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命と死

先日、田舎から家の裏庭になっていた夏みかんが送られてきた。手入れをしないので勝手になっている、家の者しか食べられないクズ夏ミカンですが。夏みかんの一個に2ミリぐらいの大きさの虫(昆虫)が一匹生きたまま付いていた。運の悪い虫だな。天国の小豆島から埼玉に来てしまった。殺すのも可哀想だし、飼うことも出来ないし。
どちらにしても、いずれ間もなく死んでしまう。生きたままゴミ袋に捨てるのも一案だが、3階の踊り場から下の芝生の上に落とした。同じ死ぬなら大地の上、草の中が良いだろうと考えたから。人間にぐしゃっと潰されて殺されるより、飢え死にだろうが凍え死にだろうが病死だろうが大自然の中で自然に死んでいくのが良いと思いますね。人間もかつてはそうだったのかも知れません。マタギなんかはそうですね。山で死んだら本望だから、自分が活かされた山で自分も山の一部になるということで、山に入って家に帰ってこなくても探すなと。まあ、山自体が自分の墓だと。
モンゴルも最近までは鳥葬でした。人が亡くなるときっとどこかの丘の上に置かれたのでしょう。魂が鳥によって天に運ばれる。
チンギス・ハーンはモンゴル大草原そのものを墓として、肉体は大地そのものになるという考えでどこかに埋葬された。そんなもの探し出して曝くなよと言いたい。今のところ幸運にも見つかっていないが。肉体は大地に還り、魂は天に昇る、それで良いではないかと。永久に見つかって欲しくないね。
虫の命からチンギス・ハーンの墓まで話しが飛んでしまった!

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逆戻り

ここ3,4日、急に冬に逆戻りですね。これが終わると急に夏に走るのでしょうか?この冬、一度も毛布を使いませんでしたね。大抵は一年の内、一番寒い2週間ぐらいは毛布を羽毛布団の上に掛けるのですが。マフラーも一度も使いませんでしたね。今年はあまり寒くない冬だったのかも知れません。
尖閣諸島の領有権を中国も主張しているわけですが、「自分が欲しいものは自分のもの」という理屈は昔からの中国の文化ですね。
日本人から見てビックリするのは、中国に入ってきて中国を支配した者は中国人という解釈なんです。だから始皇帝も、チンギスハーンも清の皇帝(満州族に属する)もみんな中国人と解釈するんですね。異民族に支配されたという考えはプライドが許さないので、中国支配者をみんな中国人にしてしまう。中国に入ってきて(満州含む)中国人にならなかったのは日本人だけということで日本人を憎んでいるという説があります。中国を清として支配した満州族というのは漢民族の中に吸収されてしまったのか?満州族というのをもう聞かないですね。
尖閣諸島で軍事的小競り合いが起きて自衛隊員が50人とか100人が死んだら、日本人は一気に昔に戻るでしょう。右傾化しますね。憲法もすぐに改正されるでしょう。核装備も議論の対象になるでしょう。

平和主義という右翼(私の知る限り平和主義の左翼はありません。亡国の左翼はありますが。)の私としては、そういう道も困ったもんだと思いますね。憲法改正は必要だけど、ヒステリックな判断は良くないですね。じっくりと国のあり方を哲学的にも国際協調的にも自主独立的にも時間をかけて考えないと。
インドなどで非暴力という思想と行動がありますが、それは悪までもその国の中においてであり、対外的には違いますね。インドも核保有国です。理論としては核保有国になるのもひとつの道ですが、私は核を持たない覚悟と今までにない新しい道を考えるべきだと思いますね。
普通の国としての自立的自国防衛というのはとても大切です。でも、今まで左よりだったのが、一気に右に戻ると戻りすぎになりますね。ゆっくり戻らないと。
中国が尖閣諸島を自分のものだと言って行動に移すと日本を即座に右傾化させてしまう。中国もこれから13億とも14億ともいう人間を食わしていくには、なりふり構っていられないという現実もあります。
その怖さを今の日本人は知らなすぎますね。日本民族を絶滅させて日本列島に漢民族を2億人移住させるぐらいのプランを考えるのが中国です。将来、日本がチベットや内モンゴルにならないことを望みますね。
しかし中国が日本と尖閣諸島で軍事紛争になると中国共産党は滅びるでしょう。中国国内での人民の我慢が持たない。「日本を脅さないといけない。でも日本と戦争するわけにもいかない」ということは中国政府が一番知っていることだとは思いますが。日清戦争の二の前になってしまう。


