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誇り

戦争などでいざとなった時に、誇りを守るために死ぬか、誇りを捨ててとにかく生き残るために何でもするか、それはどちらを選んでも正しい。子孫が誇りを持てるように死ぬ人間も必要だが、子孫を残すために生き延びる人間も必要だ。
戦争などの緊急時以外に誇りを捨てる行為は、自分を産み育ててくれた両親の苦労と努力を捨て、数々の試練にもかかわらず命を繋げて来たご先祖様の誇りも捨てることになるな。
人間は往々にして、してはいけないことをして、すべきことをしないということが多いな。で、マイナスのカルマを作ってしまう。
人間は一度の裏切りをすることで、それからの千年、二千年の輪廻転生で、裏切り、裏切られの輪っかから抜け出せなくなる。それはバレるバレないは関係ないね。バレなくてもそうなる。なぜなら魂の世界ではすべて見られているから。
但し、見た目同じでも宇宙法則に則った行為の場合は許される。(ここでバカは、「欲望という宇宙法則に則っているから私の場合は許される」と言う。)
自分の親、祖父母、祖祖父母、代々命を繋げてきた先祖に誇りを持っていない人間は簡単に人の道から外れることをするね。家の誇りは、かつて侍だったとか農民だったとかは何の関係もない。それは自分とご先祖様の生き様の問題。
宇宙はすべて相似形です。人間の因果律を理解することは宗教ですね。それは物理学ではエネルギー保存の法則と作用反作用の法則になるわけですね。



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私は助けない。

今日夕方、宅急便を出すために自転車で走っていたら5歳ぐらいの女の子が歩道を自転車で向こうから走って来ていた。すれ違いに彼女の顔を見たら、向こうも私の顔を見てきた。「美人じゃないけど、かわいいね」と思ってすれ違って、ちょっとしてちょっと気になって後ろを振り向いたら自転車ごと転んでいた。
「あららら、僕を見たことでバランスを失って転んだんだな。」と思って助けに行こうかな?どうしようかな?一瞬考えて助けに戻ることにした。
彼女に気づかれない程度の距離で彼女の後方から自転車を降りて様子を見た。自転車に絡まっていないかな?怪我していないかな?と見ていたら、身体のわりに大きめの自転車を自分でなんとか引き起こそうとしていたし怪我もしていないようだったので、安心して何も助けないで、自転車の向きを戻して宅急便事務所に向かった。
小さな子供が多少痛くても自分で出来ることをしている時は私は助けない。
ただ見守るだけですね。駅で目の見えない人が白い杖をホームを叩きながら進んでいる時は、しばらくその後ろから歩くことが多い。
危なかったり困ったら助けるけど、そうでない時はただ見守るだけで助けない。
きっと私も子供の時にそういうふうに見守られて来たんだろうなと思いますね。
人は無意識のうちに、自分が子供の時にされたように子供にするんですよね。
宅急便を出して戻っていると自転車に乗っている女の子と再びすれ違った。
彼女は自転車に乗る練習を一人でしていたんだな。
すれ違うときにまた彼女は私の顔を見た。私は、彼女を見て言葉を出さずに、
「うん」と顔をうなずいた。孫を見るおじいさんの心境だな。
まあ、相手に気付かれないように後ろから黙って、知らん顔して見守るのは昔からの私の生き方だな。まあ、昔の田舎はみんな同じだと思うけど。





クコの実

さとうきび酢を買った時にきび酢漬けにすると良いとサービスで瓶入りのクコの実を貰った。それから毎日、少しずつきび酢漬けのクコの実を食べている。
クコの実も健康には良さそうだが中国産のようなので気に掛かるが悪いものは酢で溶けるかな?


