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欺す

人から聞いた話しですが、ツィッターで流れているという、
「一番欺せる相手は、自分自身」だと。
なるほどな~!と思いますね。
自分に都合の良いように解釈する、記憶する、誤解する、言い訳する、というのもそういうことですね。自己弁護するように論理や記憶を無意識に組み立てる。それは程度の差こそあれ、本能ですね。
人間の記憶というのはとても曖昧で、自分に都合の悪いのを消して、都合の良いように記憶を書き換えるんですよね。もちろんそれは無意識のうちにするので、自分の記憶は正しいと思っている。私も最近そんな典型的な例を経験をした。
自分の記憶の曖昧さを感じたこともある。「えっ、そうだったけ?」と。特に、肉体的にも精神的にも生きるか死ぬかの境にいた高二の時の記憶が、記憶違いをしているらしいのだけれど、出来たら記憶の中の映像を変えたいよね。
心を病んでいる人の記憶って、どこまで信用して良いか分からなくなってきてはいる。本人の記憶としてはきっとそうなんだろうけど、それが本当に事実かどうかは分からない。自己防衛反応としての無意識の記憶のすり替えが起きているかも知れないから。もちろんそれは誰の罪でも責任でもないが。
女の子の幼稚園児が、「○○君にいじめられた~!私、何も悪いことをしていないのに~!」と親や先生に訴えてくることがあります。○○君が先生に、「女の子をいじめるんじゃない!」と怒られると、その女の子はペロッと舌を出して笑っている。
弱い者いじめでも、本当は自分が最初に○○君を言葉でいじめていたことを忘れて、手で叩かれたという被害者意識だけが記憶に残っているということはありますね。
私も母親にしばしば怒られたことは覚えているけど、その原因はほとんど覚えていないのと同じですね。「自分は正しい」と自分を騙しているんですよね。
親の子供への暴力も、いろんなケースがあるだろうけど本当は親にも聞いてみないと分からない面はありますね。子供の生まれ持った性格にそれなりの原因があるかも知れないし。もちろん親の生まれ育った環境にも原因があるでしょうけど。何事も原因は複合的だろうけど、人が自分を認識しているのは被害者意識だけ。






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瞬間リラクスゼーションのために

古いパソコンでは見ることの出来ない人もいると思いますが。
瞑想に使うには、ちょっと時間が短すぎる。少なくとも3分は欲しいところです。
クリック⇒Namibian Nights
見ているだけで和む、ほのぼの日本、
クリック⇒日本の冬景色
良いけど、ちょっと陰だな。寒そう!
クリック⇒冬のアイスランド
これも良いけど時間が短い。
クリック⇒Between the Shadows
第三回宙の風勉強会で使えないのを紹介しています。
使えそうなのはその日まで内緒!それにしても前回の映像や音楽の組み合わせを越えるのは難しい。




波動

昨日、人が訪ねてきました。風邪気味だという。鼻が出て、のどが少し痛いと言う。
しばらくすると、「あれ?鼻水、止まっている!のどの痛みも消えている。さすがにこの部屋は波動が良い!」と。部屋のせいもあるけど、私と話しているとそうなることもままあります。

ある本によると、「人生のやり直しは出来ないけれど、出直しは出来る」と。
そういうことでしょうね~。
一度、人を殺した場合に、後でいくら後悔して反省しても罪も事実も消えないし、殺した相手は生き返らない。言葉もそうですね。一度、嘘や美しくない言葉を言えばその言葉は波動として宇宙霊の中に記録される。それを消すことは出来ない。
しかし自分の波動を変えることは出来る。過去の事実を消すことは出来ないけれど、自分の波動を変えることで、それらの価値や意味を変えることは出来る。消すことは出来ないけれど、上書きは出来るということですかね?まるでCD-Rみたいだな。
天風会で、「言葉の誦句」をいくら繰り返し唱えても嘘を平気で付く人もいた。言葉や思考は宇宙霊の中に記録されるという話しが身体の中に入っていないからですね。
半年や一年ではそんなものは身に付かない。何回も何回も反省して何年もかかる。
自分の波動を高めても過去に作ったカルマから逃げることは出来ないが、真理が身体の中に入れば、過去は学びとなるし、マイナスのカルマも何も恐れることなく、堂々と受け止めることが出来るようになる。それが高い波動ということですね。天風教義で言えば、観念要素の更改ですね。
事実は変えられないが、真理に基づき、その意味を変えるということですね。それは見える人から教わらないと出来るものではありませんね。人には自分の価値観という固定観念がありますからね。固定観念は人から壊されないと自分では壊せない。
運命の悲劇によって壊されるか、師によって壊されるか、それはいろいろでしょうが、
ほとんどの偉大な人は、必ずと言って良いほど、師によって価値観を壊されている。
だから、真理は人から人へ伝えていくものですね。何年もかかります。そういう縁の流れに乗った人は幸せだな。でもその縁を続けるのはやさしくない。途中ダレてくるからね。また、波動の低い先生と波動の低い流れ(目先の快楽)に乗り壊れる人もいる。
それもまた、その人の波動が作る縁だから仕方がないですね。生きている世界が違うと縁も違ってくる。それは自分が選ぶもの。他人はどうすることも出来ない。それが、「自ら助く者を天は助く」ですね。



無題

聞いた話し。ある本に書かれていたという。牛や豚を堵殺する仕事をしている人が、動物の恨みの霊を受けているのではないかとお祓いに行った。
そのお祓いをする人は見えないものが見える人で、
「あなたにはそういう霊は付いていません。あなたはどういうふうに動物を殺しているのですか?」と。
「いつも”南無阿弥陀仏”と言いながらしています」と。
祈られながら殺された家畜とそうでない家畜では肉の味が違うという話しをかつて聞いたことがあります。
「いただきます。」は、「命をいただきます」ですね。
食べることは、その動植物の命と引き替えに自分の命を維持するのですから、肉料理になったその動物にも料理された野菜や果物にも感謝ですね。
「鏡の法則」という本があります。何年か前にそれを推薦本にしたことがありますが、ここ一年、つくづくそう思うケースがいくつかありました。先週もそう感じることがありました。でもそれは本人には言えないし、そして私自身そういうことなんでしょうね~。
すべては自分自身の写し鏡?かつて人に与えたものが自分に返ってきているだけ?






バレンタイン2

先日曜、遅ればせながらのチョコレート一箱貰いました。が、今日夜まで貰ったことも忘れていました。先ほど、日曜日用リュックの中に紙袋があるのに気がつきました。
「あれ?これ、何?」と。開けるとチョコレートの箱が入っていました。
「あれ?これ、誰に貰ったんだっけ?」と。食べてみるととても美味しいチョコレートでした。超高級チョコだな。箱にロイスダールと書かれている。貧乏人の買うチョコレートじゃないな。どっかのおばさんに貰ったのは間違いないけど・・・・。はははははは!
今日は、美味しくて大きな、無農薬栽培のいちごの箱も二箱宅急便で届きました。
今日は高級品の美味しさずくめだな。
それにしても私にバレンタインはあまり意味が無かったね。貰ったのを忘れてしまうのだから。ごめんなさいね!男はそんなものです。私に義理チョコを上げる甲斐がないね。「俺に触るな!」と時々私が怒るおばさんだな。思い出した。
今までバレンタインに義理チョコさえも一個も貰わなかった年は一回だけあるような気がする。かろうじて二回目にならなくて良かった?でも一度リュックやカバンの中に入れたら、次に中を開けるまで忘れてしまう。よほどかわいい”ねーちゃん”に貰わないと記憶に残らない。


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