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明日は滝瞑想

始めて参加する人はビックリするだろうな~、
「えっ!そんな方法で地の声、天の声を聞くの?」と。
私が3年間の滝行で会得した方法を一日で教わる人は幸せだと思うな~。
後は日常生活の中で自分なりに工夫して応用すれば良いのだから。
私の感じでは、地の声というのは、一心(坐禅では無心の範疇に入る)と無心の中間で聞こえるものですね。地の声が聞こえて、それを放したときに無心になる。無心になって天地と自分が一体になった時に天の声が聞こえてくる。
地の声も天の声も意識したらそれは消える。意識することは自我に戻ることだから。だから長い時間それらを聞くというのは難しい。これだけでも大きなヒントですね。
地の声の聴き方は、言葉は違うけれど坐禅でもいろいろあります。坐禅を長くしていると聞こえるようになります。みんなが聞こえるようになるとは限らないけれど、集中力がある人は坐禅でも地の声は聞けます。天の声はどうでしょう?
天風会では、”地の声”でさえ聴き方を教えている先生は私の知る限りいません。
明日は、それらを一日で教えるのですから、それは大変なことなのです。なのですが、立派ではない私から普通に傍で話されると、大したこと無いと思う人もいるな。
でも天気がどうなるのだろう?すべて順調にいくのが私が何かをする時の常だから。
プライベートなことは、う~ん、順調とは言い難いけれど、長い目で見れば順調なのかも知れない。まだ答えは出ていない現在進行形、それともまだまだ未来進行形?


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分かる

”分かる”ということは覚えているだけでは分かったことにならない。自分で証明して始めて分かったことになる。それは数学や物理学のみならず天風教義でも同じですね。
相対性理論で多くの人が知っているE=MxC二乗というのがあります。知っているのと分かるのとは違います。私はこれを大学卒業以来も考え続けていますがまださっぱり分かりません。光の速度を二乗するということは何なのか?それに質量を掛けるというのはどういうことなのか?何でそれがエネルギーと等価なのか?少なくともいくら本を読んでもそんな答えはどこにもありません。(個人の言葉にならないイマジネーションの中にしか答えは無いのでしょう。それは悟りと同等のものだと思いますね。)しかしそれが分からないと分かったことにならない。それにこんな方程式は人間が理屈で考えつくものではありません。神からの啓示によって得られたものですね。
天風教義の誦句集も暗記するのは読書百遍で素晴らしいことだけれど、自分で因数分解できないと本当に分かったことにならないですね。
それにしても私が何かを見て、ゾクゾクと身体が震えたことが二度だけあります。
一度目は中学二年の5月、6月でしたかね。魂の気付きだったかも?
二度目は、特殊相対性理論の方程式を大学の黒板に教授が書いたのを見て、その方程式の美しさにブルブルというかゾクゾクというか震えました。恐怖で震えるのと違います。魂が揺さぶられる感じが肉体に伝わってくる感じですかね。
それに限りなく近いのが2001年のモンゴル・ツアーでしたね。感動でした。

真理は救いへの道

人間、自分勝手な考えや価値観が真理によって打ちのめされるは良いことですね。
その繰り返しで人は成長する。それを30代で経験すれば幸せだ、40代で経験すれば何とか間に合った感じかな?50代ではきつい。60代では今生で経験できて良かったね、ということですね。
悪魔の言葉は優しい。それはホスト・クラブのホストの使う言葉だな。「君は素晴らしいよ~!君ならこれからでも何でも出来るよ」とかね。悪魔の言葉は耳に優しい。その人の背後にある万札に語りかけるのだから。
神の言葉は耳に厳しい。もちろん、子供に対しては優しいけどね。
自分にかけられるやさしい言葉は、悪魔の言葉か、子供扱いとしての言葉か、どちらかですね。馬鹿に馬鹿と言っても仕方ないもんね。頭のいい人にのみ、馬鹿という言葉は有効だ。
馬鹿には、「それで良いんだよ~、偉いね」と褒めてあげるしかない。子供と同じだ。
それにしても馬鹿は、「自分は馬鹿だから自分の考えは間違っているかも知れない。別の見方もよく考えてみよう。」とは思わないのが不思議だ。昔の私がそうだった。


昨日、今日、明日、光学学会に付随する展示会に出展している。暇でしょうがない。本当は学会の各テーマを受講したいものです。学者として生きていけるのは幸せですよね。それにしてもチマチマしたテーマの研究発表が多いこと多いこと。でもそういうチマチマしたものの積み重ねが大事なのです。
私は物理学徒の落ちこぼれだから。でも幾何学は得意だったから光学は特に勉強しないでも”優”だった。私にとって今の仕事が楽しいのは幾何学そのものだからですね。物理とか数学で生きていくにはクラブ活動とかアルバイトなんかしていると落ちこぼれる厳しさはあったな。サークル活動と勉学の両立なんか天才にしか出来ません。ひたすら勉強しないといけない。アルバイトをしなくてはならない貧乏人にはできない学問です。でも、もう一度大学に戻って勉強したいな。私の大学での勉強は不完全燃焼ならぬ未完全燃焼だったな。でも、”一般相対性理論”は卒研として、一年間一生懸命、勉強した。ひとつのことにあれほど勉強したことはそれまで無かったな。それを勉強するために大学に入ったのだから。でも、私には理解できないという結論で卒業したな。大学に入る前に大きな書店で売られている一般相対性原理なる一般書は7~8冊は読んでいたけど、専門的に勉強するとなると全然違っていた。まあ、勉強の楽しさは就職してから分かったな。卒業してから寸暇を惜しんで本を読んだな。
研究発表を聞くために教室に入ると年代の差を感じるな。ほとんど若い研究者ばかりだから。
暇なので会館の前に献血車が来ていたので久しぶりに献血をした。献血の前に血圧を測ったら160もあった。以前は120~125だったのに。脈拍と肝臓機能はまったく正常なので献血にOKサインが医者から出た。
血圧160の原因はストレスか、食事か、運動不足か?全部だな。でも一番はストレスだな。私は普通の人が耐えられないストレスにさらされているから。そういう中で淡々としているのだけれど血圧は正直なのかも知れない。
帰りに外注先によって金属部品を受け取って、夕食として”なか卯”でミニうどんとミニ親子丼を頼んだ。なかなか出てこないのでキッチンの様子を見たら女の子が一人で泣きそうな顔をしながら、すべてを一人で必死でやっていた。
運ばれてきた時に、「一人でやってんの?」と声をかけたら、「はい、そうです」と。
「大変だね」ともう一度声をかけたら、泣きそうな顔の中にちょっとだけ笑顔になった。
そうこうしているうちに応援の店員が急いで入ってきた。良かった、良かった。



許すということ


私のパソコンにはこういうのがいっぱい録画されていたり、部屋には資料がいっぱいある宝の島なのですが・・・・・。
この動画が終わった後に「てんつくマン映画」の関連動画がいろいろ出てきますが、時間がある人はそれらも見ることをお勧めします。ちなみに、このてんつくマンの拠点は小豆島です。小豆島移住民のはしりですね。地元の人間は、ほとんどそういう存在を知らない。日本中歩いて、小豆島が一番と住み着いているらしい。自然農法にも挑戦しているらしい。
関連動画の中に、「失敗しない人間より、諦めない人間の方が立派」という言葉が出てきます。若い人はなかなか立派です。


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