忍者ブログ

カレンダー

04 2026/05 06
S M T W T F S
10
19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長さん
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

忍者アナライズ

[1574]  [1575]  [1576]  [1577]  [1578]  [1579]  [1580]  [1581]  [1582]  [1583]  [1584

五木寛之講演会

3月4日(月)夜7時から板橋区立文化会館で五木寛之の講演会が無料であることをたまたま年会費を払うために法人会に行ったらポスターがあった。
五木寛之氏の講演ならある人を誘いたいが電車で2時間はかかるだろうから無理だな。テーマは、「いまを生きる力」
全席指定で往復はがきで参加を申し込むようだ。私は行くことにしよう。
それにしても直接足を運ぶと何かの情報が入ってくるな。足は運んでみるもんだ。
せっかく無料だから誰かを誘いたいが、五木寛之に興味のある人を思い浮かばない。





PR

過去世

過去世の存在、すなわち輪廻転生を信じる人と信じない人がいます。
先日、ある人と電話で話しをしていて、過去世のカルマの存在について話しをしようと言葉を振り向けたら、パッと拒否反応の空気を感じました。それで止めました。
「そうだな~、彼女のような過去世を持っていると彼女の魂が思い出したくないよな」と思いました(正しいかどうかは分からないけど、私なりに見える時がある)。
過去世を信じない人は、潜在意識か魂が過去世を思い出したくない人なんですね。納得です。
いろんな過去世を楽しく生きてきた人はいない。干ばつによる飢え死に、戦争による死、奴隷として死んだ記憶、略奪に虐殺、ほとんどそんなものです。そんな記憶を呼び戻す必要なんかありません。だから恐怖観念として生まれ変わりを否定するのです、否定したいのです。
理論的には、生まれ変わりというのは時間が過去から現在、未来に流れているということが前提ですね。しかしさらに高次元の世界から見ると、時間というものはありません。過去・現在・未来が同時にすべてが存在しています。
とすると、生まれ変わりという概念も存在しません。高度な宗教哲学では、生まれ変わりは無いという答えになります。
しかし、凡人がそれを読んだ時には、「生まれ変わりは存在しない」と何々の本に書かれていると単純に知識を信じます。それが本の限界ですね。表面的な言葉の意味に囚われてしまう。
日曜行修後の食事の時に、私にそれを質問してきた人がいます。私は答えました。
「悟れば、それは自ずと分かる。過去世がある、無いを本の知識で語っても、考えても意味は無い」と。
輪廻転生(生まれ変わり)をこのように説明している本は私の知る限り無いですね。
で、分かるでしょう?輪廻転生はあるというのも正しいし、無いというのも正しいということが。見る次元によって答えが異なってくると言うことです。
肉体の三次元思考しか出来ない人は無いと言う。心や魂の次元の四次元思考をする人はあると言う。さらに五次元思考をすると時間が無いのだから輪廻転生は無いという答えになる。
ほとんどの医者は三次元でしか考えられない。肉体は単なる生物的機械だから肉体に尊厳は無いと。肉体に尊厳を感じない人が快楽主義に走る訳ですね。
天風先生も言っている、「肉体は道具」だと。単なる道具なら、肉体の快楽を求めたり、肉体を道具として利用して何が悪いの?と。そういう解釈をする人も出てくる訳ですね。自分の本質である霊魂の真善美を表現するための道具という解釈にたどり着けない。そこにたどり着けば、肉体の尊厳が分かってくる。
肉体快楽主義を第一として25年近くを既に生きて来ている人は、自分の肉体の尊厳を大事にするという思考には一生たどり着けないのでしょうね、きっと。

