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会得

何事も継続しないとものにならないですね。でもバカのひとつ覚えの何十年の継続だけでは前に進めないですね。最初に入り口のノウハウとして教えて貰ったことを何十年と続けている人がいます。病気治しぐらいはそれで充分なのかも知れませんが。
例えば、まったくの初心者に肛門が締まっている状態を教える方法として、足の指で大地を掴むようにしてかかとを紙一枚浮かせる姿勢を取るようにと教えます。そうすると少しクンバハカを感じることが出来ます。しかしそうすると身体は少し前傾姿勢になります。その姿勢を維持するために全身の筋肉が働きます。そうすると全身の力が抜けません。で、深いクンバハカになりません。本人はその段階のクンバハカをクンバハカだと理解して何十年と続けていると思われる人がいます。それはそれで立派ですが、その先を教えてくれるはずの先生が次の段階を教えないまま亡くなっていますからね。それはもう仕方が無いですね。
そして自分自身でその先を工夫しながら試すということをしていないんですね。
その最初に教えて貰ったことがすべてだと思ってしまっているんですね。まじめだけど工夫が無いんですね。そういうことが私にはみんな見えてしまう。
だから継続の上に工夫の積み重ねが必要ですね。工夫を積み重ねて始めて身体で会得する感覚の違いが分かるようになります。
でも、工夫を積み重ねても深い意味は分からないですね。幅広く知識の勉強はした方が良いですね。まあ、あまり勉強しなくても良いけど。自分の身体で会得していない知識はあまり意味がない。知識を頭で整理して分かっているつもりになっている人もいます。そういう人の方が多いかも知れませんね、特に男は。
真理の会得にはその上に偶然の運が必要ですね。真理の会得には、”あっ”の感覚的閃きが必要です。”あっ”は知識の積み重ねでは出ません。工夫の積み重ねの上に偶然という幸運を得た時に生まれます。
継続と工夫の積み重ねがないと、”あっ”は無いけれど、それらを継続したからと云って、”あっ”が得られるとは限りません。それはその人の運です。






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面白いブログ紹介

私は新聞は取っていない、テレビは見ない人間なのでどうかは分かりませんが、おそらく
クリック⇒⇒新聞・テレビに出ないニュースかも?


映画2

今日ついでに「利休」も観た。日本映画は面倒くさいな~。感じないといけない。そして考えないといけない。アメリカ映画は、大抵は哲学の無い単なるエンターテイメントだから何も考える必要ないもんな。
日本は不思議の国だな。死の美学なんて他の国には無いと思うな。
俳優の仕事も面倒だな。形を真似るだけでは形は出来ないのだから。本人以上に本人を表現しないといけないのだから。
昔から思っているけれど、俳優・女優という職業や小説という存在は不思議だな。それらはフィクションの世界なんだから。なぜ他人を演技することやフィクションのストーリに夢中になる遺伝子が人間にあるのだろう?宇宙人にもそんな遺伝子があるのだろうか?





映画

YOU-TUBEでもフルバージョンで映画が見られるようになっているんですね。

三日間の展示会で立ちっぱなしのせいか疲れていて、昨夜は寝る前の歯磨きもせず、Yシャツを脱ぐこともしないでベッドに倒れ込み、今日の昼間は頭痛もしていたので今日は早めに寝ようと思ったけれど、これを見つけて観てしまった。
ついでに、「それからの武蔵」もだいたい観た。小説にも、「それからの武蔵」というのがあったが、それはスピリチュアルな内容だった。もうかなり前に古本屋に売ったが、もう一度読んでみたい気になった。私が読んだのはインターネットで紹介されている「それからの武蔵」とは違うようですね。私が読んだのはマイナーな本でしたが武蔵の悟りと禅の修行について書かれているものでした。

税金

税金について多くの人は高いと文句は言っても、それ自体について疑問を持つ人は少ない。それは生まれた時からその税金システムがあるからですね。私なんかは所得税、消費税はシステムとして納得するものでもあるけれど、固定資産税とか相続税というのはその存在や概念が納得いかない。権力者は金を集めるためにあらゆる理不尽な理屈を付けてそこに住む人間から金をむしり取る。やくざの所場代とかみかじめ料(?)の最大が税金なんですよね。すなわち最大のやくざが国家権力なんです。
同じように生まれながらの奴隷は、意外に楽いのかも知れませんね。それ以外の思考をする必要は無いし、自由という存在も知らないのだから。自由と言われても何を考えて良いか分からない。どうしていいか分からない。指示されるままに仕事をしていれば屋根のある小屋に住んで食っていける。
日本に住んでいるということは相対的に恵まれていると思うけれど、生まれながらここにいるので理不尽なシステムについては疑問を持たない人が多いということなんでしょうね。大きなスーパーに行くと、そこは、「奴隷のための食料品雑貨買い出し処」と見てしまう。そしてそこで買い物をしている人達は自分が奴隷であることを知らない。あんなに添加物の多い食料品なんか奴隷のための食べ物としか言いようがない。NHKの受信料システムにもまったく納得がいかない。昔はテレビを見るためにテレビを買った。それに受信料を払うのは一理ある。しかしテレビをまったく見ないのに、またその機能を見られるように設定もしていないのに、ワンセグテレビ機能が携帯電話に付いているから受信料を払えと言うNHKの論理は狂っている。
若者はテレビを見ない世代になりつつある。インターネット情報で充分だし、インターネット世界では自分で好みの内容を選択できるし、また意見を述べることも出来る。テレビは衰退産業になっていくだろう。で、携帯やスマホを持っているだけでNHK受信料を払えと言う論理を主張するNHK受信料徴収者が来ることを若者は恐れている。ますますNHK離れ、テレビ離れが拡がっていく。今、NHKを見るのは年寄りだけだと思いますね。NHK盲信信者は中高年にまだたくさんいるが、今の中高年が消えたときNHKは存在できないだろう。その時、中国国営放送局がNHKを買い取るかも知れないな。NHKには22の共産党支部があり、中国国営放送局も間借りの形で既に入っている。いつでも共産党(共産主義ではない)がNHKを占拠できる態勢が出来ていることを中高年の日本人は知らない。
電車の中でワンセグ・テレビを見ている若者なんて見たこと無い。テレビが見られるという機能は機種を選ぶ理由にはならない。というか、今はiPhone以外はワンセグ機能がチップの中に組み込まれている。それにしてもiPhoneを使っている若者が多いな。子供に連れられて親もiPhoneというのも増えている感じがするな。ITに関しては親が子供におんぶされている。同じiPhoneを持っていると電話やメールだけでなく親子で情報交換しやすいのかも知れないな。



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