忍者ブログ

カレンダー

04 2026/05 06
S M T W T F S
10
22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長さん
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

忍者アナライズ

[1718]  [1719]  [1720]  [1721]  [1722]  [1723]  [1724]  [1725]  [1726]  [1727]  [1728

夏風邪

先週月曜にかすかに風邪を引いた。すぐに飛んで無くなる程度の風邪なので気にしなかった。それがちょっとずつちょっとずつ悪化していった。この一年一度も鼻風邪程度も引かなかったので自己管理に満足したとたんに風邪を引いた。昨日の午後から今日の夕方までほとんど寝た。風邪を引いたのは気分が落ち込んでいたのも原因のひとつかも知れない。会社を興しこの歳で国難の震災に一千万や一億円程度の寄付ができないというのは間違った生き方や間違った仕事の仕方をしていたということだなと反省をして落ち込んでいた。
それにしてもトヨタなんかは10兆円を越える内部留保(現預金)があるのだからその1%の一千億円ぐらいをこの国難に対して寄付をしてもいいと思うのだけれど資本主義は残酷だな。日本は人道的資本主義であって欲しい。日赤には二千億円が集まってまだほとんど使われないままになっているらしい。私は最初から日赤には寄付をすべきではないと言っている。官僚的なのでこうなることが分かっていたから。現地ですぐに役立つボランティアグループに寄付をするとかが効果的だな。
PR

発見

前日曜に、「あれ~?一番最近日向ぼっこ村で教えたことって何だっけ?」と教えたことが記憶から消えた。人に聞いても覚えていない。教えた側が覚えていないんだから学んだ側が覚えていないのは当然だな。
「いや~、手をくるくる回すのは一年前のはずだし?」と何を教えたか覚えていない。で、昨日思い出した。「そう~!、肩から自分を解放することだ」・・・、
「あ~?本を読んで覚えたことはあまり身に付かないな」と分かった。自分で発見したことは忘れないけど、本の知識を実行しても一時期で終わって忘れてしまう。学びは当然必要だが、そこから自分で発見したことだけが結局身に付くんだな。
人に、「素直になれ」と言って素直になれる人はいない。なぜなら自分が素直でないということが分かっていないから。「私は素直です」と自分で言っている人で素直な人はいない。やはり人に教えるということは出来ないんだよな~。自分で本当の自分を発見するしかないんだよな~。ちなみに「素直になれ」とは私が若いときに良く言われた言葉のような気がする。内心で、「俺のどこが素直でないんだ!」と反発したのは当然です。そういうことは本を読んでも人の話を聞いても分からない。でも、本を読むことも人の話を聞くこともいつか気づきのための肥やしになるんだろうな、きっと。
歳と共に素直でない心は身体を蝕んでいくことが多くなる。怒りが継続すると恨みになる。怒りや恨みは細胞を破壊して病気の元になる。素直とは運命として受け入れることでもあるな。受け入れることは赦すことでもある。「自分の気づきや成長のためにそれが必要なことだったんだ」と受け入れることですね。

いちごパフェ

外注先へ行くのに時間があったので時間待ちのため喫茶店に入った。入り口に貼ってあった「いちごヨーグルト」の写真が美味しそうだったので頼んだ。「いちごを切らしておりまして苺ヨーグルトは出来ませんが、苺パフェなら出来ます」と。????
「ヨーグルトとパフェでは全然違うものでしょ」と心の中で思ったが、ウェイトレスが「確認してきます」と言ってまた戻ってきて言った。「はい、苺パフェなら出来ます」と。「そう、じゃぁ、流れに沿って苺パフェにしますか」と私は応えた。少し時間がかかって苺パフェが運ばれてきた。「え~?苺ジャムがちょっとのっているだけじゃん」と思ったが、「こんなの食べるの何年ぶりだろ~?」とウェイトレスに言ったらウェイトレスはニコニコしていた。
考えてみると一人で喫茶店でパフェなんか食べるの生まれて初めての経験だな。二十歳ぐらいの女の子のウェイトレスとの会話に逆らわずに決めた。ちょっと涙が出るような本を読みながらパフェを食べた。今日は時々涙を流しながら本を読みながら苺パフェを食べているおじさんになりました。カウンターからもしウェイトレスが私を見ていたら変なおじさんだわな~。
でもまあ、若くてかわいい女の子にデレ~っとなって言いなりになる中年の僕ということでもあるな。

天啓

今朝、久しぶりに言葉が降りてきた。
「人類は分裂し、(それが再び)混じり合うことで文明が生まれる」と。

天風会では安定(あんじょう)と無心は同じとか、安定と三昧は同じと説く先生方がいますが、残念ながら安定という意味がまったく分かっていないということですね。
無心を捉えた先に、宇宙霊の智恵を直感という形で、または言葉やイメージが脳の中に入ってくるという状態を「安定(あんじょう)」というのです。無心で気持ちよく座ることが安定ではないのです。
だから安定は3秒でも5秒でも10秒でも良いのです。もちろん無心という状態を自由自在に得られる段階に達していることが前提条件になります。だから無心は安定の出発点と常に私が言っている所以です。

宗教も教祖が亡くなって分裂するから大きくなるとも言えますね。仏教しかり、キリスト教しかり。茶道も表千家と裏千家に分かれたから良かったのかも知れません。大事なことは分裂して喧嘩せずに交流することですね。民族にしても国家にしても分裂して仲良く交流すれば良いのです。大きいことを求めてはいけないのです。国家、民族を大きく統合することが英雄という観念が教育によって洗脳されていますがもう違った価値観を持つべきです。分裂することを恐れてはいけないのです。どこかの教えの会は統一的解釈とか統一的教えの方法とかという観念に囚われ過ぎている。
仏教だろうがキリスト教だろうが悟った人同士はお互いが理解でき親友になれるが、悟ってない者同士は教えの違いを元に喧嘩(戦争)することになる。


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne