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今月の言葉

「一杯の水も仏の涙かな」
近くのお寺に書かれている今月の言葉です。今月も難しい。

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実践

私が日向ぼっこ村や勉強会で教えるのは知識ではないです。知識も教えますが基本は自分の感覚で掴むこつを教えています。自分の身体と魂で掴まないことには、心は自立できない。
某先生の話しは素晴らしいからと話しに感動して追っかけをしても何もならない。依存症になってしまうだけだ。ひとつの話しに納得したら1年はそれを実行して、1年後に先生に、「こう出来るようになりました!」と話せるようになることが大事ですね。
ある霊的感応の強い女性(天風会員ではない)によると、「天風先生は、自分の教えが正しく伝わっていないと、あの世で嘆いています」と。
私はそれを聞いて、「その通りだと思います。」と答えました。
前にも書きましたが、それは誰が悪いということではないですね。みんなまじめなんですから。ただ、命をかけて会得して、命をかけて教えるというプロがいないので、教義の教えが素人化しているのです。仕方ないですね。素人の理解範囲を越えられない。素人の世界とは、「私は・・・、私は・・・、私は・・・、誰々さんはどうした、誰々さんは何々」という思考レベルの世界ですね。そして素人が運営する組織は、「あれは認められない、これは認めない、そんなことは本に書かれていない」という思考ですね。
ついでに書くと、人間として素人は、寂しさを紛らわすために手当たり次第、次から次と、ということですね。人間としてのプロは、自分の魂の声を聞いて、ソウル・メイトやツイン・ソウルを見極めてということですね。
そして、ソウル・メイトやツイン・ソウルに出会ったら自分に素直に、運命に従うということですね。まあ、ツイン・ソウルに会うまでに数千年かかる人もいるかも?自分が作る心の格次第ですね。
誰でもソウル・メイトには出会っているのだけれど、それを活かせるかどうかは別問題だし、ツイン・ソウルに出会うのは余程素直で透明な心でないと無理かも知れませんね。というか、心が濁っていると会っても分からない。
理屈で言えば誰にでもソウル・メイトはいるのだけれど、「本当にこんな人に、そんなソウル・メイトがいるのかな~?」と疑問を持つことはままありますね。
結婚は、間違いなく過去世の因縁でするのだけれど、相手がソウル・メイトとは限らないですね。要するに、縁は心のレベルに従うということです。今生で心を磨けば出会いの縁が変わるということですね。何度も書いていますが、”心が変わればすべてが変わる。” 心が変わらなければ何をしても、何を学んでも、元の木阿弥になってしまう。

今日と来週の土曜は公民館が文化祭等で使えないので英語はお休み。
明日は日曜行修会もお休みなので本当に久しぶりに暇しています。
で、今日はちょっと仕事をしている。ハイキングには最適の季節だな。昨日なんかは天気も良かったし関東北部の山の紅葉は良かっただろうな?今日、明日の行楽地はハイカーなどで混むだろうな。
在庫があると思っていた小さな電気部品(80円のもの)が一個無いために製品が完成しない。そのひとつの部品を買うためだけに昨日秋葉原に行った。
今日は単三電池ケース用の部品を左右付け間違えて半田付けしてしまった。半田付けを付け直せば良いのだけれど、私にしてはうまく半田付けできたので反対側の部品(一個20円ぐらいのもの)の左右反対の形の部品を今日もまたたったそれだけのために秋葉原に行った。どうも最近(本当は昔からだけど)、小さなドジが多くなってきたな。
ついでにヨドバシに寄って、iPadminiを見てきた。欲しいな~!初代のiPadは持っているが。新しいのを買うとメール・アドレス4個(仕事3つ、日向ぼっこ村1つ)と3種類のWi-Fiの設定をしないといけないことを考えると面倒だ。そういうのが面倒な年齢になってきた。いつも四苦八苦することになるから。
昨年買ったソニーのデジカメで滝の動画を撮ったのをDVDにするまではうまくいった。それをiPadに入れようと変換しようとしたらプロテクトがかかっていて出来ない。
ソニーはアップルに対抗しているのかそういうことが出来ないようになっている。で、デジカメのコーナーも見てきた。
いつも想定外の問題が起きる。ほんと、何一つ最初からスムーズにいくものはないな。買ってみて、経験して始めて学びと進歩がある。カタログには、こういうことは出来ないとか、こういうことをしようとするとこういう問題があるということが書かれていないから。
仕事でも新しいことはいつもだね。今やっている新しい開発も簡単と思いきや、20万円で買った光ファイバーがポキポキ折れて20万円がパーになってしまった。(ちなみにそれは髪の毛ぐらいの太さで1m10万で2m買ったもの。重さで言えば金より遙かに高い。)ファイバーを作っているメーカーに聞きに行ったら、このファイバーは手で触ったら折れる、机の上に置いただけで折れる、ファイバー同士が触れても折れるとかいろいろ問題を言われた。「それを先に言ってよ~!取り扱いのマニュアルを先にくださいよ~!」と言いたかったが我慢した。新しい仕事は、どんなものでも、そういう失敗を繰り返して学んでいくのが常ですね。簡単なものは何一つ無い。世界で誰も作っていないものを作るということはそういうことですね。ほんと、くじけないのが私の特質ですが・・・・、でも女性にはくじけてしまうな。トホホホ。






清楚系美少女ー絶滅危惧種?それとも絶滅種?

「絶滅したかと思われた清楚系美少女が中国に!久々の近況が報じられる」
「黒々とした長い髪と輝くような白い肌。もう想像の世界でしか生き残っていないと思われた清楚系の美少女。撮影現場のスタッフも共演の男子学生も、こぞって彼女の姿をカメラにおさめているという。」というニュースがあった。
日本だけじゃないんですね。清楚系美少女がいなくなっているのは。私の世代にはまだいたな。私の世代はまだかろうじて幸せな世代だったのかも知れないな?今の若者の男性はかわいそうだな、一生一度もそういう女性を見たり会ったりする経験を持てないのだから。日本ではもう絶滅種だもんな。今の30代には小学5,6年の時から大人とHする習慣が身に付いているのもいるもんな。かと思いきや、我々の世代がいくら勉強しても追いつかないほどの高い精神性を有した人も30代にはいる。
我々とは明らかに人種が違うな。世代交代ではなく、人種交代が既にされているのです。それも単一の人種ではなく精神性で分けられる複数の人種に。今までは肌の色や民族で分けられていたけれど、これからは精神性で人種が分かれるのかもね。
中高年はそれが見えていないんだな。だから60歳はもうあの世に籍を移してもいい頃合いなんだと思うな。今は昔よりもっと長く生きられることが多くなったから年金や老後の生活などの心配という面倒なことも増えるな。
私の子供の頃は55歳定年で、60頃死んで、63、4まで生きていれば長生きだと思われていたな。それぐらいがちょうど良いとも思うな。どうしてみんな長生きしたがるのだろう?それが私には分からない。だから占い師に、「あなたは長生きする」と言われた時は本音でがっかりしたな。献血による血液検査も血圧以外は絶好調だな。
モンゴルの草原にはまだ清楚系美少女が生息していると思うな。でもな~、モンゴルの少女も二十歳を越える頃にはどう変わるか分からない面はあるな。
モンゴルの草原に戻りたいな~!(私にとってモンゴル草原は行く所でなくて帰る所ですね。)!モンゴルの草原に勝る場所は無いな~!馬に乗って大草原を駆け抜けるというのは最高の癒しだな。経験した人間にしか分からない感覚だな。そういう意味では私の指導する滝瞑想もそうだな。経験しないと分からないな。ただ滝の傍で漫然と瞑想する訳ではないのだから。天の声の聴き方なんか驚天動地の方法だと思うな。天の声の聞き方には二種類あります。自分の外に意識を持っていく方法と自分の内側に意識を持っていく方法と。自分の内側に意識を持っていって10秒で天の声を聞く方法は昨年見つけました。話しがまた逸れた。


信じ切る幸せ

本当の深い幸せは何かを得た時ではなく、信じ切れる存在に出会った時ですね。
女性が赤ん坊を産んだ時、その赤ん坊は100%間違いなく自分の子供ですね。
100%自分の分身であることを信じ切れる訳です。そこに深い幸せが感じられる訳ですね。で、亭主は、「これは自分の子供に違いない」と信じ切るしかない訳です。
男の場合は、女房が産んだ子供を100%自分の子供とは言い切れない。私は経験ありませんが、きっと亭主は幸せなんでしょう。女房に騙されている確率がゼロとは言い切れないが、諸条件を考えれば自分の子供だと推論できるということしかない。
結婚した相手が連れ子を持っている場合、その連れ子を自分の子供と信じ切る努力をする訳ですね。
幸せとは、信じ切れる人や存在を持っていることですが、信じ切れる相手(人の場合だけでなく神の場合もある)に、自分を全託した時が至福の時ですね。
今の時代は、自分にこだわり過ぎて自分を何かに全託するということが無くなっているのかも知れません。全託とは、自分の命も心も相手にすべて渡してしまう訳ですから。ジャンヌ・ダルクは神に自分を全託したわけです。
今の時代、自分(命も未来もすべて)を亭主に全託している女性なんていませんね。そういう意味では、今は心の不幸な時代と言えるかも知れません。
疑いが少しでも残っているなら、心の底からの幸せは感じられない訳ですから。
男の幸せは、家庭のことは女房に全託して仕事に専念出来る事ですね。家のことや女房が今どうしているだろうか?と不安があれば、仕事に自分の能力を出し切れません。男にとって信じ切れる対象は何か存在するのだろうか?”男は信じ切るしかない”か、”信じ切る努力をする”ということ以外に無いような?う~ん、私がいつも言うように、男とは侘びしい存在なのです。
信じ切れる存在に対して、自分を全託した時が至福の人生なんですね。
信じ切れる存在があって、その安心にあぐらをかいて調子に乗ってそれを裏切った時に不幸が輪廻の中でカルマとして繰り返しやって来る。だから生まれながらの幸せにも、不幸せにも理由があるということですね。マイナスのカルマがあれば今生で解消しておかないと勿体ない。そういうカルマの解消のチャンスを与えられている人生は、これまた至福の人生ですね。
今、日本に生まれているということは、かつて良いことをしたからでもありますが、それは同時にマイナスのカルマを解消する環境が与えられているということですね。
私はカルマの解消に努力しているつもりです。そして新たなマイナスのカルマを作らないために。そのために我慢もしている。
せっかく日本に生まれても、不平・不満、文句に批判、好き嫌いをあ~だ、こ~だと言っていたり、目先の快楽のために信義を裏切って生活していると元の木阿弥になってしまう。せっかく日本に生まれていることが無駄になってしまう。

先進国で心の病が問題に多くあるということは、心の問題が問題になるほど進化してきたということでもあります。ひたすら今日を生き抜くことだけを考える世界では心の問題はありません。それどころではないのですから。ガンになるほどに長生きできるようになってきたというのと同じですね。昔はガンになる前に死んでいた。長生き出来るようになったからガンが問題になっている。豊かになったから心の問題が生まれている。どちらも幸せなことですね。心は幸せを数えることからスタートですね。





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