今朝、久しぶりに言葉が降りてきた。
「人類は分裂し、(それが再び)混じり合うことで文明が生まれる」と。
天風会では安定(あんじょう)と無心は同じとか、安定と三昧は同じと説く先生方がいますが、残念ながら安定という意味がまったく分かっていないということですね。
無心を捉えた先に、宇宙霊の智恵を直感という形で、または言葉やイメージが脳の中に入ってくるという状態を「安定(あんじょう)」というのです。無心で気持ちよく座ることが安定ではないのです。
だから安定は3秒でも5秒でも10秒でも良いのです。もちろん無心という状態を自由自在に得られる段階に達していることが前提条件になります。だから無心は安定の出発点と常に私が言っている所以です。
宗教も教祖が亡くなって分裂するから大きくなるとも言えますね。仏教しかり、キリスト教しかり。茶道も表千家と裏千家に分かれたから良かったのかも知れません。大事なことは分裂して喧嘩せずに交流することですね。民族にしても国家にしても分裂して仲良く交流すれば良いのです。大きいことを求めてはいけないのです。国家、民族を大きく統合することが英雄という観念が教育によって洗脳されていますがもう違った価値観を持つべきです。分裂することを恐れてはいけないのです。どこかの教えの会は統一的解釈とか統一的教えの方法とかという観念に囚われ過ぎている。
仏教だろうがキリスト教だろうが悟った人同士はお互いが理解でき親友になれるが、悟ってない者同士は教えの違いを元に喧嘩(戦争)することになる。