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人生

日本や先進国では多くの人が自分の思考や感情の選択で人生を選ぶことが出来る。それは人類の歴史始まって以来のことかも知れない。自分で思考していると思っていることも、実は生まれてからの過去の出来事や過去生からのカルマに縛られている。本当の思考や選択の自由はまだ得ていない。奴隷が解放されたとき何をどうしていいか分からないので今まで通りの生活をしてしまうのと同じですね。今までの毎日の奴隷の生活の形でいる方が安心だから。人は変わることを恐れる。今まで不幸で生きてきた人は不幸のままが心の安心状態なんですね。「自由が欲しい、幸せになりたい」と口では言いながら幸せを恐れて一歩も足を前に出せない。人間は思考の自由というものをまだ得ていないのです。「恐れるものなど何もない」ということを知るのが思考の自由を得る第一歩なのかもね。恐れていいのは自分に嘘をつくことですね。
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民族

アメリカ人という民族は存在しない。中国人という民族も存在しない。日本国民はほぼ日本人すなわち日本民族である。それが日本人にとってあまりにも当たり前で思考することも無いが一民族一国家一地域というのは世界の中の例外に等しい。それはまた思考や考え方に大きな影響を及ぼしていることにも日本人は気がつかないでいる。日本人が「人は何々すべき」、「人はこうあるべき」と思っていることは他では通用しないことが多い。日本人は本当に恵まれている。アメリカ人も後千年経つと血の混ざり合いでアメリカ民族となるだろう。それにしてもアメリカ市民権を貰えば誰でもアメリカ人になれるが、外国人が日本人になる場合は「帰化する」と表現される。日本人に帰化する外人はままいるが、中国人に帰化する日本人はいない。中国人になった白人というのも聞いたことがない。日本女性が韓国に嫁いでも韓国人に帰化したとは言わない。なぜ日本人になるときだけ「帰化する」という表現を使うのだろう?不思議だ。

チンギス・ハーン

何年か前に「パックス・モンゴリカ」ジャック・ウェザーフォード著を読んでとても面白かったし歴史に対する公平な見方を学ぶことが出来た。今、新しく「チンギス・ハン」ジョン・マン著を読んでいる。470ページの大作だ。中国が「チンギス・ハーン」という24時間に及ぶテレビ映画の大作を作っている。とても面白い映画で見始めると止まらなかった。DVD6本ほとんど毎日徹夜で見た。それにしても中国にとってチンギス・ハーンは共産主義の否定すべき対象であり敵であり憎き存在なのにどうして中国共産党はこんな映画の製作を認めたのだろう?と疑問に思っていた答えが今読んでいる本の中にあった。中国から見るとチンギス・ハーンはモンゴル族中国人なんだと。中国の英雄と解釈しているとのこと。へ~!と中国人の論理に開いた口が塞がらない。今の中国は日本も自治を認めた中国の一部という論理をかざしている。とりあえず沖縄は中国の領土と主張している論理が分かった。日本人にはそれを論破する論理を持たない。確かに今のアメリカはアメリカに移民すればすべてアメリカ人となる。日系アメリカ人というように。チンギス・ハーンは中国を統一したのだからそこでモンゴル系中国人になったことになるらしい。今のモンゴル国は中国の中にある正当なモンゴル人の住んでいる内モンゴルから国を捨てて逃げた人たちによって作られている仮の国ということになるらしい。凄い論理だが反論する別の論理が無い。
ちょうど今日夕方、本で読んだ部分の歴史と地域がNHKBSでNHK特集・大黄河「オルドトスの興亡」として偶然重なった。イギリス人が書いた本の中に出ていた中国人歴史学者の顔がそのNHKテレビの画面に現れた。最近そういう偶然がなぜか多い。
それにしても英語で書かれた歴史本を日本語に訳された本を読むのは気楽に読んでいるが、日本語に訳するのは正確な漢字にするだけでも大変だ。翻訳する人も歴史に対して深い洞察と知識がないと出来ない。

パソコン

2年半前にそろそろデスクトップパソコンの調子が悪くなり始める時期だから替え時かなぁ~?新しいパソコンを見に行こうと考えビックカメラでパソコンの下見をして帰ったらパソコンのハードディスクが壊れていた。翌日新しいパソコンを買わないといけない羽目になった。昨夜、1年半前に買った小さなノートパソコンの画面解像度を改良しようといろいろいじくって、「あ~、こんなに解像度の悪いノートパソコンはメール以外に使い道が無いなぁ~、ソニーの新しいのが欲しいなぁ~、でもお金が無いしな~、」なんて思いながらスイッチを切って改めてスイッチを入れたらハードディスクが原因不明で動かなくなった。昔からイライラしながらパソコンを操作するとパソコンの調子が悪くなるという習性があったけれど、最近は調子が悪くなる前に壊れる。まあ、一番小さなノートパソコンが使えなくてもそれよりちょっと大きめのノートパソコンが他に2台あるから仕事や趣味に不自由は無いのだけれど、まあそれにしても不思議だ。

謙虚

謙虚を身につけるために試練が人生に襲いかかるのだがいくら大きな試練に遭っても謙虚を身につけるのは本当に難しいようだ。我(我執や我の強さ)と信念は紙一重ですね。その違いを説明するのは難しい。まあ、私も我が強い人間だったが・・・・。まあ、信念の場合はそれを人に押しつけないということかも知れませんね。どうでもいいことにこだわるのも我(が)ですね。信念とは宇宙真理や大自然の法則と合致していなくてはならない。


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