忍者ブログ

カレンダー

04 2026/05 06
S M T W T F S
10
19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長さん
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

忍者アナライズ

[1605]  [1606]  [1607]  [1608]  [1609]  [1610]  [1611]  [1612]  [1613]  [1614]  [1615

信じ切る

先日曜面白い言葉を聞きました。
まあ、人それぞれ人生いろいろある訳だから、なかなか含蓄のある言葉です。
「生きていくには3通りある。
ひとつは、信じ切ること。
二つめは、信じ切る努力をすること。
三つ目は、信じ切るしかないこと。」
何を信じ切るか、それは神様であっったり、宇宙霊であったり、自分の運命であったり、魂は永遠であるという真理であったりする訳ですね。
「”信じ切るしかない”、というのは悲惨な人生の場合ですね」と私は言いました。
「信じ切るしかないでしょう!」との答えでした。
・・・・・・
上の話は次元の高い内容ですが、”亭主(逆の場合もある)は浮気をしていない”と信じ切るというケースもあるでしょうね~、あらゆる証拠が揃っていても。
それは、魂(命)は永遠であると信じることより難しいね。
親が子供を信じ切るというのは大事ですね。子供が殺人を犯しても、親は自分の子供は絶対そんなことはしていないと信じ切ることで子供が自ら矯正する道になる場合があります。
親が子供は頭が悪いと思っているから子供を塾に行かせる。親が子供を信じ切っていないから、「勉強しろ!」と怒鳴る。自分の子供なんだから、それなりなのに。
親に信じ切られた子供は悪さを出来ないものです。または自ら矯正するものです。
親に疑われた子供は辛いものです‥、‥、‥、‥、‥、‥、‥、‥、
親を許すのに何年もかかるな・・・10年かな?もっとの場合もあるだろうな・・・・・・。
天風先生は、「許すより忘れろ」と言ったようですね。
ある時、「人は何のために生まれてきたと思うか?」という質問に対して、
「人は許すことを学ぶために生まれてきた」と答えたら、
「許すというのは傲慢な見方だ」とある人から叱られたことがあります。
”許す”というのは上から目線ですからね。
”許す”ということより、”信じ切る”ことかな?
確かに、信じ切らないと忘れるということが出来ないかも知れない?
”許す”というのもやさしくないけど、”信じ切る”というのはさらにやさしくないね。
他に、”受け入れる”という概念もありますね。私は昔に比べればずいぶん受け入れることが出来るようになりました。40代の半ば過ぎてからですね、いろいろ受け入れることが出来るようになったのは。



PR

歯医者

今日、歯医者に半年ごとの検査と歯垢掃除に行ってきた。歯科衛生士がかわいくて若い女性なので、ちょっとウキウキ気分で。「あなたの髪、染めました?」とか、「髪の毛、細いですね~。」とか雑談を楽しんでいました。終わったら、籠の中に入れていたジャケットを忘れて出ようとしたり、ちょっとよそ見をしていて大きなガラスのあるドアが閉まっているのに気づかずにドアに正面衝突したり、心ここにあらずでドジこの上ないでした。悟っていない証明でした。ほんと、恥ずかしいすけべオジンだよな~!
もちろん彼女が本当にかわいいかどうかはよく分かりません。いつも大きなマスクをしているのだから。道で会ってももちろん分からない。
次の予約は半年後の4月22日です。半年後なんて生きている自信が無いね。
半年前に10/22をスケジュールに入れた時、「半年後なんてそんな先、生きているかな~?」と歯医者の事務員に言ったことを覚えている。一日一日を生きているだけだね。とりあえず明日も大丈夫だろう、という感じかな?
男は60過ぎたら命の保障期間は過ぎています。

