忍者ブログ

カレンダー

04 2026/05 06
S M T W T F S
10
19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長さん
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

忍者アナライズ

[1585]  [1586]  [1587]  [1588]  [1589]  [1590]  [1591]  [1592]  [1593]  [1594]  [1595

頭のいい人

人間、勉強すればするほど自分が何も分かっていないことが分かってくるけど、頭の悪い人ほど私は分かっているという信念を持っているのは、どうしてだろう?
頭が悪い人ほど頭が良いのだろうか?確かにそういう一面はあるな。
「頭の悪い子と付き合ったらダメ!」とは子供の頃、親によく言われた気がするけど、その頃はその言葉に心の中で反発していたけれど、この歳になってその通りだな思うようになってきた。
「嫁さんにするのは頭のいい人にしろ。顔は付いていればいい」と祖父に子供の頃、言われたことがある。確かに頭の悪い人と結婚するぐらいなら独身のままいた方がはるかに良いとつくづくこの歳になって思うな。で、独身でいる?いえいえ、独身でいるのはただ持てないだけ。はははははは。
結局、頭の悪い人は変われないということなんだな。
頭のいい人はバカにもなれるけど、バカは頭のいい人になれない。
ただね、中卒でも頭のいい人はたくさんいるし、東大卒でも頭の悪い人はたくさんいる。頭のいい人は、悪いと思ったことは、その時点から止められる人なんだな。
何事も悪いと思わないで、「何が悪いのよ~!」と開き直るのが頭の悪い人ですね。
開き直られると何も言えなくなるけど、その時点からその人の運は転げ落ちていく。
言霊ですね。言葉に魂が宿り、その発した言葉がその言葉の仲間を呼びに行く。
特に要注意なのが、飲んだ時の言葉ですね。酔っていたからという言い訳は真理の世界では通用しない。一度発した言葉は働き出す。言葉を発することは、見えない生命(神)を生み出すことです。その生命(神)が働くのです。
この事に気付けば言葉の誦句がより深く理解されるかも?
誦句集の言葉は、年代年代での理解があり、一人一人の理解の仕方と深さがある。だからこれが一番正しいという理解の仕方は無いけれど、深みを理解するのは50歳過ぎてからなのだろうか?また話しがそれた。

PR

理屈

神様(宇宙霊)の前で自分の理屈は通用しない。
事実(病)を持って知らされる。
病は我(自分の理屈)を消すために与えられるもの。
それを自ら悟らなくてはならない。人から教わるものではない。



選択

過去の時代(過去世)においては、自分で選択できることは少なかったです。ほとんど無かったかも知れません。生きることも死ぬことも時代の中で強制されてきました。
しかし今はいろんなことを自分で選択できます。良い環境で生まれた人は良い選択をしやすいかも知れません。厳しい環境で生まれた人は心の逃げとしてマイナスを選択しやすいかも知れません。(一度マイナスを選択すると次々に連鎖反応的にマイナスを選択して蟻地獄に陥る。マイナスの選択の癖が出来る。マイナス思考麻薬中毒?)
しかし今は、どのような環境に生まれようと、自分で生きる道を選択出来るのです、そして選択して来ているのです。その選択の連続が今の状況を作っています。
すべて自分が選択してきたことによる自分の責任なのです。自分で選択できる時代に生まれて、生きているということは本当に素晴らしいことなのです。
自分の選択によって魂の進化向上も出来るし、堕落も出来る。
進化向上も堕落も自分の選択なんです。厳しい環境で生まれて進化向上の良い選択をすることは、良い環境で生まれて良い選択をする人よりも価値が高いのです。
その選択も我(が)で判断している限りダメなんだよな~。我で判断すると大抵マイナスの結果になる。自分を放して真善美で判断しないと。その教えが天風教義でもあるんですね。自分を放すのが安定打坐、その結果、本心煥発、霊性の発現ですね。
自分を放せば宇宙霊から命のエネルギーとともに智慧が降ってくる。
人生の幸せは、自分にとっての本物に出会えること。
人生の不幸せは、自分にとっての本物に出会えないこと。
本物に出会っても自分からその縁を捨てる人もいる。勿体ないことです。

