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目覚め時刻

今朝の目覚めは5時28分、日の出時刻は5時43分。
ジャスト15分前。天気は雨。小鳥は木々の出す酸素で日の出前15分に鳴き始めるらしいけど、私はなんで日の出15分前を認識するのだろう?
日の出前に安定打坐をかつてしていた時に、雨が降っていても第三の目で日の出は見えたな。不思議な映像ではあった。眉間の奥にある視覚細胞が太陽が出す遠赤外線を感知するのかも知れないな?遠赤外線は雲や雨があってもそれなりに通すと思うな。そう言えば、空はなぜ青いか?夕日はなぜ赤いか?という理由説明で可視光の空中乱反射の度合いの図はあるけど、電離層や空気中における赤外線、遠赤外線の反射の度合いというのは見たこと無いな。
天風先生、杉山会長(当時)、山田先生は夜中に安定打坐しながら遠隔治療をしていたようだけど、そういうことは天風会という公の場では語られない。私も第三の目を使って遠隔透視、遠隔治療をしていたこともあるけど、今は両方ともしていない。
これもなかなか良いですね。悲しい音色でもあるが。
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虚空

虚空というのは宇宙を意味する仏教語なんですね。
宇宙、すなわち三次元ですね。虚空の外とは、宇宙の外の四次元なんです。
やはり無心は三次元宇宙なんです。宇宙に心を置くのはまだ無心なんです。
私もずいぶん宇宙の空間に一人、身を置くイメージを打坐でしたものです。
私の見立ては正しかったかも?四次元をイメージ出来るようになるのは、なかなか難しいかも知れない?私も何年かかかっている。分かれば、ホイッ!と入るだけ。五次元は神人冥合の世界?一次元思考しかしていない人には難しい概念ですね。大雑把に言えば、「清濁併せ飲む」は二次元思考だと思います。自分の価値観や好き嫌いでものごとを判断する人は一次元思考。
一次元思考では二次元は理解できない。

もちろん、宇宙に行くことを「ロケットで宇宙の外に行く」とか、宇宙船から外に出て宇宙遊泳することを「宇宙の外に出る。」という表現もするので、「虚空の外」とは「虚空の中」と解釈しても構わない。私も20数年そう解釈していたのだから。無心と無念無想の区別が感覚的に付かない時はそうなりますね。これは理屈で話しても虚しい(空しい)だけですね。理屈は一次元の世界だから。

不思議

天風会の夏期修練会で行う振り子の実験とほぼ同じ方法のフーチーという人間の潜在意識の能力を使う方法がありますが、昨夜、まずまず深い安定打坐をしてそれを始めたらまったく効かなかった。何を意識をしても前後にしか揺れなかった。私が深い打坐をすることで通常の肉体を持つ人間から越えて、人間世界の現実が無意味の世界に入ってしまったかのかも知れない?
そんなことは初めての経験だった。それからコーヒーを飲んで普通の人間に戻って?再度行ったら通常通りに戻った。
安定打坐とか瞑想というのは、肉体界を離れて黄泉の世界に意識が一時的に入ることなんですよね。簡単に言えば死の世界に入ること、臨死体験をすることなんですね。そしてニュートラルな意識(何の意識の汚れもない状態)に戻って甦る(黄泉から帰る)。黄泉の世界では人間界のいろんな価値観は消える、すなわち意味をなさなくなる。昨夜は黄泉から甦らないままフーチーをしたということなのかも知れませんね。自分が人間でなくなった感じ?いやはやビックリ!でした。無心になってフーチーをすると真実がより分かるはずなんだけど、あるレベルを越えると人間界の現実はどうでも良くなる、離れてしまうんだな。
このyoutube凄いね!命は偶然か?運命か?人間、一寸先は闇か?光か?

教える側のレベルは受け手に影響?

今日、昼の食事の後に絵画展(二人の個展)を何人かで観に行った。画家本人からいろいろ説明を受けて、ものの見方が拡がった。
いろんな展示会には顔を出してみるのは大事だな。出来たら作者の説明を受けて。古いものなら作者から直接説明を受けることは出来ないけど。で、考えた。
天風会に入ってくる人は結構いるけど、辞めていく人も同じだけいる。
天風教義は深いものだと思うけど、一定以上の年数(3年?)が経つと、来ているだけでは知識やものの見方が拡がらないんだよね。時々、いい話は聞けるけどね。たまのいい話のためにいつも行くのは時間とお金が勿体ない、と考えるのも仕方がない。天風先生から直接話が聞ける場合には、受取手のレベルに従って天風先生の話を解釈出来ていたんだと思うな。教える側のレベル以上に受取手(聞き手)がその内容を受け取ることは出来ないのは当然のことですね。もちろんそれは誰が悪いということではありません。会の持つ運命なのかも知れません。これから天風教義の運命はどうなるのだろう?中興の祖は現れるのだろうか?

悟り

悟りとは、
死生観の確立と、命の凄さ、素晴らしさに気付くことだと思うんですよね。超能力なんかいらないし、関係がない。命は命をかけて守る価値がある??
親や教師が命の存在の凄さ、素晴らしさを子供に教えることが出来れば、子供のいじめなんてものは無くなる。大人同士の間のいじめも無くなる。それとも大人の世界のいじめが子供の世界に反映していじめが起きている?政治の世界はいつも、いじめの世界みたいだね。
死生観と命の存在の凄さというのは、天風先生はあの手この手で教えようとしているが、天風会では教え切れていない。それは教える人がまだ悟っていないから、それらが分からないからですね。会員も先生方も一人一人はまじめで誠実なんですが。「何の本にこうこうしかじか書いている」では、まったく分かっていないことになりますね。知識では分かる世界には入れない。
理入というのは知識や理屈(理論)から理解することを言うのではなく、瞑想の中で悟ることを理入と言うんですよね。でも瞑想の前に知識を入れておくことは必要。知識が瞑想を通して身体の中に染み込んで行く。瞑想中のイマジネーション力が必要なんだろうな?だから真理瞑想中はメモを取るな!と。
メモをしている時はイマジネーション力が働かないから。話がまた逸れた。
とにかく、命の素晴らしさが分かっていれば、黙祷ぐらいは自然に出来るよね。そういう意味では宗教の方がまだ真理に近い?


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