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田代まさし

田代まさしがまたコカイン所持で逮捕された。どうでもいい話しなんですが写真の顔を見て驚いた。54歳なのに疲れ果てたお爺さんの顔をしている。とても54歳には見えない。普通今の54歳というのは結構若い顔をしているのが多いのに人間の顔というのは生き方でこんなにも違うんだなという見本ですね。
人生には無駄が無いという話しがあるけれど本当かなぁ~?と思う。30年、40年も鬱を患いながら死んでいく人生、鬱で自殺する人生、麻薬でボロボロになって死んでいく人生、それらは有益なのだろうか?せっかくの人生をそんな使い方をして。確かに素直を多少身につけるだけでも3生はかかるみたいだけど。一生、二生ではなかなか素直というものでさえ身につけられないようだから。でも人が何かを三生で身に付くものを五生かかる場合、その差の二生は有益なのだろうか?もちろん何でも多少は学びになるだろうが・・・。
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モンスター・チャイルド

モンスター・チャイルドという言葉を最近聞かなくなったが、モンスター・チャイルド国家というのも困ったものだ。日本はそういう国家に対応する力と知恵を持っていないからなぁ~。中国がモンスター・チャイルドなら日本はいじめられっ子・国家だな。いじめられっぱなし、反抗する力無し、お金をたかられっぱなしで、国民は一億総神経症とくる。

無題

以前10年近く勤めていた会社の社長が亡くなった。享年77歳。詳しくは知らないがここ1年ぐらいそれは時間の問題だったのだが。サラリーマンとして私はおそらく異常な、そして社会常識から逸脱した社員だったからなぁ~。社員として上司との人間関係の調和なんて考えたこともなかったから。そしてそれが許容されていたのだから良い会社だったし良い社長だった。当然葬儀に出席しないといけないが何となく当時の仕事仲間に会うのが億劫だ。当時の専務も今、肺ガンで厳しい状況にあると聞いている。なんやかんや言っても、きっと二人は戦友なんだろうなぁ~。一緒に経営してきたものとして病になるのも死ぬのもほぼ一緒ということだもんな~。
そういえば私は誰かの部下として仕事をしたことあったかな~?前の会社での最初の2年間だけのような気がする。当時私はその上司に向かって、「私はあなたを上司として認めない!」と言ったことがあるらしい(私はそのことを覚えていない)。そしてその後、更に上の上役に、「○○さんを私の上司から外してください。私には合いません!」と頼んで外して貰った。当時私は平社員として係長や課長をみんな何々課長とか呼ばないで、何々さんと”さん”付けで呼んでいた。酒の席でそのことで私に不満を言った課長もいた。「なんで俺を課長と呼ばないのだ」と。
大学を卒業して最初の会社での仕事も私には直属の上司はいなかった。一人で社長直轄の研究テーマを与えられていた。研究手法の指導者はいたけれど私の上司ではなかった。私のサラリーマン生活においては、名目上の上司はいたけれどほとんど私のしたいことをしたいようにしてきたと思う。自分ではそう思っていなかったけれど、きっとそうだな。他人から見れば私はサラリーマンとして不思議な生き方をしてきたのかも知れない。でもそういうことが許されたのは、きっと私には出世しようとか、個人的に得をしようとかという私心や私欲が無かったからだと思う。自分がうまく得をしようと思ったことは一度も無い。会社を辞めてから前の会社の別部門の上役に言われたことがある。「おまえの正直には馬鹿が付く」と。
そんなことを思い出した。葬儀に参加しないとしけないな。

心身統一

天風会では心身統一法を教えています。心身は相関だから統一して使えと。
心と身体が元気になり、健康ではつらつとして生きる分にはそれで良いのだが・・。
坐禅も瞑想も、「無心になれ」、とか「無心を取れ」とか簡単に一言で無心と言っているが無心の世界は思考の世界より広く深い。
どうも心身統一の後は心身分離かもなぁ~?ダライ・ラマのビデオを見て教えられた。天風先生も安定打坐において、「心が身体を思わない」と言っているがそれは心身を分離させることだよな~?
もちろん心身統一前の心と統一後の分離する心は「心」と同じ字を書くが似て非なるものかもね。

権力争い

人類は少なくとも三千年は権力争いをしている。なぜいつまでも権力争いを続けるのだろう?スピリチュアルな世界では魂がどうのこうと言うけれど、魂が進化しているとは思えない。権力は概ね男の世界の話しだが、男の持つ遺伝子に組み込まれている生物学的な虚しさのはけ口として権力を求めるのではと仮説を称えているのだが。権力者になればそれが満足するのではないかと男は夢を持ち、それに挑戦するが権力を握っても虚しさから解放されることはないと悟ったときは遅すぎるという歴史のパターンの繰り返しだな。権力意識から解放されている人間はその分、心の自由を得る。ちなみに、あきらめているのは解放されているのとは違いますよ。大抵の男はあきらめているだけ。


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