こんな風に説明してくれる先生ってなかなかいないと思うな~。



アセンション

アセンション(次元上昇)は、この12月22日から25日だと言われています。
物理現象的には、私はちまたスピリチュアルな世界で言われているのは信じていません。それは心の世界、魂の世界のことだと思っています。それにしても、それは魂のとてもハッピーな世界に入る人と、そうでない人に分かれるということですね。
すべては自分の選択によってなされます。他人によって導かれるのではありません。
人は道標(みちしるべ)を見せることしか出来ません。道標によって、自分で自ら気付き、自ら心や生き方を直せた人だけが次元上昇するのです。
それ以外の人は今まで通り、肉欲、金欲、名誉欲ですね。それにしても、変われる人と変われない人の違いをもろに見せられている感じですね。
すべては自分が一瞬一瞬、右に進むか、左に進むかを選択しているわけですから、選択している自分に責任がある。自分の過去の環境に責任は無い。今、自分が正しい選択をすれば良いのだから、自分の問題であり自分の責任ですね。
子供の時に自分では選択しえなかったことで起きたことは自分の責任では無いかも知れないけど(カルマの問題を外して考えればですが)。今、この瞬間にひとつ選択することは真善美にかなっているかどうかで判断すれば良いのです。
「今、判断することを真善美に従って決めるとすればどの選択になるのだろう?」と。
今のひとつだけをそれで考えれば良いのです。他は考える必要は何も無い。そして次のひとつをまたその瞬間ひとつだけ判断すれば良い。その繰り返しですね。
それが仏教の教えでもあり、天風教義の教えですね。過去も未来も考える必要はない。お釈迦様も天風先生も生まれ変わりを説明しないのはそういうことですね。今の瞬間の判断がすべてだと言うことですね。その繰り返しですね。今のひとつだけ、何が真善美かと判断すれば良い。とすると、バレたら誰か(相手の奥さんとか)を傷つけることになるのは真善美では無いよね。
まあ~な~、でも本物の縁の場合はまたちょっと答えが違ってくるのだけれどな~。
しかし”本物”なんて、一生に一人しかいないよ。





頭の中

モンゴルに5回目に行った時、キャンプ場(宿泊施設)で英語の通訳のモンゴル人女性とトイレ待ちの時に立ち話をした。
私、「モンゴル、5回目です」
彼女、「モンゴルに5回も来ていて、どうしてモンゴル語が話せないのですか?」
私、「Uuuuuu、そんな、一回一週間で5回では無理ですよ」
彼女、「日本人はいつも頭の中で何かを考えているから、何も頭の中に入らないのでしょう」
私、「Uuuuuu、その通りですね」
彼女、「先進国は情報が多すぎて考えることが多くなるからそうなるのでしょう。悪いことではないです。」と慰められた。

ちなみにモンゴル人歌手は日本に来て日本語の歌を2時間で歌えるようになる。たとえ日本語の意味が分からなくても日本語の歌詞を2時間で覚えてしまうらしい。
モンゴル人はひとつの歌をラジオで3回聞いたら、全部歌えるようになると聞いた。
モンゴル人の子供は日本に来て三ヶ月で日本語がペラペラになる。
頭の中が常時無心でないとこういうことは出来ないな。

モンゴルに行くと日本で無心になるために修行しているのが本当にバカに見えてくる。モンゴルでは無心が当たり前、クンバハカ(霊体になるほどのレベルではないが)が当たり前なんだから。無心とクンバハカでないと走っている馬から落ちてしまう。
モンゴルに行って頭の中が真っ白になった。天風教義なんか吹っ飛んでしまった。
大草原の真ん中で、誰が、「力だ!勇気だ!信念だ!」をやるか?そんなの当たり前の世界で、そうでないと遊牧民の生活は成り立たない。
日本人の日本での修行なんて幼稚園児に見えてくる。
頭が真っ白になって始めて学びの出発点を迎えるな。そんなもんだな。
知識は必要だが、知識を語っているようでは小学2、3年生だな。私はサラリーマンで営業している人にいつも言う。「ビジネス雑誌は立ち読みでも良いから全部読め。ビジネス本も読め。日経新聞は必ず目を通せ。しかしそれらの知識はお客の前で語るな。お客もそういう知識はすべて知っている前提で自分の考えを言え」と。「特に相手が大企業の部長ならなおさらだ。知識を語れば内心バカにされ相手にされない」と。
だから天風会でも本の知識を語ると、出来る人からは内心バカにされることになる。
「何の本の何ページに何々と書かれている」というように話す人が多いが、そんなのは初心者がすることだな。天風会が伸びないのはそういう理由もあるな。
私も、「(読んだ)知識を語ってはいけない」と人に言い出してからもう25年が経つな。いつの間にかそんなことを言っていた30代を過ぎてしまっている?





忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne