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いちごロールケーキ

昨夜、友人から「いちごロールケーキ」が送られてきた。開けてびっくり!「なんだ!?これ?こんなの見たこと無い!食べないでもその凄さが判る。ケーキ職人の心意気が伝わってくる。」
薄くスライスされたイチゴでケーキが覆われている。いちごをこんな薄くスライスなんか出来るのか?とんでもない職人技だな。さらに言えば、このロールケーキには祈りが入っている。「これを食べる人に健康と幸せが持たされますように」と。普通、ケーキは砂糖の使い過ぎで身体に悪いのだが、そういう感じはまったくしないな。
「う~ん、これをひとりで食べるのは勿体ないな~」と。美味しいものは誰かと一緒に食べて、より美味しくなる。それに食べさせて上げたいね、あの人に。ううううっ!
しかし、残念ながら一人で食べた。「う~ん、なんだ?この甘さとまろやかさは?砂糖には和三盆と他に何か高級な砂糖を混ぜているな。それに混ぜ方が半端じゃない。徹底的に練り込んでいる。スポンジもこだわり抜いている。」
朝も少し食べてみた。シャキッと目が覚めた。「へ~え、本物の美味しい物を食べると目が覚めるんだ」ということをこの歳になって初めて知った。
美味しいものとしてパッと思い出すのは、三輪そうめんの「神糸」ですね。あのそうめんは美味しかった。それからやはり今年人から貰った池上製麺所の「るみおばあちゃんのうどん」ですね。うどん好きの私としてはたまらない美味しさでしたね。それからモンゴルの草原で食べたホルホグという蒸し羊肉、モンゴルうどん、タルバガンですね。思い出す前に頭の中に浮かんでくる。それから思い出せば、ボストンで食べたハンガリー料理。バルチモアで食べた日本式ステーキ。ギリシャのクレタ島で食べたオレンジ。思い出すとたまらんですね。帝国ホテルでウン万円で食べたフランス料理なんか思い出さない。
それからさらに思い出すと、まあ、いろいろありますが、美味しい物を食べると、それだけで今の時代に肉体を持って生まれてきた甲斐があるというものですね。
でも出来たら誰かと一緒に食べたいものです。一緒に美味しいものを食べたい人というのも、ほんの二、三人しかいないな、厳密には二人かな~?そんなもんだな、魂の縁というものは。









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ある仏師

http://urn.blog.so-net.ne.jp/2005-03-19

http://www.y-ohkawa.jp/essay/H12.9.22jiheishouno.htm

http://www.knob-knob.com/cdkannonshichou.htm

堀部さんの元で仏像を彫っていた時があるので、
私は堀部さんの不肖の弟子?でもありますが。






スパイ天国日本

日本はスパイ天国というのは昔から言われている。日本にはスパイ防止法という法律が無いのだから。他の一般法律をやりくりして対処している。だから中国人や中国外交官がスパイというのは当たり前のこと。企業に勤めているのは企業スパイですよ。今更何を問題にしているのだという感じですね。
ちなみにこの人は解放軍の中のエリート中のエリートですね。抜群の頭脳を持っているのでしょう。でも、なぜこの人を?というのはありますね。日本の政治家の誰かと密になり過ぎているのを今の政府が警戒したということなんでしょうね。そのルートを潰すためにこのような手段を取ったということで、この裏には日本の政治家同士の争いがあるのです。その日本の政治家の名前が出てくることは無いでしょうが、その政治家は政治的力が弱くなりますね。この記事からそこまで読まないといけないのです。
【警視庁公安部が出頭要請した在日中国大使館の1等書記官(45)は、中国を代表する情報機関である人民解放軍総参謀部の出身で、公安当局は着任当初からスパイとみて、動向を警戒していた。母国語のように日本語を操り、松下政経塾にも在籍していた“日本通”の書記官。人民解放軍所属という経歴を隠し、国内で独自の人脈を築いていた。】







命日

私の家の祖父と祖母の命日を今日始めて知った。祖父は昭和23年の、祖母は昭和34年の5月19日と同じ日に亡くなっている。で、母親に聞いた。「ふ~ん、同じ日に亡くなっているなんて、おじいさんとおばあさんは仲が良かったの?」と。
とても仲が良かったとのこと。また、「ふ~ん」ですね。
祖父が自分の命日に祖母を迎えに来たのかな?
それとも祖母は自分の死ぬ時を10年以上も前に神様から教えて貰っていて予め知っていたようなので祖父の命日に合わせて死んだのかな?
まあ、卒啄同時なんでしょうね。












魂と家系

天風教義は個人の生き方としては正しいと思うけれど、それだけでは解決できないものも多いような気がしてきましたね。歴史を勉強していると、歴史を金(キン)の流れで見るとひとつの流れ(歴史観)が見えてくる。言語という観点から見るとやはりそこにひとつの流れ(世界)があるようだ。
大きな本屋に行くと、コンピューター関係の領域に入るとそこにもひとつの世界がある。天風教義で人間や人生を見るとそこにひとつの世界がある。しかしそれがすべてではないような気がします。本屋の大事なコーナーではあるけれど一コーナーでしかないのと同じですね。そして人は自分の関心のあるコーナーだけに没頭してそれしか見えなくなる。
私みたいに宗教やスピリチュアルなコーナーだけでなく、歴史のコーナーも見、技術のコーナーも見、経済のコーナーも見、という人は少ないかも?
天風教義で家庭の問題を解決した話は聞かないですね。子供がぐれたぐらいは問題の内に入らない。
日本という世界にはご先祖様もいます。家族の不幸の連鎖は家族の一人が天風教義を実践したからといって解決しないようです。実際に天風会も昔から人間関係がごたごたしていると聞いています。偉い人でも人間同士の感情の確執はどれほど何かが出来る能力を持っていても、真善美や空になれなかったみたいですね。個人の修行ではどうしようもない世界があるということだと思いますね。
インドのヨギは悟るために家族を持たないし家族を捨てているから、そういう問題は考慮しないで済むというだけではないでしょうか?
天風教義は素晴らしいけれど、それだけで良いのかな~?という疑問が出て来ています。ただ誰もまず自分を作らないといけない。自分を作るひとつの道具、指針、哲学として天風教義は価値があると思います。
10数年前に見て、その時録画した「モンゴリアン・テイル」というモンゴル(内モンゴル)映画を何回見ても、息が苦しくなるぐらい胸が締め付けられて涙が止まらなくなる。そんなの天風教義で解釈する範疇にならない。それは私の魂が持っている過去世の記憶か、または今生の判断の過ちと重なるからでしょう。
天風教義の実践で自分は浄化できるかも知れないけれど、自分が傷つけた人の魂は浄化できない。人は生まれ変わっても心の癖はなかなか直らないような気がするな。






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