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展示会

昨日から東京都I区の産業展にI区から頼まれて私の製品を展示している。仕事上のメリットは何も無いけど区との付き合いで参加している。パネルも区が区の費用で用意してくれた。産業展はいろいろ参考になるし面白いものがある。毎年、その展示会では丹波の黒豆製品を買っている。昨日も買ってきた。なかなか美味しい。ここの黒豆エキスは虚弱体質の人には良いみたいだ。昨年は滝と同じマイナス・イオンを発生するシャワー・ノズルを約1万円で買った。毎日緩やかな滝行をしているみたいなものだ。女性は肌がすべすべになるらしい。その会社の展示ブースで糖尿病に効く、集中力が上がるという酸素が80倍入っているというミネラル水を一本貰った。血中酸素濃度が上がって脳が活性化されると言う。ひょっとしたら心の病の回復にも効果があるかも知れない?母親が子供に塾に行く前に飲ませるというケースが増えていると言う。貰った1本は、健康問題が深刻な外注先の人に上げた。そのペットボトル1本200円だという。宙(そら)の風勉強会のために1ダースぐらい買っておこうかな?集中力を上げるために。
1台30万のステレオが5台限定で出ているが、欲しいけれど手が出ない。音は本当に良い。これで滝の音を聞くと最高だろうな。
来年、2月のアメリカでの最先端光技術製品展示会に私が作る製品2種類が2社から別々に展示されることになった。ひとつはその1社から頼まれて作るものですが。
もちろん2種類とも世界の誰も作っていないものを出すのです。当然、誰も作っていないものを作るというのは簡単ではありません。予期せぬ想定外のトラブルの連続ですから、根気と根性とめげない心が必要です。「必ず、うまくいく!」という信念でいつも開発しています。信念なのか、思い込みなのか、妄想なのか、自惚れなのかは判断が難しいところですね。どちらにしても世界を目指さなければ、日本国内に未来は無い。
ということでやっとアメリカへの手がかりが始まった。25年かかった。”苦節25年”としておきましょう。その方がドラマチックだ。本当は楽節25年だけど。待つ力ですね。約10年前も目論んだけれどアメリカの通信バブルがはじけて頓挫した。当時のクリントン民主党政権からブッシュ共和党政権になって、アメリカの政治利権構造の主役が通信から軍事に移ったからです。

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美人

昔から、「美人は三日見れば厭きるけど、ブスは三日見れば慣れる」と言われる。
少なくとも家の中ではそうですね。家の中ではそんなの関係が無いですね。性格と相性ですね。でも道を一緒に歩くのは美人がいい。男の勝者気分を味わえる。女性のみなさんごめんなさい!でも逆もあるよね。かっこいい男と歩くと女性の勝者気分を味わっていると思う。
自分のことを棚に上げて何を言うか!と怒られそうですが、ハイ、棚に上げています。私は女性が一緒に歩いて自慢できる男ではありません。でも、そう言えば、私とデートした女性は普通にデートしてくれたな~、「こんな男と一緒に歩くのは恥ずかしいな~」という空気を醸し出した女性はいないな~。私が鈍感なだけかも知れないけど。女性のみなさん、ありがとう!
今朝、電車の中で美人に会った。会ったと言うより見た。貿易の本を読んでいたので商社勤めなんだろうと思っていたら、私と一緒に板橋で降りた。彼女は右に、私は左の方向の改札口に向かった。板橋の右側、滝野川に商社なんかあるのかな~?
地味な服装をしているので結婚しているのだろう。美人であるが故に目立たないように地味に徹しているのだろう。
それにしてもあんな美人を女房にすると亭主は心配で大変だ。いつも男に言い寄られるのだから。それとも美人過ぎて言い寄られないのだろうか?
何でも普通が良い。歳と共に、普通が最高と思えるようになった。でも私の普通のレベルは高い。クックックック。これも、どうでもいい話しでした。今朝、普段見ることのない美人を見てしまったものだから、つい。
ブスッとした美人より、明るいブスの方が良い。ブスッとしたブスは救えない。
ブスッとした顔は美人にのみ許される特権です。(また女性に怒られる。)
「何とか、なるわよ~!」という楽観主義の明るさがあれば普通が良い。
少なくとも母親にその心が無いと子供は窮屈だ。
人生、誰もいつも順風満帆というわけにはいかない。いえ、順風満帆の時は少ない。
でも何とかなるものです。「最後は必ずうまくいく!」という信念が必要ですね。

私はいつもそれを自分に気合いを入れて言い聞かせています。そうでないと私のような仕事は出来ない。
みんな今、生きているのだから、”今まですべて何とかなってきた”ということですよね。今まで何とかなってきたのだから、”今”の問題も何とかなるのです。信念です。