学びの形

古い人には懐かしいビデオやテープがあります。それを見たり聞いたりすると、古い人は懐かしくて涙するかも知れません。でも、「新しい人や若い人がこれを見たり聞いたりした時はどう思うだろう?」という思考の出来る人は、人の上に立つ人でも少ないようですね。多くの人は、「私にとっては良かった!」、「私は面白くなかった!」という「私は・・」、「私は・・」という見方しか出来ませんね。
それと日本はまだ参加型の民主主義民族ではありません。愚痴と文句と不平を裏で言いながら、お上から何かを与えられることを待っている民主主義ですね。
今の日本でひとつの集団を参加型民主主義にするには、一人一人の心を読んで細心の注意と愛情が必要なんですよね。こちらが愛情を持って対応しても去っていくのはどうしようもない。去る者は追わずですね。でも愛情を持たなければみんないなくなる。それも事実ですね。リーダーがまじめで人が良いだけでは人は付いてきません。学生時代から私はつくづくそういうことに苦労しました。でも女性個人に対して個人的にそういう心配りが出来ないのが私の欠点ですね。しかし、そんな気を遣わないといけない疲れる女性はイヤだ!独身の方がまだ良い!


偶像否定

偶像否定の宗教があります。一理あります。理屈で考えるとそうなります。
そういえば、偶像否定の宗教地域から彫刻の芸術は生まれているのかな~?建物はそれなりにありますが。でもほとんどワン・パターンですよね。
祈りは通じるという話しがあります。円空の仏像には円空の祈りが入っているような気がします。または祈りや慈悲が表現された仏像に、それを見る人自身の心が映って癒されるのかも知れません。心理学的な効果があるとも言えます。
農耕文化と遊牧文化、緑の文化と砂漠文化、基本的に何かが違うのでしょう。砂漠に八百万の神の文化は存在し得ない。砂漠しか存在しないのだから。
聞くところによると砂漠の中に入っていくと癒されるそうです。そうすると癒しのために偶像は必要ないですね。砂漠に偶像はなじまない。
日本の森は、植林されたところは別にしてほとんど雑木林です。いろんなものが雑多に存在しています。八百万の神の思想が自然に生まれますね。八百万の神を産んだ大元の神という思想もあり得ます。天風教義ではそれを宇宙霊と呼んでいる訳ですが、八百万の神と宇宙創造神の思想と同居も可能ですね。
砂漠地域では、ほんの少し存在するオアシスの取り合いになります。他者肯定思想では自分の種族が滅びてしまいます。森の形態とそこに住む民族の思想とは相似形という仮説を唱えています。誰が?私が。
地球レベルで見ると、雑木林ではないけれどいろんな形態が同時に存在している。その形と相似形の思想を世界平和のために作る必要があるのかも知れない。確かに世界は狭くなって、共存の方向に時代は向かっているのは確かですね。まだ略奪文化から抜けられない人口の大きな国があります。近代思想文明が百年は遅れているということですね。

円空展

今日(3/31)夕方4時過ぎに円空展を見るために上野に行きました。円空の仏像をどれでも良いから一体自宅に持っていて、それとジッーと対面していると涙が自然に出て来ると思いますね。そして心の深いところで何かが癒されると思いますね。ただ単純なプラス思考だけを推奨するのでなく、あういう癒しの涙というのも、是として考える必要があると思いますね。涙の効能というのもあると思いますね。思いっきり泣いて立ち上がるというのが。それは女に多いな。泣いた後は、ケロッとしている。その点、男はダメだな。だからストーカーのほとんどは男だ。たまに女もいるけど。男にも泣くことを教えるべきだな。こんなことを言う天風会員はいない?弱さを知った上で立ち上がる強さというか?今は泣く弱さも我慢する強さも教えないのかも?だから何でも相手のせいにしたり、人のせいにする?円空から話しがそれた。
クリック⇒⇒円空展
インドの菩提樹の葉っぱを加工してその上に円空の仏像を印刷しているものがありました。葉っぱの形がいろいろなので、何枚か手に取ってみました。ズーンと身体の中に入ってくるエネルギーを感じるのがありました。お釈迦様が菩提樹の下で悟ったというのも、なにか菩提樹にそんなエネルギーがあるのかも知れませんね。普通そんなの私は買わないのですが一枚買ってきました。一緒に行った人も私が買った菩提樹の葉っぱからエネルギーを感じたようです。但し、売られていた一枚一枚エネルギーは異なっていました。エネルギーを感じないのもありました。私が買ったのが一番エネルギーが感じられました。それを手に持っているとお腹までエネルギーが入ってくるのが感じられます。不思議ですね。
4/7までですが、これから見に行くチャンスのある人は、三体並んでいる左側の双輪の印を組んだ小さな仏像に阿弥陀如来坐像というのがあります。打坐の姿勢の理想像ですね。参考にして貰えればと思いますね。
今日、上野で撮った写真一枚。

これなんですが、何か感じる人はいるかな~?写真をクリックして拡大して、手のひらを上にかざしてみてください。または顔を写真の前に持ってきてみてください。はははは!オカルト的な話しですね。・・・・・・・何も感じなくて当然です。







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