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黙祷

昨日は3.11から7年目。被災者や犠牲者を持っている家族にとっては、そうでない人達とは別の世界を生きて来たんだろうな?と推察します。合掌。
昨日の日曜行修会で、一リーダーの提案で3.11の犠牲者のために黙祷したのは良かった。本当はね、天風会すべての会(各地方の会)が同じ時刻にするのが良いと思うんだけどね。そういう観念は天風会には無いな。
祈りの効果が海外の医学界で証明され始めているけど、新規の実証理論を組み込むことは天風会はしないな。そういう意味では天風会は宗教だね。科学は新しい実証結果を取り入れていくもんね。まあ、あれもこれも取り入れていくと、キリがないけどね。
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私は小鳥?

小鳥は日の出の15分前から鳴き始めるという説があります。なぜならその時間帯から木々の葉っぱが酸素を出し始めるからと。
なぜか私も日の出の10~15分前に目覚めます。で、毎日、起きる時間が少しずつ早くなっている。晴れてても曇っていても雨が降っていても同じですね。
不思議ですね。だから冬は目覚めが遅くなる。いつ頃からそうなったのだろう?
だいたい7時ジャストに起きる癖が子供の時から出来ていたし、板橋時代に朝の行修をするためと朝風呂派になったので早く起きるようにはなっていたが。
しかしその頃に目覚めの時間が日の出と共に変化していたという記憶はない。戸田に引っ越しをして来てからのような気がする。
今朝目が覚めたのは5時41分、日の出時間は5時58分。細胞(遺伝子)に時計が組み込まれているという説がありますが、それにしても何がどのように時間を認識しているのだろう?

教える側のレベルは受け手に影響?

今日、昼の食事の後に絵画展(二人の個展)を何人かで観に行った。画家本人からいろいろ説明を受けて、ものの見方が拡がった。
いろんな展示会には顔を出してみるのは大事だな。出来たら作者の説明を受けて。古いものなら作者から直接説明を受けることは出来ないけど。で、考えた。
天風会に入ってくる人は結構いるけど、辞めていく人も同じだけいる。
天風教義は深いものだと思うけど、一定以上の年数(3年?)が経つと、来ているだけでは知識やものの見方が拡がらないんだよね。時々、いい話は聞けるけどね。たまのいい話のためにいつも行くのは時間とお金が勿体ない、と考えるのも仕方がない。天風先生から直接話が聞ける場合には、受取手のレベルに従って天風先生の話を解釈出来ていたんだと思うな。教える側のレベル以上に受取手(聞き手)がその内容を受け取ることは出来ないのは当然のことですね。もちろんそれは誰が悪いということではありません。会の持つ運命なのかも知れません。これから天風教義の運命はどうなるのだろう?中興の祖は現れるのだろうか?

まさか?とは思うが、

人は生まれた時から既に死亡予定日は決まっているという説があることは何度か書いていると思うけど、ひょっとしたら、医者の言うことを聞くのも、病気が治る方法を聞かないのも、死ぬべき時に死ぬためではなかろうか?と閃いた。
医者の言うことを聞かなければ、死ぬべき時に死ねない。病気が治る手だてを実行したら病気が治ってしまって死ねない。なので、そんな話は拒否して死の予定日に向かう?まだ死ぬ時期が来ていない人は病気が治るような選択判断をする。そんな話は、「まさか?!」ですが。
今まで、亡くなった人の病気療養時の判断について、「何であの時あの人はあんな判断をしたのだろう?」と何人かについて疑問を持っていたケースがあるのですが、こういう仮説をすると理解できないこともない。
ある人は、ちゃんとその日に死ぬための縁を選び、そうでない人は、死なないための縁を選ぶ。どちらも適切な選択?多くの人が医者の指示に従うのも順調に死の予定日に死ぬため?まあ、こんな仮説は信じる必要はありません。
そんなことを考えているとこんな本に出会いました。日向ぼっこ村で自主上映をした映画「かみさまとの約束」に出ていたすみれちゃんの本です。
クリック→→これは凄いかも?
関係のない話ですが、昨日の昼に銀行に行ったらATMは全部人が使っていたけれど、待っている人は誰もいなくて、私が待つ人の一番だった。すぐにATMが空いて通帳を記帳しているわずかの間に後ろにたくさんの人が並んでいた。
1分程度の時間の違いで待ち時間の大違いだった。今日の昼に駅のキオスクでガムを買っていたら、そのわずかな間に、後ろに5,6人の人が並んでいた。不思議にこういうことはしょっちゅうありますね。


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