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上映会

約2ヶ月の準備を置いて上映会が昨日終了しました。お陰さまでほぼ盛況な結果となりました。全部で118名ぐらいだった。20人近くの当日キャンセルがあったけれど学生時代もいろんなことをしたけれどドタキャンに悩まされた。そういう経験からそんなもんでしょうということですね。宴会の余興の練習のため来られなかった人もままいたようですし、また友人・知り合いからの誘いなので断れないで受けて当日行けない理由を作るのがしばしば見られる日本人の習性ですね。でもそれは魂のレベルの違いから来るものだから仕方ないですね。勿体ないと思いますね。来れば心や魂のレベル・アップになったのにと思うから。身体を動かして来なければ次のステップが出来ないのだから。それにしても、実際、昨日来た人たちの心の質のレベルは高かったですね。有り難いことです。
後で、この映画の自主上映を考えようかな?という人が何人かいたので、次に繋がる可能性が出てうれしいですね。この映画は繋がること、一人でも多くの人に見て貰うことが大事ですね。それはテレビでなく映画という形で。自ら身を動かして観る映画という形で。テレビは身を動かさないで見るから観るという体験にならない。
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今日は何人?

さあ!今日が来ました!たかが自主上映、大きなことではありませんが・・・・、この2ヶ月多くの人に協力をして貰って昨夜で131人になりました。予約無しに直接来る人は何人になるのでしょうか?

「GATE」明日上映

3月の24日にyou-tubeを見て1ヶ月考えました。「う~ん、5,60人は集められる自信はあるけどそれでは10万円の赤字になる。10万を自己負担できるかどうか。100人なら5,6万円の赤字になる。うーん、今年はモンゴルの子供ではなく日本人の心のために寄付をすると考えると、それなら出来る。100人以上を目標にやってみよう!」と考えて4月の半ば過ぎに自主上映を決心しました。たかが自主上映だけど、なんでもやるとなると考えないといけないことが出てくる。お寺とか教会自体が自主上映する場合は場所代はかからないしDVDの賃貸料も半分になるから自主上映は何の問題も無いのだろうけど、ただの人間がしようとするといろいろお金と準備が必要だ。しかしこの映画は赤字でもそれをする価値がある。日本人の心に未来の平和の種を植えることになるのだから。
今、価値観の転換の時期に来ているのだろうと思います。ワールド・カップ・サッカーも日本チームは頑張っているし、「はやぶさ」は7年の試練の歳月を通して地球に帰ってきたし。今年前半の大事なニュースはこの二つですね。

ちなみにパラグアイやブラジル、スペインのサッカーを見ていて思うのは、日本が勝つ方法はあるということですね。同じやり方なら完璧に負けるけれど彼らが戸惑う戦術を正確に行えば崩せる。日露戦争に日本がなんとか勝ったのと同じで方法はあると言うことですね。サッカーの布陣を見ているとそれぞれの国の軍隊の動かし方と相似形がありますね。面白いですね。作戦というものもきっと遺伝子の中に組み込まれた記憶とか伝統的思考から来るのですね。サッカーは戦争だから弱者が一瞬勝つ方法はあるものです。その一瞬をワールド・サッカーにタイミングを合わせて持ってくる。もちろん何回も同じチームとやれば強いチームが勝率を上げるのは当然だから。5回に一回勝てる力があれば、その一回をワールド・サッカーに合わせるということですね。それを冷静に分析して正確に動ける能力があれば勝てる。4年後、8年後のサッカーは面白いかも?

参加人数

今日で124人になりました!

言葉

「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という言葉をここ1,2年の間にテレビで誰かが言っているのを聞いたり、誰かの本の中にもあったり。この言葉、私が大学4年の時に私が作った言葉なんですよね。オール・チバ・イングリッシュ・アッセンブリーという千葉、東京、神奈川、埼玉の英語サークルを集めて英語討論合宿をする際の裏目標だったのです。(そういえばあの時も120人ぐらいだったのかな?それとも150人ぐらいいたのだろうか?もう忘れたけれど。)公式には違う理由を立てながらどのように運営するかの思想としてこの言葉を考え出したのです。それから35年経って、まったく一字一句違わない言葉を聞いてびっくりしました。回り回ってその言葉は生きていたのでしょうか?それとも101匹目の猿現象として誰かがテレパシーでキャッチしたのでしょうか?35年前に私自身が101匹目の猿として誰かの言葉を直感でキャッチしていたのかも知れませんね。言葉や意識は、おそらく祈りも、そのように繋がっていくのかも知れませんね。言葉は誰の言葉と言うより神の言葉を人間がキャッチしているのかも知れないので著作権だと意匠権だとかの所有権を主張するのは人間の傲慢ですね。もちろんプロの職業として脳みそに汗を絞り出して考え抜いた作家の文章とかコピーライターの言葉のフレーズは著作権で守られなくてはならないけれど。ましてヨガの一般名詞を意匠登録するなんて愚の骨頂ですね。


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