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ウランバートル

モンゴルで自ら会社を持って仕事をしている若い独身日本女性のHPを読んでいるとウランバートルでは11時、12時よりむしろ夜中の2時、3時の人が寝静まった時間帯の方が安全だと書いている。そういう面も確率的には言えるかも知れないが、そのような考え方は日本人の安全ボケの象徴ですね。人通りのいる中で襲われたら金品を奪われるだけで済む確率が高いけれど、人通りの切れた夜中の2時に歩くということは襲われたら一巻の終わりだということが分からないのだろうか?ウランバートルの市内を朝や夕方に私も一人で歩きますが常に思うことは非常に襲われやすい道並み街並みになっているということです。だから人通りがあっても襲われる。私でも「ここで襲われたらどうしようもないな」といつも危険を感じて歩いている。まあそれにしても日本の女性は無知なる勇気があるというか、ひとりで好きなところで好きなように住んで生きている。その勇気に感心すると同時に一定の確率で襲われるのは必然だと思いますね。でもそういう多くの悲劇と犠牲を積み重ねて日本人は世界で生きるということはどういうことなのか知恵を積み重ねていくのでしょう。日本人が知恵を持つにはこれからも多くの死屍累々の犠牲が必要なのです。鈴木千恵さんもそういう犠牲の一人ですね。モンゴルでは夜中の2時に殺された日本人に対して誰も同情していないでしょう。「夜中の2時に一人で?馬鹿じゃないの!襲われるのは当然よ!」それだけですね。それにしても日本の女性は世界で最も幸せな人種ですね、その活動の自由さと無知さ故に。
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日本女性

モンゴルで38歳の日本人女性が殺されたとインターネット・ニュースに出ていた。夜中の2時に自分のアパートへの帰りの途中だったという。開いた口が塞がらない。日本以外で夜中の2時に女一人が町の中を歩くなんて余りにも愚かな行為です。ましてウランバートルで。日本女性の「自分は大丈夫」という根拠の無い安全ボケの結果ですね。男の私でもモンゴルのウランバートルを含めて外国では太陽が落ちた後の一人歩きは全神経を集中して前も横も後ろも気を遣うし、周りの人の動きをよく見るし、異なる複数の人がいる状態でしか歩かない。
外国で殺されるのは自分の愚かさのせいですね。レイプとかそういう危険やアバンチュールを期待しているとしか見えないたくさんの日本女性が外国でうろうろしている。だから今回の事件は必然・当然です。韓国でもレイプは統計的に日本の5倍以上の発生率ですが韓国では日本以上にレイプされても訴え出ない女性が多いので実態はそれ以上です。アメリカでのレイプ率は韓国とほぼ同じです。
日本人の考え方は憲法九条と同じ思想ですね。自分が武器を持たなければ襲われることは無い。話し合いですべて解決できる。相手の信義を信頼して無防備に夜中でも歩きます。自分が正しく生きていれば車がビュンビュン走っている国道を赤信号で渡っても事故に遭わない。憲法第九条とはそんな意味です。そんな思想は世界では通用しない。世界から馬鹿にされるだけ。ウランバートルの夜中2時に女性が一人歩くことは車がビュンビュン走っている国道の赤信号の横断歩道を渡るのと同じです。

人生

日本や先進国では多くの人が自分の思考や感情の選択で人生を選ぶことが出来る。それは人類の歴史始まって以来のことかも知れない。自分で思考していると思っていることも、実は生まれてからの過去の出来事や過去生からのカルマに縛られている。本当の思考や選択の自由はまだ得ていない。奴隷が解放されたとき何をどうしていいか分からないので今まで通りの生活をしてしまうのと同じですね。今までの毎日の奴隷の生活の形でいる方が安心だから。人は変わることを恐れる。今まで不幸で生きてきた人は不幸のままが心の安心状態なんですね。「自由が欲しい、幸せになりたい」と口では言いながら幸せを恐れて一歩も足を前に出せない。人間は思考の自由というものをまだ得ていないのです。「恐れるものなど何もない」ということを知るのが思考の自由を得る第一歩なのかもね。恐れていいのは自分に嘘をつくことですね。

民族

アメリカ人という民族は存在しない。中国人という民族も存在しない。日本国民はほぼ日本人すなわち日本民族である。それが日本人にとってあまりにも当たり前で思考することも無いが一民族一国家一地域というのは世界の中の例外に等しい。それはまた思考や考え方に大きな影響を及ぼしていることにも日本人は気がつかないでいる。日本人が「人は何々すべき」、「人はこうあるべき」と思っていることは他では通用しないことが多い。日本人は本当に恵まれている。アメリカ人も後千年経つと血の混ざり合いでアメリカ民族となるだろう。それにしてもアメリカ市民権を貰えば誰でもアメリカ人になれるが、外国人が日本人になる場合は「帰化する」と表現される。日本人に帰化する外人はままいるが、中国人に帰化する日本人はいない。中国人になった白人というのも聞いたことがない。日本女性が韓国に嫁いでも韓国人に帰化したとは言わない。なぜ日本人になるときだけ「帰化する」という表現を使うのだろう?不思議だ。

チンギス・ハーン

何年か前に「パックス・モンゴリカ」ジャック・ウェザーフォード著を読んでとても面白かったし歴史に対する公平な見方を学ぶことが出来た。今、新しく「チンギス・ハン」ジョン・マン著を読んでいる。470ページの大作だ。中国が「チンギス・ハーン」という24時間に及ぶテレビ映画の大作を作っている。とても面白い映画で見始めると止まらなかった。DVD6本ほとんど毎日徹夜で見た。それにしても中国にとってチンギス・ハーンは共産主義の否定すべき対象であり敵であり憎き存在なのにどうして中国共産党はこんな映画の製作を認めたのだろう?と疑問に思っていた答えが今読んでいる本の中にあった。中国から見るとチンギス・ハーンはモンゴル族中国人なんだと。中国の英雄と解釈しているとのこと。へ~!と中国人の論理に開いた口が塞がらない。今の中国は日本も自治を認めた中国の一部という論理をかざしている。とりあえず沖縄は中国の領土と主張している論理が分かった。日本人にはそれを論破する論理を持たない。確かに今のアメリカはアメリカに移民すればすべてアメリカ人となる。日系アメリカ人というように。チンギス・ハーンは中国を統一したのだからそこでモンゴル系中国人になったことになるらしい。今のモンゴル国は中国の中にある正当なモンゴル人の住んでいる内モンゴルから国を捨てて逃げた人たちによって作られている仮の国ということになるらしい。凄い論理だが反論する別の論理が無い。
ちょうど今日夕方、本で読んだ部分の歴史と地域がNHKBSでNHK特集・大黄河「オルドトスの興亡」として偶然重なった。イギリス人が書いた本の中に出ていた中国人歴史学者の顔がそのNHKテレビの画面に現れた。最近そういう偶然がなぜか多い。
それにしても英語で書かれた歴史本を日本語に訳された本を読むのは気楽に読んでいるが、日本語に訳するのは正確な漢字にするだけでも大変だ。翻訳する人も歴史に対して深い洞察と知識がないと出来ない。


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