「天風会にいた頃、村長さんの話を聞いても、「村長さん、何を言ってんの?変なことばかり言っている。私のこと、何もわかっていない」と思っていたけど、天風会を辞めて何年か経って、「あ~!村長さんの言っていたことが正しかった」と分かりました」と10年前ぐらいかな?年配の人に言われたことがあります。
「そう、生きている内に分かって良かったね。死んだらみんな分かると思うけど、生きている内に分かるのと、死んでから分かるのでは大違いだからね。今生で間に合って良かったね」と答えました。
私は、人にいろいろ言っていますが、人の顕在意識で今、分かってもらおううとは思っていません。もちろん分かって貰えるとうれしいけど。縁ある人と良い仲になりたいと思うけれど、それよりもその人に正しい形での幸せを生きて貰いたいということの方がはるかに優先ですね。正しくない生活を裏に持っていての幸せは続かない。そのために嫌われ役も、恐れられ役も引き受けています。昔からそれが私の役ですね。だから私は優しくない。
昔、いとこの四歳の娘が、門の床几の上で涼んでいる私の目の前で、地面がコンクリで出来ている門の中で転びました。明らかに膝をすりむいた状況でした。転んだ瞬間、痛さで泣きそうな顔になり始めたその瞬間、「泣くなー!痛くない!」と私の最大の声で叫びました。彼女は膝の痛さより突然の私の大声に意識が取られて、膝の痛さを忘れました。そして母親(私のいとこ)の所へ行って、絆創膏を貼って貰いました。そして私の所に来て、私の傍にちょこんと座りました。「痛くなかっただろう?」と私がやさしく尋ねたら、彼女は「うん」と答えました。それから彼女はしばしば私の傍に来るようになりました。
そういう一瞬の厳しさは必要なのです。その一瞬は、彼女のようにほんの一瞬の場合もあるけど、何年続くか、何十年続くか、何百年続くか、それは分かりませんがケースいろいろ。
厳しさは、時に恐怖を感じるかも知れませんね。十年か何十年か経った時に、
「あ~、あの時、あのまま進んでいたら私の魂は大変なことになっていた。あの時に恐怖を与えられて止められたのは本当に良かった」と思えるようになる人もいるかも知れないし、いないかも知れない。恐怖を感じて外れた道を是正できた人は幸せだ。
それにしても、「泣くなー!」と私の最大の声で怒鳴られた時に、それに愛を感じるか、恐怖を感じるかの違いは各人違うでしょうね。恐ろしさを感じる人もいるかも知れない。怖いおじさんとして一生、私に近寄らないかも知れない。そういうことを一瞬にすべて計算して、そういうリスクは覚悟の上での怒鳴りですがね。その子供にとって何が最適かを考えての判断であって私自身のことは何も考えていない。でも本当の愛を持った怒鳴り声は素直に入っていくものです。私もそういう愛の中で育てられてきたから、与えられたものを与える番になったというだけの話しですね。もう二十年前の話しですけど。


計らい

今日、今開発中のレーザーの特許申請について弁理士のところへ夕方、打ち合わせに行った。関係者三人で8時近くまで居酒屋で飲んで、金属加工屋さんに引き取りと加工依頼に夜の9時頃行った。行きはバスのタイミングが合わずに20分ほど歩いて行った。帰りは、「もう夜は遅いし寒いのでバスが来ないかな?」と思いながら近くのバス停に着いたら、1時間に2本しかないバスがちょうど来た。駅に着いたら電車が入って来た。すべてタイミングが合わされているようだった。では、行きはなぜバスとタイミングが合わなかったのか?いえいえ、酔いを覚ますためにちょうど良い散歩だったのです。すべてベスト・タイミングなのです。



幸せ

人間は、頭で考える意識(顕在意識)と潜在意識で考える無意識と魂の声という三重構造になっています。その他に真我とか実我とかありますが、これらの二つは取りあえず横に置いておきます。
人間の心が、顕在意識と潜在意識と魂の声が調和が取れている時が、人の本当の幸せですね。三つが全然バラバラの場合にいくら財産があっても不幸せになります。
もちろん完璧に調和が取れている人は、0.3%(千三つ)ぐらいかも知れません。
三つの調和を取るためには、本当の自分を見つめる力が必要になります。そのために瞑想が必要になります。瞑想をしないまでも似た精神状態を作る必要があります。
昨年、二人の霊視能力者に仕事も含めていろいろ観て貰いました。う~ん、二人ともほとんど同じ答えでした。そして客観的には霊視能力者の見立ては不思議ですが正しい。自分の見立てもありますが、自分の見立てには希望が入ってしまいます。
やはり私は、嘘の無い世界が良いですね。常に嘘の無い世界を選びたいものです。嘘の無い世界でしか、私は安住出来ないですね。嘘のある世界では一瞬の錯覚の安住になる訳ですね。

この世の中には同じ人間が二人同時にいて別々に住んでいるのだろうか?例えば、東京と九州のように。不思議な話しを経験している。確かに悟って神人瞑合した人が、二カ所同時に存在することが出来るという話しは読んだことがありますし、体験談を聞いたこともありますが、普通の人では有り得ないのだが。
よく知っている人の亡くなった奥さんが目の前を歩いていたことを見たことがあります。人違いでなく。「あれっ?この人、双子だったの?」と思ったものです。そのことはその亭主である知り合いには話していません。霊能者は、死んでさ迷っている人を生きている人と同じように見ることが出来るということは知っています。
それと最近、不思議なシンクロも経験しています。
本当に神様(宇宙霊)は、人間には認識出来ない人間の意識エネルギーをどう繋げているのだろう?人間から見て偶然は怖い。見えざる計らいが働いている。不思議な現象が共時性で次々に起きてきます。その内容を書けないのが残念です。
前にも書きましたが、人間の想像以上に偶然が起きているようです。それには魂の意識が何かに働きかけているようですね。その人間は、そのことは何も知らないで、魂の声の反対方向に進んでいることもあるようです。それはかつての私でもありますね。私は高校時代に私の魂の声を聞きながら、それを無視してしまった。
39歳の時に守護霊の声を聞きながら、それに従わなかった。で、今がある。
今は、頑張るしかない。



忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne