昨日、覚えのない名前の女性からメールで昨年旅行したウズヘキスタンの写真が送られてきました。「え~?昨年のツアーで一緒だった女性はこんな名前だったかなぁ?」と疑問に思いながら送られてきた写真を見ていたら、「あっ!あの女性だ!」とその写真の構図の取り方から思い出しました。ウズベキスタンを一人で旅をしている女性と空港で知り合って彼女の撮る写真が素晴らしかったので、撮った写真を送って欲しいと頼んでいたのです。1年過ぎて送られてきました。彼女の写真はセミ・プロレベルの素晴らしい写真です。人物写真でも建物を撮っている写真でも素晴らしい構図とタイミング、そして彼女の人への愛情と同時に孤独感がにじみ出ているように感じます。いつもとても元気で明るい女性に見えるのですが、写真からは彼女の心の中の隠された孤独が被写体に転写されているように感じられます。そして改めて私が撮ったモンゴルの写真を見ていると私の性格や心(軽薄?)が転写されているように感じます。撮る人によって撮られる人の表情が無意識に瞬間変わるのかもしれません。「他人は自分の鏡」という説がありますが、うーん、そういうことかも知れませんね。絵にはその画家の人格やその時の画家の心が転写されるのはよく分かりますが、写真も写真を撮る人の心がその被写体に転写されるということですね。常識では理解しがたい仮説ですが・・・・。
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