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モンゴルでの生活

モンゴルで生活している二人の日本人のブログを読み始めていますが私にとってはとても興味深いです。私もモンゴル人に約束や時間をすっぽかされるという感じで振り回されましたが、日本人はみんな同じ経験をするようです。こんな話がブログに載っていました。
『彼らは「何時」では約束しません。「何日」です。それすらも何度もすっぽかされてますけど。』
彼らは日本人とまったく違う価値観で生きています。そこがでも魅力もあるのですが。日本人がモンゴルで仕事をすると相手の国民性に耐えられれば何をしても成功すると思います。なぜなら日本人ほど何事もこまめにきちんと完成度高く仕事をする人はいないからです。
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リアリティ

今日、テレビの日曜映画劇場で「ミッドナイトイーグル」を観た。ストーリにも演技にも余りにもリアリティの無さに呆れるばかりだった。私には映画や小説の中の軍事的危機に関する日本人のリアリティの無さはウランバートルで殺された鈴木千恵さんとまったく同じに重なる。夜中の2時にウランバートルを歩けばどうなるか、麻薬を吸ったらどうなるか、自殺したら残された家族や子孫が将来どうなるか、日本の山の中に特殊爆弾を積んだアメリカ軍の爆撃機が落ちたらアメリカ軍や自衛隊がどう動くかイマジネーション力の欠如なんですよね。小学生に見せるだけの内容の映画に何億円も使うなと言いたいですね。かつて松本でサリンが使われたときの警察の判断の科学的認識のリアリティの無さに呆れるばかりだった。個人が農薬類を混ぜて偶然または意図的にサリンを作ったという可能性のみを追求して冤罪が生まれかかったが偶然そんなものが出来るはずがないし農薬の混合で個人で作れるはずもない。私はサリンということが分かった時点でそれはかなりの化学的製造研究能力のある組織犯罪だとすぐに推測した。日本人のリアリティ感覚欠如はすべての日本人に共通する。日本人は本当に人が良い。まあ、そのリアリティの無い夢物語の中を生きているその馬鹿さ加減が世界平和の元になる可能性もあるというように、私はそれを評価もしているが・・・・余りにもリアリティが無さ過ぎる。。リアリティを持った上でのお人好しが良いのです。

プチ断食

最近、かつての取引先の営業マンが甘いものを手みやげとしてしばしば持ってくるので甘いものを食べ過ぎているし、最近自炊することもあり食べ過ぎの傾向があります。そのため胃の仕事のリズムが乱れています。仕事のストレスも時節がら増えてこのままの食生活を続けていると健康上の問題が発生する可能性が見えて、自分の身体が断食を求めている感じがします。毎日お酒を飲む人は休肝日を作るのが良いとされていますが毎日美味しく健康に食べるには休胃腸日を作った方が良い年齢になってきたということですね。胃腸も年齢によって働きの強さが変わってくるのだから。空腹という状況の経験がほぼ無いので何とも自信が無いのですが健康のために時々24時間のプチ断食を始めようかなぁ?と思っています。ヨガに関するホームページを見ても健康のための条件として断食の重要性が書かれています。

どうでもいい話。

だいたい毎日モンゴル・ウランバートルの気温天候をインターネットでチェックしているけれど夏も冬も一日の気温差20℃ですね。夏なんか気温差30℃になることも多い。凄いね~!でも本当、まったく役に立たないどうでもいい情報で私の趣味?今は昼間-15℃、夜-35℃ってところ、ヒェ~!常春の島育ちとしては冬のモンゴルは行けませ~ん!!
昨日、取引先に行くためにバス停でバスを待っていたら後ろの初老のおばさんたちが話していました。「○○さん、死んじゃったのよ~!それもカラオケしている最中に倒れて!救急車が来たときにはもう心臓は止まっていたんだって!」、「あら、いいわね~!カラオケしながら死んじゃうなんて」
本当、人の死とは不思議なものですね。あっけらかんとして死ぬ人もいれば、苦しんで苦しんで死ぬ人もいる。私の一族で苦しんで死んだ人はいません。特に我が家は。人は生きてきたように死ぬと言われています。生き様は死に様で、死に様は生き様ということらしいんですけど。生き様と死に様は相似形ということですね。本当にそうかどうかはまだデータ不足ですが。

日本人とモンゴル人

あ~だこ~だと考えて人生を失う日本人、瞬間的な感情で動いて人生を失うモンゴル人。顔は似ているけど性質は真反対ですね。そして両方とも正しい人生を失いやすい。モンゴル人は遊牧を、日本人は農業・漁業をする思考形態になっている。日本人の思考や性質は、あ~だこ~だと考えて水をやり、草むしりをこつこつする農作業と村社会から生まれている。遊牧民は馬と羊への瞬間的対応と一度会った人と再び会うのは1年後かどうかの人間付き合い。草原の中に消えれば人間関係も嫌なこともすべてが消える。新しい草原で馬や羊と同じように人間も新しいつがいが生まれ新しい人生が始まる。日本人よりはるかに過去を消去出来る。厳しい環境では過去をすぐに消去して新しい相手を見つけて誰かと一緒に生活しなくては生きていけない。日本人はぐじゃぐじゃ考えながらも一人で生きていける幸せな環境に生きている。
日本人は井の中の環境をこつこつ自分に居心地の良い環境を作ることに夢中で井の中から出ようとしない井の中の蛙。モンゴル人はこつこつ環境を変えるのでなく住む場所をパッと移ってしまう。
多くの日本人は現代の都市の中で人生を送る思考・感情の合理性に欠けている。モンゴル人は逆の方向で都市生活への順応性・協調性が無い。まあ、モンゴル人、日本人どっちにしても自分の魂の声が聞けないと、「とりあえず生きた人生」になってしまう。まあ、それはそれで間違った人生ではないけど、本物の自分の人生でもない。


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