仮説

霊魂という言葉があります。霊と魂は違うものだと思うのだけれど天風教義では説明が無い。神道では説明があると思う。
霊とは宇宙霊の分派で人間的個性は無い。宇宙生命エネルギーと宇宙意識そのもので死んだら大霊(宇宙)に帰る。魂は個性や記憶を持っている。英語で言えばアイデンティティを持っている。輪廻転生の際の主体を成すもの。霊と魂が一対にならないと人間の肉体に入っていけない。ということかな~?
神道では一霊四魂と言ってひとつの魂は四つで出来ていると言われている。
和魂、荒魂、幸魂、奇魂ですね。ギリシャ哲学だったかな?ひとつの魂は3つだったか?の魂で出来ていると書かれていた。神道に似ているなと思った記憶がある。見えないものが見えるようになると世界どこにいても同じものが見えるのかな?
魂魄(こんぱく)というのもありますね。魂は自由自在に世界中のどこかの自分に適した胎児の中に入って産まれますが、魄は先祖代々繋がっている肉体に付随している意識体ですね。魂と魄(遺伝子にくっつく意識)が一対になって人間になっている説があります。
魂だけで存在する時は肉体がありませんので酸素とか空気は必要無い訳ですね。私はかつて金星とか火星とかアンドメダとかプレアウデスにいたとかいろいろ言っている人がいます。私には分かりません。大人が勝手に妄想するのは分かるけど、そういう知識のない子供が、「僕は前は金星にいたんだよ」と言っていろいろ話すこともあるそうです。こういうのは不思議ですね。魂には別に空気や緑を必要としないし、肉体が無いから移動するのにロケットも必要としないし、重力の制限も受けないから、そういうこともあるかも知れないし?妄想かも知れないし?4次元空間世界での話しかも知れないし?ですね。
今、宇宙物理学では多次元宇宙という概念があります。スピリチュアルな世界でも多次元宇宙は語られますね。魂は肉体では越えることの出来ない多次元世界を行き来できるという説もありますね。夢はそういう隣の世界を見に行っているのだという説もあります。さあ~?どうでしょうね?
私は少なくとも多次元宇宙の存在は昔から真理だと思っていますね。その辺のことは学生時代に物理学としてずいぶん考えたな。




親子の情

鳥というのは巣立ったら親子の縁は切れるんだろうなと思いますね。成鳥になってしばらくして親鳥の元にご機嫌伺いに飛んで来るのだろうか?
犬や猫の場合は、大抵は子猫、子犬の時に親から引き離されて人間に貰われて行くのだが、3~5年経って親犬や親猫と再会したら親子の情が残っているのだろうか?そういう事例は聞いたこと無いな。像なんかは離れて時間が経ってもあるような気がするな。ライオンの「野生のエルザ」は有名な物語だな。
人間はいつまで経っても親子の情はあるな。その情の永続性が親のDVなどで逆にマイナスとして消えないという面もあるけど。人間とは不思議なものだ。
エネルギー保存の法則というのは覚えていると思うけど、力学的なエネルギーや熱力学的エネルギーは物理法則として学ぶけれど、意識エネルギーとか心のエネルギーも保存されると思うな。
情も意識エネルギーだよね。おそらく言葉もそうだよね。天風先生も、自分の発した言葉や思いは宇宙霊の中に記録されると言っている。
発した心や言葉のエネルギーはその人の周りに残る。行動(行動には心が付随するから)も含めてそういうもろもろの集合体としてカルマになるんだよね。
マイナス・エネルギーは何かのプラス・エネルギーに昇華させないと永遠にマイナスのまま保存されるわけですね。エネルギー保存の法則。時に人はそれを増幅させてしまう。すなわち悪いこと、苦しいこと、悲運が続いていく原因になる。
マイナスをプラスに昇華させるのが修行(難行苦行ではなく自己統御の修行)であり、世のため人のために何かをすることですね。まずは忘我利他なのかな?
「私は何々、私はあうだこうだ、私は正しい、あの人が悪い、私はあの人嫌い、」と「私は、」という主語を連呼する人はマイナス・エネルギー(カルマ)を増幅しているんだよね。




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