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参加人数

今日で120人になりました。他に数字には入れていないけれど来るであろう人も3人いますので123人かな?当日来れない人も、当日に来る人も当然いますので130人越えるといいですね。もちろん130人でも赤字です。椅子は150用意しました。採算が合うのは160人越えないと。でも160人では部屋の端の人がスクリーンが見にくくなるので見る人のことを考えると150人以内ですね。
こういう映画で、何かの組織に依存せずに、口コミだけで150人を集めるのは至難の業ですね。
最初、日向ぼっこ村と天風会のコラボレーション=共同企画にでもしようかと考えたのですが、やはり組織が入ると純粋でなくなるので、一人一人の力でどこまで行くかやってみよう!と始めました。チラシにも書いていますが、「一人からひとりへ、そして次のひとりへ」を貫くことにしました。後は神様任せだと。ほんと、一人一人の力は小さいけれど、1+1+1+1+と積み上げていくと120になったのですから。
きっと世界平和は、今までは国家や政治家に依存する方法でしたが、これからはその思考パラダイムを変え、まずは組織や国家に依存しないで、一人から一人へと始まる、そういう方法なのではないでしょうか?それが国家や軍隊の意識を変えていくことになるのではないでしょうか?映画の中でも言っていますが、「一人一人の心が平和で無ければ、世界の平和は来ない」と。
どうすれば戦争を無くすことができるのかを何十年も考えてきた「自称軍事評論家」としてはこの上映会をやらなければ死ぬときに後悔することになるから。
禅とは何か、信念の働き、祈りの力、円相の意味、日本人の平和の作り方、人間の悲しさ、素晴らしさ、核兵器の恐ろしさ、核廃絶の一つのあり方、そんないろんなことを理屈でなく感性で教えてくれるとても良い映画ですから。
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価値観を放す

人間、50を過ぎればひとつひとつ価値観(こだわり)を放していくことが健康の元ですね。スケベな話しをするときはスケベな話に乗り、まじめな話しをするときはまじめに考える。場面場面で自在に対応するには自分の価値観のこだわりを放すことが必要ですね。40歳以降で身体が弱いとか病気を持っている人は自分の価値観にこだわり過ぎている人ですね。場面場面の状況に楽しく乗るのが健康への秘訣ですね。「そんな話しは厭だ!」、「下品な!」とか自分で勝手な価値観を持たないことですね。厭な会話は乗ってスーッと知恵でよける賢明さが必要です。それにしても人間はどうして、あ~だ、こ~だと考え過ぎるのだろう?もっと自然に乗ればいいのにと思う。スケベな話しには、「アッハハハ」と乗って笑えば健康の薬です。

上映会参加人数

上映会参加予定人数が119人になりました。私自身を入れると120人ですね。当日多少へ減るにしても、当日参加の人がどれだけ増えるか予測が付きません。神様の働きのままにということですね。神様が必要な人は連れてくるだろうし、そうでない人は来れない理由が生まれる。

上映会

上映会参加予定者が3名減って1名増えて111人になりました。まあ、当日に宴会芸の練習のために減る可能性もありますし、当日参加の人がどれだけ出てくるか予測が付かない面もあります。まあ、101人以上にはなるでしょう。それにしてもこの映画を見ることは、その人の魂にとってとても大きな気づきを持たらすことになるのではないかと思います。本編にはyou-tubeの予告編では分からない内容の深さがあります。
多くの禅僧や天風先生の描く円相にはそんな意味があったのかと気付かされる部分もあります。円相は、あたやおろそかに出来ないものなんですね。いろんなケースで何も知らずに、「へ~、この円相は凄い!」なんて感想を述べていたのが恥ずかしい。何も分かっていないのに分かったつもりになっているという無知なる恥を晒していたんですね。
それにしても人が自分の魂のための黄金を掴むチャンスを捨てて、その日に石ころを掴むことが無いように希望したいものです。でもそれもまたそれぞれの魂のレベルに応じての縁だから私としては如何ともし難い。
相撲協会は野球賭博に溢れ、どこかの会は学びの進化向上より宴会芸に勤(いそ)しんでいる。北国の農閑期の宴会文化が浸透しているみたいだ。本当に日本は平和なんだな。本当は魂の世界はもうそんなにのんびりした時間なんて無いのにな。
毎週日曜に護国寺に行くたびに、「日本は本当に平和でいいな~」と涙が出そうになる。昭和10年頃の貧しさで、「一日三食白い米のご飯が食べられること、娘を売る必要もなく家族で一緒にいられること、寒い冬に家の中で凍える必要のない生活ができること、その三つが出来ればこの世は天国だ、他には何も要らない」と多くの日本人が思っていた理想の社会が今の日本です。そんな理想のはずの国の中で、「誰がどうした、こうした。私は・・、私は・・・」と不平、不満、批判と文句と自己主張に溢れています。そういう中で魂の進化に時間が残されていないと気付いている人は、パチンコ、酒、カラオケ、宴会という文化からは離れて魂磨きの世界に歩み出しています。宴会を楽しんでいる人には見えないんだよね、時間が残されていないことが。SF映画的に言えば地球破滅の前に破滅を知らずに宴会を楽しむ事は大衆にとっては、楽しみの中で滅びるのは良いことかも知れませんね。気付いている少数の人は魂のレベルをジャンプして自分の肉体を脱出したアストラル体が進化した惑星へと移住する。そんな本がここ10年多くなっています。実際は同じ地球でも次元の異なる人間によって三次元を共有して生きているというのがこれからの地球ですね。見えない人は見えないし、見える人は見える。次元が違うと同じ場所に居ても交流が起きえない。そんな地球になりますね。というか、もうなっていると言えるかも知れません。

サッカーは戦争

サッカーの試合を見ているとそのフォーメーションは戦争そのものですね。選手一人が騎馬兵士100人から200人の部隊に相当しますね。一人=200人の兵士として11人=2200人の部隊の動きということですね。2200人という事は概ね一軍ないし一個大隊に相当します。サッカーグラウンドを広大な草原の戦場として見ればいいのです。フォーメーションとは、はるか離れた違ったところから集まってくる各部隊の戦場への到達のタイミングの正確な一致、それはチンギスハーンの戦術だったのです。戦場への集合のタイミングが少しでもずれたら各個撃破される。フォーメーションが崩れても同じ事。そういう戦争としてのフォーメーションをサッカーを通して私は観察しているのです。それは私の本能ですね。


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