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許容

一般的に親から愛されなかった人、または愛されなかったと思っている人は人を受け入れることのできる範囲が狭い。人はこうあるべき、あーあるべきという言葉が多いし、人に要求する。充分愛されて育った人は人を許せる、受け入れる範囲が広い。だから幸せに育った人は幸せになる確率が高くなるし、そうでない人は低くなる。そうでない人が幸せになるには一度自己崩壊という強烈な経験が必要になる。そうすると価値観の回天が起きる。経験によって積み重ねられてきた価値観というものはとても狭いものだがそれが絶対正しいと多くの人は心の中で錯覚している。大抵の人は、人の話を受け入れるか拒否するか二者択一で生きている。人の話をまずは”信じない”なおかつ”疑わない”で聞き、後で自分の習慣的価値観による思考ではなく皮膚感覚、細胞感覚で検証してから判断するということが一歩次元の高い人間の生き方です。まあ細胞の声を聞くというのは無心で素直な状態でないと聞こえないのだが、その状態になるのが難しい。無心になる前に勝手な自己判断をしてしまう。
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クラスメイト2

小学校の同級生である元厚生省キャリアの名前をインターネットで検索したら出てるわ、出てるわ。マスコミでは元部長という表現しかされていないけれど、実名でボロクソに書かれている。将来、国会議員になる道は閉ざされたな。それにしても人生の後半に美しく生きるということが如何に大事かということですね。権力を持った人間、権力を背景にした人間が正しく、美しく生きるということは本当に難しい。その同級生も、権力と老後の豊かさ(天下りによる)ということに関しては成功したのかも知れないけれど・・・。昨年春逮捕された川口市高校校長も大学時代に、「こいつ将来、女で失敗するかも?」と思ったけれど、それは数十年後そうなった。厚生省の同級生も30代の終わり頃、一度、東京小豆島会の集まりで会って話したことがあるけれど、「うーん、そういう考え方は問題だな~?」と彼の生き方、考え方に疑問を感じたけれど、あれから20年、疑問は現実になった。彼には昔から常に1番になれない2番の焦りみたいなものがあったのかも知れないとも思う。1番になれない役人キャリアとして卑屈さとしたたかさを持ってしまったのだろうか?役人の世界は庶民には理解できない独特さがあるだろうから、その中で染まってしまったのかも知れない。どこにいても美しく生きるということが大事ですね。事業家として、役人として、または何かで成功しても生き方が美しくなければ結局、晩節に名前を汚すことになるかも。名前を汚したらご先祖様に申し訳がない。ちなみにかつてクラスで一番だった同級生は今、某一流国立大医学部の産婦人科部長として頑張っているが、彼の論文のテーマを見て驚いた。彼の若かりし頃のスケベさが、年を取って学問として昇華している。それはそれで笑ってしまう立派さだ。

クラスメイト

「郵便不正 「民主議員が口利き」 倉沢容疑者 厚労省部長に電話で」という元部長は私の同級生みたいだな。当時の彼の状況的には法案を通すために清濁併せのむというやむを得ない処置だったのかも知れないが、キャリアとしてのラストチャンスとして功を焦ったのかな。将来、国会議員になれる可能性も夢見ていたのかも知れない。彼は、成績はクラスで2番目だったがIQの高さは一番だった。
ここ数年、友人がニュースになることがままある。教え子への脅迫で逮捕された川口市高校校長も大学時代のクラスメイトだし・・・。他にもあるが良い話はない。良い話でニュースになって欲しいよな。

日本郵政社長問題

日本郵政の西川社長の首を維持して総務大臣の首を切った問題で我々国民としては、内閣支持率を犠牲にしてまで、なぜ大臣より日本郵政の社長の方が大事なんなだろう?と。200兆円に上る郵便貯金でアメリカの国債を買えという圧力がアメリカから、そしてアメリカに追従する政治家や元大臣の経済学者からの圧力が強く、それを跳ね返しているのが西川社長だという説がある。他の人間ならそれらの圧力に屈して郵便貯金で100兆円ぐらいのいずれ紙くずになることが分かっているアメリカ国債を買ってしまうことになるという。そういうことはマスコミやメディアは取り上げることが出来ないのです。だから理由が分からない。

教義

中村天風とかクンバハカというタイトルでインターネットで検索してみた。うーん、いろいろあるけれど本質的にそれらを理解していると思われるのはどこにもない。読んでいてむなしさだけを感じる。
私も教義に関して新しく気付いたことや知識は増えているのですがHPやブログに書き込む気にならない。やはり教義の本質は人から人へと伝えていくものでしか身につかないと思うから。きちんと学んだ人間の復習としての文章は価値があるけれど、どこに何が書かれれていたという知識では意味がない。教義は知識や言葉ではなく、感覚的に、知覚的に理解しないといけないものだから。このままいくとクンバハカの本質も理解されることなく霧散霧消してしまいそうだ。天風会が教えるクンバハカは、何も理解できない人に教える、「とりあえずの方法」なんだから。「とりあえずの方法」が「それがすべて」になって伝わっていくのだろう。宗教というものはみんなそういう伝われ方になっている。教祖が大衆に分かるように便宜的に教えたものがすべてだと思い、それが本質だと伝わって、本来の本質は異端としてごく少数の人たちの中でのみ伝わっていくことが多い。天風教義も同じ道を辿っている。とりあえず健康になるための手段・道具としては今のままでも問題はないだろうけど。



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