日本の心の闇

「病み」は「闇」か?
昨日、たまたま入った喫茶店で紅茶を飲んでいたら、両隣から声が聞こえてきました。両方とも女性同士の会話です。
どう考えても両方とも心の問題があるように思えた。右隣は明らかに心のカウンセラーとクライアントとの会話でした。カウンセラーも心がアップアップのようでした。カウンセラーも元々は心を病んでいて、自分を治すために何年もセミナーに通って、そこで自分もカウンセラーの資格を得たのでしょう。私にはみんな見えてしまう。
左隣は母と娘のようでした。母親も娘も私から見ると病的な会話内容だった。自分たちは正常で正しいと思っていて、心の病的な息子夫婦についての会話でした。聞いているとどこにも正常な人物が見当たらない。会話をしている人達も、会話の話題になっている側の人物もおかしい。すなわち家族全員がおかしいということになる。
どうしてこんな日本になっているのだろう?
右隣の女性二人が席を立って去る時に、カウンセラーらしい女性が私にちょこっと顔を振って挨拶をして出て行きました。私がみんな理解していることを理解したのでしょう。分かる者同士、空気で分かるものです。
夕方、食堂的レストランに入った。スーツを着た坊主頭の40ぐらいの男がひとつの席に座っていた。近くのお寺の僧侶なのでしょうか?または近くのお寺に用があって、どこかから訪ねてきたのかも知れません。私が前を通る時、彼は、”ふっ”と緊張していた。私の気を感じたのでしょう。私に心のレベルを見られているのが彼には分かっていたのです。彼と話してみたかったですね。
自分は正常だと思っているため精神科に通っていない精神病予備軍は日本の人口の1/3から半分ぐらいいるのではないかと思ってしまう。





相手の立場

心を病んでいる人は感謝する頭脳の部位が壊れていると以前書きましたが、相手の立場に立ったらどう思うかという思考能力も同様に無いですね。いつもそういう人に対応しているのだけれど、先日、10数年経って始めてある人に、「あなたの立場で、あなたの考えていることは正しいけれど、あなたがその人の立場だったらどう思う?」ということを始めて問いかけてみました。ほとんど理解不能、想像不能の様子でした。頭の中、真っ白、ほとんどパニック状態。
昨日、電車の中で同じような光景を見ました。若い男性が電車の中の遠くから走ってきて、ひとつの空いている席に座りました。ひとりの老人が坐ろうとする直前に。そしてひたすらマンガを読み始めました。もちろん心を病んでいる人にも他人に思いやりのある人はいるのでしょうけど、私は今まで一度も見たことがありません。
今、瞬間の自分の思い(感情)しか無い、目の前の自分の興味以外何も見えない。
きっと一生、直らないんでしょうね。どこからそうなるのでしょうか?過去世で何があったのでしょうか?そんなこと考えると憂鬱になるかも知れないので考えませんが。
ただ思うに母親が他人に対する思いやりは無かったのだろうな~?と推測はしますが。明らかに心を病んでいるということが見て分かる人なら、そのように対応するか、近づかなければいいのですが、一見分からない場合があります。そういう場合は、後で余計な苦労することになりますね。なぜか私は昔からそういう人を背負うことになってしまいます。そういう人の話しを同じ一人前の人間として聞いてしまうからな~。
そして心を病んでいる人には、こちらの言葉に対して想像を絶する理解の仕方をされることもあります。そして本人はその理解が正しいと執着します。でもそれは、現世のみで見れば、その人の責任では無いですね。親の業がその人をそのように育ててしまったんですね。その人も親の犠牲者なんですね。そしてその親もまたその親の犠牲者なんですね。連鎖反応で繋がっているのです。連鎖反応を断ち切れるチャンスのある人と無い人があります。50,60過ぎたら、もう無理ですね。私の感じでは、人生の大幅な軌道修正のラスト・チャンスは48歳だと思います。何事も適応年齢というのがありますね。理論物理とか数学なんかは受験浪人したらもう無理ですね。頭が固くなって対応できない。学校の教師になる程度なら問題ないですが。それと同じです。


結ばれる

そう言えば、最近、「私は誰々さんと結ばれた」という表現を聞いたことがありませんね。もう死語になりましたね。「昨日、誰々と寝た、Hした」という表現だけですね。
肉体だけの結合で、肉体だけの快感が話題になって、心が無くなっていますね。
結ばれるというのは、心と身体と縁が結ばれることですね。結婚はしないまでも、縁が結ばれるという観念が無いと人間、薄っぺらいですね。犬猫の交尾と同じレベルかも?「それが、何が悪いのよ!気持ち良ければ良いじゃん!」と言われそう?
私なんかは縁という観念を持つ世代ですね。それとも東京には前から元々そういうの無いのかも?「私、何々さんと結ばれたの~!」というような、うれしそうな女性の顔って絶滅しましたね。
古い人間には生きづらい世界になってきたのかも?それはいつの時代でもそうですね。エジプトの数千年前の遺跡の壁にも、「今の若者はなっとらん、云々」と書かれているようですから。数十年前に、アメリカの社長に言われたことがあります。「○○さんはやっていることは新しいけど、心は古い(日本人の古い心)ですね」と。
以上どうでもいい話でした。ふっと思いついたものだから。
「村長さん、何を夢みたいな事言ってんの?昔からそんなの無いわよ!女は昔から現実的なの!したたかなの!男の好みを演技しているの!」と女性に言われるかも?







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