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京都教育大6

今回の示談ということで決着がつきましたが、裏で余程大きな力が働いたんだなと思っていたらこんな文章がインターネットに出ていました。今回は弁護士の力の差、それを動かしている金と権力の力だと思っていたら案の定でした。だから大学は彼らを退学処分に出来ないんですよね。
【臨時学童保育員をやったH君、まだ祖父の素性が割れていないんだよね。
あの亡き祖父の孫が強姦魔って事になったら、それこそ週刊誌の格好のネタだし、
衆議院議員選挙にとても負の影響を及ぼすしね。
それでも、父親に迷惑をかけて教職に就くのはね・・・

小学校教員のK君、奈良県教の有力者が身内にいると何かと便利だよね。
捜査が及ぶと庇ってくれたし、田原本でK一族と言ったら、知らぬ人はいないからね。】

普通、こういう状況で退学処分にならない場合は自主退学の勧告ですよね。でも上の理由でそれも出来ない。自分一人でどうすべきか判断できる者もいない。
日本も国際化してきてアメリカや他の国ように、「自分は正しい。私は間違っていない」と言い張る文化になってきているのでしょうか?厚労省の「凛の会」DM不正に関する元部長(私の同級生)も、「私は不正を指示していない」と言っているし。頭の良いキャリアは後で問題が自分に降りかかってこないような指示や表現をしますから、それはその通りだと思いますが・・・。それにしても部下を守るという感性が無いのが寂しい。指揮官と部下、上司と部下の関係の違いでしょうか?指揮官は部下を身体を張って守るが、上司は自分の立場を守るために部下を見殺しにする。日本には指揮官という責任感覚が消えたのでしょう。ただ現場で働く日本人は昔から立派な人が多いが、口だけで働くデスクワークでは立派な人はいない。昔の、前線に立たない大本営参謀なんかもひどかったもんね。先生というのは大抵、口で働くだけだから。現場で身体を張って指導する立派な先生も多いとは思いますが、この先生は立派だという学校の先生に私は会ったことがない。良い先生はたくさんいましたが。やはり立派というのは人生の修羅場をくぐり抜けないとなれないものなんでしょう。先生をしていて人生の修羅場を経験するということは少ない。
それにしても大学はいつから22歳前後の大人の更正施設になったのでしょうか?不起訴になった6人一人一人に、それぞれ二人の指導教師がつき、毎日生活日誌を書かせ指導するという。ニュースを読んで唖然としてしまった。「はあ?何これ!それって小学生じゃん!」と。
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タイミング イズ マネー

先週土曜に喫茶店で英語の予習をしていたら隣の若者二人(30代前半と20代後半)がなかなか面白い話をしていた。その中のひとつに、「タイムイズマネーはもう古い。今はタイミングイズマネー」だと。なるほどな~!と感心して聞いていた。今の若者には偉いのが多い。まあ、逆も多いけど。

許容

一般的に親から愛されなかった人、または愛されなかったと思っている人は人を受け入れることのできる範囲が狭い。人はこうあるべき、あーあるべきという言葉が多いし、人に要求する。充分愛されて育った人は人を許せる、受け入れる範囲が広い。だから幸せに育った人は幸せになる確率が高くなるし、そうでない人は低くなる。そうでない人が幸せになるには一度自己崩壊という強烈な経験が必要になる。そうすると価値観の回天が起きる。経験によって積み重ねられてきた価値観というものはとても狭いものだがそれが絶対正しいと多くの人は心の中で錯覚している。大抵の人は、人の話を受け入れるか拒否するか二者択一で生きている。人の話をまずは”信じない”なおかつ”疑わない”で聞き、後で自分の習慣的価値観による思考ではなく皮膚感覚、細胞感覚で検証してから判断するということが一歩次元の高い人間の生き方です。まあ細胞の声を聞くというのは無心で素直な状態でないと聞こえないのだが、その状態になるのが難しい。無心になる前に勝手な自己判断をしてしまう。

クラスメイト2

小学校の同級生である元厚生省キャリアの名前をインターネットで検索したら出てるわ、出てるわ。マスコミでは元部長という表現しかされていないけれど、実名でボロクソに書かれている。将来、国会議員になる道は閉ざされたな。それにしても人生の後半に美しく生きるということが如何に大事かということですね。権力を持った人間、権力を背景にした人間が正しく、美しく生きるということは本当に難しい。その同級生も、権力と老後の豊かさ(天下りによる)ということに関しては成功したのかも知れないけれど・・・。昨年春逮捕された川口市高校校長も大学時代に、「こいつ将来、女で失敗するかも?」と思ったけれど、それは数十年後そうなった。厚生省の同級生も30代の終わり頃、一度、東京小豆島会の集まりで会って話したことがあるけれど、「うーん、そういう考え方は問題だな~?」と彼の生き方、考え方に疑問を感じたけれど、あれから20年、疑問は現実になった。彼には昔から常に1番になれない2番の焦りみたいなものがあったのかも知れないとも思う。1番になれない役人キャリアとして卑屈さとしたたかさを持ってしまったのだろうか?役人の世界は庶民には理解できない独特さがあるだろうから、その中で染まってしまったのかも知れない。どこにいても美しく生きるということが大事ですね。事業家として、役人として、または何かで成功しても生き方が美しくなければ結局、晩節に名前を汚すことになるかも。名前を汚したらご先祖様に申し訳がない。ちなみにかつてクラスで一番だった同級生は今、某一流国立大医学部の産婦人科部長として頑張っているが、彼の論文のテーマを見て驚いた。彼の若かりし頃のスケベさが、年を取って学問として昇華している。それはそれで笑ってしまう立派さだ。

クラスメイト

「郵便不正 「民主議員が口利き」 倉沢容疑者 厚労省部長に電話で」という元部長は私の同級生みたいだな。当時の彼の状況的には法案を通すために清濁併せのむというやむを得ない処置だったのかも知れないが、キャリアとしてのラストチャンスとして功を焦ったのかな。将来、国会議員になれる可能性も夢見ていたのかも知れない。彼は、成績はクラスで2番目だったがIQの高さは一番だった。
ここ数年、友人がニュースになることがままある。教え子への脅迫で逮捕された川口市高校校長も大学時代のクラスメイトだし・・・。他にもあるが良い話はない。良い話でニュースになって欲しいよな。


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