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世のため、人のため?

天風会のみならずいろんな勉強会や宗教では、「世のため、人のため、」と言います。確かにその通りなんだけど、家は世の中の出発点だし、家族も人なんだよね。家族をないがしろにして、「世のため、人のため、」と会の活動をやり過ぎるのも如何なものでしょうか?そこを誤解している会員は多いのではないだろうか?人間、まず必要なのは皮膚感覚の愛情満足なんですよね。幼少期にそれをきちんと得られていた人はまず問題ないけれど、そうでない人は常に無意識のうちにそれを求めている。それは、べき論や教義では補完出来ない。土台が出来ていない所にビルは建たないのと同じですね。まず土台を見つめることが大事だけど、大抵多くの人は自分の頭ではそれに気付いていない。
まじめで、頑張り屋で、強い責任感は、時に運命の仇になることがある。
「本能の満足無くして理性の満足無し」といつも私が言うのはそのことですね。「何の本の何ページにこう書かれている。」とか「誰それがそう言っていた。」というような知識ではダメなんだよね。最終的には宇宙霊の愛に包まれているということを実感することなんでしょうが、そこにたどり着くのはなかなか遠い。私もそこにたどり着いているとは言えない。
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パソコン

NECダイレクトで買ったパソコンが昨年壊れたので修理してまだ使った方が賢明かな?と思って電話したらあの手この手で繋がらない。二度とNECを買うの止めよう。エプソンの販売員曰く、パソコンの寿命は5年、7年持てばよく持っている方とのこと。昨年11月にエプソンを買ったけれど、使い勝手と性能がスッキリしない。以前はエプソンを3台ぐらい続けて買ったけれど、規則正しく壊れるのでエプソンは止めていたが。やっぱり止めていた方が良かったかも?
東芝も現在3台(15インチノートと8インチ、10インチ・タブレット)持っているが問題がある。今までの経験で一番安定して故障しないのは富士通だな。
パソコンの寿命が切れるのは大抵はハードディスクだな。
DELL(10インチ・タブレット)も寿命が短い。4年で液晶・ガラス貼り合わせの部分が剥がれてきたようだ。安くて良いのは無いな。安いのは安い理由がある。
パソコンはほとんど毎年買ってきた。展示会でデータを見せるのにどうすれば良いか?外出先でメールを打つにはどの形が便利か?などなど理由を付けて。タブレットPCではフル・ハイビジョンのモニターに全面画像で映し出せないのが分かってまた1台とね。

鬱はまるで伝染病のように拡がっていますが、鬱とガンは相似形のような気がしてきている。心のガンが鬱?両方とも気付いたら既に進行している。
治るものもあれば治らないものもあるし、両方とも概ね心が作る。
鬱病は本人が精神科に通うけれど、本当はその前に親が育て方の反省も含めて学ばなくてはならない。親や家族を指導しないで子供や伴侶の鬱を治すのは難しい。鬱病患者の家族を指導している精神科医なんて聞いたことがない。
親も、「私の育て方が悪かった。」と言う人もたまにいるけれど、でもそう言いながらも本人は何も考え方を変えようとしない。「親(特に母親)が変わらなければ子供は変わらない。親が変われば子供は自動的に変わる。」と私はいつも言うのだけれど。「母親に全責任を押しつけられても堪らないよ!」と返ってくる。

子供の自主性

昔の田舎はどこも同じだったのかどうかは知らないけれど、私の村(地区)では、1/15(とんど)と8/15(”みちし”というお盆の大きな送り火)は小学生だけの集団で行っていた。大人(小学生から見ると中学生も大人)は一切口を挟まない。毎年、順に経験するのでやり方は子供はみんな知っていた。大人の指示が無くても子供にはいろんな事態に対処する判断能力が自然に育成された。
そういうことを考えると、「私は良いところで育ったな~!」と生まれに感謝する。前に書いたことがあるけれど、モンゴル草原での騎馬トレッキングで日本人だけで行動する時に、安全な場所では全体を見るために私は最後尾に付くが、危険な場所では私が先頭に立って馬を進めて安全な道を確保する。私にとってそれは自然な行動だけど、それは過去生からの習性という見方も出来るけど、現実的な解釈としては子供の時に村で身に付けた習性だな。大川小学校だけでなく今の子供にはそういう行動力、判断力が育成されていない。親も分からない。
「先生はほっといて、山に逃げるぞう!みんな、俺に付いて来い!」と言うガキ大将がいなかったのが寂しいな。
大川小学校の教師だけが酷かったのでなく、日本中にそういう教師が蔓延しているということだし、国会の野党もメディアも同じ。今の日本の体質なんだよね。
日本の危機に際してどうでもいい森友問題だけを重視していたのは、大川小学校の教師と同じだよね。「どうでもよくないからマスコミは問題にしているのよ!」がおばちゃん達の意見だわな。日教組と同じだな。大川小学校は日教組組合員の教師たちと組合員でない教師達との間に緊急事態においても確執があったんだろうな?そのへんを明確に分析していないのが問題だし、問題の本質をうやむやにするのは日本が先の戦争に負けたのと同じ体質だな。

まさか?!

クリック→→読む気にもならない怒りと悲しい話
大川小学校の悲劇は、校長や教師達の愚かさの象徴だと思っていたけれど、ここまで酷かったとは!いくらなんでも酷すぎる!でも今の教師ってこんなのかも?それにしてもどうしてこの内容がメディアに取り上げられないのだろう?
教師達の人権保護のため?国民に大事なことを伝えたくないために、どうでもいいことで国民を洗脳するメディアだな。そしてメディア、特にNHK、朝日、毎日によって、愚民化されていることに気付かない国民。
時によったら小学生でも教師の言うことを聞かないで独自に判断して行動すべきだと私は思っている。教師に緊急事態対応能力が無いのだから。
親は子供に、自己判断、自立、自己責任を教えないとな。子供達の中に先生を無視するリーダーシップを持ったガキ大将がいなかったのも不幸の内だな。
ある元教師の話を聞いたら、日教組の教師は酷いらしいもんね。その元教師のものの見方にも私から見ると疑問系は多いが。


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