生活習慣思考

生活習慣病というのが巷言われている。しかし問題は、生活習慣思考を変えられるかどうかですね。自分の生活習慣思考で判断してものごとを決めるから、判断を間違って不適切な行動を選び自律神経失調症などになってしまう。自律神経失調症などの病は、思考習慣を変えろ!という神様からのお便りですね。だから病は感謝です。
(西洋医学的治療で何とか改善することもあるけれど、思考を変えずにそれだけで良くなった場合は、原因を消していないので後でより深刻な病になるな。大抵の人は、自律神経失調症は一時的なものだから、治れば元の同じ思考行動生活パターンに戻ればいいと思っている。それが間違いの元なのに自律神経失調症やパニック障害、鬱などは、生き方、考え方の次元を高くして意識を変えれば問題なく解決するのだが、ほとんどの精神科医は心の次元という概念を理解しない。まあ、まれにいるみたいだが。もっとも患者はもっと理解しないが。
思考する前に閃く、又は感じる判断(直感)に従うのが素直ということですね。それが霊性の発現ですね。思考が始まる前の0.1秒ぐらいの間の閃きが本当の自分です。実我からの声です。言葉無き直感です。頭の中で言葉で考え出すまでに、ほんの少しの時間の間(ま)があります。スポーツの訓練なんかはその間(ま)の間(あいだ)に身体が動くようにすることですね。考えてから動いていては間に合わない。
言葉が生まれる前の自分を見つけないといけない。仮我には言葉がありますが、実我には言葉がありません。言葉で考えている限り、本当の自分は見つからない。
その0.1秒を1秒、2秒と長くするのが安定打坐です。0.1秒を認識するには訓練が必要かも知れませんね。多くの人は、のべつ幕なしに頭で考えているから0.1秒を認識する心の余裕がないかも知れません。私の説明は分かりやすい!???
まあ、あえて言えば感覚で掴まえる実我の声を順動仮我が言葉に翻訳するんです。
そう説明すると分かったような分からない実我と順動仮我の違いが分かるでしょう。
また話しが逸れた。生活習慣思考から天風教義の言葉の解説になっちゃった。





推薦

健康雑誌「壮快」12月号
血圧が気に掛かる人は読んでみた方が良いですよ。
将来、気に掛かるであろうという人も予め読んだ方が良いですよ。



プロと素人

私は独立する前に生き方として、「仕事は偉大な素人でありたい。生きることは小さなプロでありたい」というテーゼを選びました。それが正しいかったかどうか分かりませんが、また新しいテーゼを考えないといけない時が来ているような気がしています。
天風会は、ますます素人集団になってきているような気がします。それは誰が悪いということではありません。講師やリーダーも参加者もみんな一人一人はとてもまじめです。まじめ過ぎるぐらいまじめで一生懸命です。でも年数が経っている人がどんどん来なくなっています。いつも新しい顔ばかりです。ただの会員で20年以上安定的に継続して参加している人は何人いるのでしょうか?100人入会して20年継続する人は、いったい何人ぐらいいるのでしょうか?
何事も百回すると素人の熟達レベルになります。千回するとプロの入り口になり、一万回でプロの熟達レベルになると私は昔から言っています。
仕事でも何かを作るということはそんなもんですね。もちろんいい加減に千回繰り返してもプロにはなりません。真剣に千回繰り返しての話しです。
NASAでも宇宙飛行士の訓練として、ひとつの事故の対処の訓練を千回同じ事を繰り返すと言います。例えば987回目の同じ訓練で、「えーい、もう、同じ事の繰り返しで頭に来た!」といらついたらその時点で、「あなたはもう帰っていい」と宇宙飛行士失格になると読んだことがあります。
千回、一日一回として千日、約3年ですね。一万回、すなわち一万日、27年ですね。クンバハカをキュッキュッと一日百回と千回と一万回の違いでもあります。
一万回とは常時クンバハカ態勢ですね。キュッキュッと肛門を999回、意識して締めるのは素人の段階です。一日千回を毎日考えずに自然に行っているようになればプロの入り口ですね。クンバハカ一日百回以下の人には私の方法は教えられません。まず素人のやり方(天風会が教える方法)を熟達する必要があります。
天風教義もプロのレベルを教える別の会があっても良いような気がしますが、教えるプロがいません。私は室外行修が終わって会館に戻る歩く姿を見て、クンバハカを維持している人がどれだけいるかいつも観察しています。リーダーを含めてほとんどいません。「おまえら、何を訓練しているんだ!」とリーダー達に言いたいけれど我慢して黙っています。3年未満の人たちは、ただ参加しているだけで価値があります。
何事も3年目からですね。サラリーマンも仕事が分かってくるのは概ね3年目からです。私はその人が何を言っているかはあまり気にしません。どういう身体の姿勢かということを見ています。姿勢にすべてが現れています。最近は目も見るようにしています。
天風教義(天風教義に限らないけれど)も、人生で仕事か何かを極めようとしているテーマを持っている人とそうでない人には学びに大きな差が出てきますね。何かのテーマを持っていることで教義の実践が形として実感出来ることが多くなるから。何かを極めるテーマを持っていると、誰がどうしたこうしたというようなどうでもいい細かいことは気に掛からなくなるし。素人は学びも趣味のレベルから越えられない。極めるテーマを持っている人が人生の小さなプロかもね?





忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne