね。感染した人の99%が軽症。それでもテレビに脅されて恐怖におののいている人が多い。医者は両方のワクチンを勧めているけど。それは金儲けのためだよね。
オミクロンとインフルエンザ・ウイルスは共存するのだろうか?この冬にインフルエンザが流行るかどうかは興味津々だね。今のところ今年もインフルエンザは流行っていないようだが。コロナ・ワクチンを3回も4回も打った人は免疫力がガタ落ちしているはずなので用心のためにインフルエンザ・ワクチンを打った方が良いかもね?どうせもう薬の奴隷になっているのだから。麻薬みたいなものだね。打ち続けないと不安が生まれる。日本は全世界の薬の40%を消費しているという話しもある。ワクチンはプラシボ効果はあるだろうな?それはマスクも同じ。しなければ不安症候群が生まれる。

25日は日向ぼっこ村勉強会

2年前かな?3年前かな?もう忘れたけれど、パーキンソン病になって歩き方を工夫することで自分で殆ど治した。今度の勉強会では更に二種類の歩き方の追加習得を行います。かるた会館です。
世間様はパーキンソン病は治せないと言っていますが、医者を信じれば治らない。本屋でパーキンソン病の本を焦って読んでもダメだな。答えは医者にも本屋にも無い。自分に内在する力を信じて工夫すれば良い。何もしなければ医者の言う通りになる。かなり昔、余命半年の膠原病と診断された人が分厚い医学の本を持って現れたことがある。私が言ったことは、「本を捨てなさい!」ですね。
天風教義も会得のために、教わった天風教義を捨てないといけない時が来る。
俗に言う「守破離」ですね。真面目で健気な人は守は出来るが、それしか出来ない。教えてくれた人より上に行けない。そこを破らないと次の離に進めない。離まで行って天風先生の教えを会得したことになる?藤平光一氏が天風先生から「俺から学んだことは全部忘れろ!」と言われたことはそういうことですよね。仏教にも、「親に会えば親を殺し、師に会えば師を殺し」という物騒な話しもあるけど、これも同じことだと思いますね。


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