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運2

オレオレ詐欺に引っかかる人は、みんな、「私は、そんな詐欺には引っかからない」と普段は信じている人だそうです。自分は用心深い、自分は大丈夫と信じている人ほど、心のどこかに落とし穴(無防備)があって、そこを攻められるとイチコロで落ちてしまうのでしょうね。
私は若い美人の笑顔に騙されやすいと信じています。そしてそれは事実ですね。私は、バカが付くほどお人好しだから。つくづく自分でバカだな~と思いますね。今はもうそんな年齢では無いので、そういう騙されるチャンスもありませんが??騙されてはいないかも知れないけれど、たくさんバカをみていますね。今年も一ヶ月間の努力が水の泡になったのが二回もあります。
この地球には次元の高い人から低い人まで幅広く同時に存在しています。
あの世では地獄から天国に自分の意志で移動できません。しかしこの世では自分の意思次第で自分の立ち位置を移動出来るのです。だからこの世は素晴らしい。
長く低次元に生きてきた人は、高次元にたまたま何かの縁で移ると落ち着かないというのはあるでしょうね~。それでまた低次元の生活に戻る。低次元に慣れているから慣れている方が落ち着くし、低次元の人にとっては低次元の世界の方が楽しい。
自分がそのどの段階に住むかを決めるのは自分ですね。低いレベル(目先の肉体の快楽と酒)の思考や生活を常とする人の仲間になるか、高いレベル(品格のある現実生活とスピリチュアルな価値を重視する)の人の中に入るかは自分が決めることですね。他人が導くことは出来ません。今年はその無力さを感じた年でもありました。



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よく言われるのが、運(うん)は運(はこ)ぶということですから、身体を運ぶ、すなわちそこへ行かないと運が付かないと言うことですね。家の中にじっといては運は付かない。運は運ばれてこない。仮にいくら運が良いことが起きると占いに出ていても、運は自分を運ばないと生まれない。何事もチャンスというか、人からの誘い(波動が低い場合とか、お金がかかる場合とか、バレたら第三者を傷つけることになるような誘いに安易に乗るのは別問題ですが)には、取りあえず一度乗ってみるもんですね。運の悪い人というのは、自分を運ばないでいるか、低次元の誘惑に乗る人ですね。低次元の誘惑というのは自分を運ばないことから生まれるのかも知れません。
昨夜、帰りの電車の中でアルバイト仲間らしい二人の若い女性が面白いことを話し合っていました。22~3歳のアルバイト中兼就活中の女性同士の会話です。
「私って本当に用心深いのよね~、でも浮気相手にされてしまうの」
「用心深い人って、ひとつのパターンで攻められると一回こっきりのヤリマンになってしまって、弄ばれるの。決まった法則ね。遊ぶ男は用心深い女性を攻めるパターンを知っているのね。ワンパターンで遊ばれてしまう。そういう人は、みんなそう。」
「いつもそうなっちゃうのよね~」
「今度、飲もう、思いっきり飲もうよ」
う~ん、そういう型を知っている男が羨ましい。そういうのとは無縁の人生だったな。でもそういうことを知らないことで、波動(魂のレベル)を落とさなくて良かったかも?
私には瞑想や仕事より難しい不可知の世界ですね。
第三者を傷つけることになるかも知れない誘いでも高次元(宿命)の場合があります。この場合はまた別ですね。宿命に従いましょう。何もしないという守りも、行動しないというマイナスのカルマを作ることになるし。




行ってきました!滝瞑想

当日のドタキャン有り、待ち合わせ場所の勘違い有り!で特急出発間際まで焦りっぱなし!ではありました。秩父の天気予報は一日中雨、特急に乗っていると雨一杯降ってきた!「う~ん、今回は私のジンクスが始めて外れるか?」と不安になりつつも天に思念を送った、雨が止むようにと。目的地に近づくにつれ雨は止んでいった。で、目的地麓のバス停に降りた。ほんのちょっと雨。でも歩いている内に雨は止んだ。

先客の一団が滝行をしていたが、我々が昼食を取っている間に終わった。

滝瞑想としては最高のシチュエイションになった。滝の轟音以外ただただ静寂。小鳥の鳴き声も聞こえない。風で枝が揺れる音もしない。霧で山の景色も霞み、紅葉も始まっていて、こんな神秘な環境はそう得られるものでは無いですね。そこは我々だけが入り込んだ異次元空間?晴れていればハイカーも通って気が散るし。天気予報が雨だから他に人が来ないので良かった。もちろん風の音、鳥のさえずりも良いものですが、初心者には滝の音以外何も無い静寂の方が集中に良い。

3回の滝瞑想で、地の声、天の声が聞こえた人がいました。聞こえなくてもとても気持ちの良い瞑想はみんな経験出来ました。自宅や天風会館で10年坐っても出来ないことをわずか一日で会得する瞑想なのです。一回目は普通の瞑想(地球との一体感を感じてする。)、二回目は地の声を聞く瞑想(一心で肉耳を極める)、三回目は天の声を聞く瞑想(心耳を開拓する)です。
一日三回でワン・セットです。一回目20分、二回目25分、三回目30分としました。





禁断の果実

アダムとイブが食べた禁断の果実はリンゴでしたっけ?それは知性のことでしたっけ?平べったく言えば、”考える”という、してはいけないことをするようになったということですよね。それは正しいと思えるようになってきたな。
人間、考えたらダメだよね~。科学は考えないと出来ないけれど、それは論理思考ですね。論理思考で考えれば悩みなんか存在しない。論理思考で日々のことを考える人はまれですね。本来の仏教は人生の真理の論理思考ですね。仏教で見れば、人間は、美人もブスも何の違いもない単なる糞尿製造器ということです。それが論理ですね。好きも嫌いも恋いも愛も論理から見ればありゃしない。
あ~だ、こ~だと過去苦労、未来苦労に、誰がどうしたこうしたと、余計なことを考えることが禁断の果実なのです。分かりやす~い!話しですね。


生まれ変わる

「人の生きる目的は、生きながら生まれ変わること」と常に私は言っています。
しかしそれがなかなか難しい。本当に大きな苦難の中でそれが出来た時、試練またはカルマを乗り越えたことになるのでしょう。
臨死体験などをすると生きながら生まれ変わる人は多いけど、臨死体験など人工的に自ら作れる訳じゃないし。それは運命としか言いようが無い。
精神科の病院や重篤の病気で入院して退院する時は、新しく生まれ変わると思って白紙の心で病院の玄関を出ればいい。病院はある意味、この世とあの世の中間世と見ることも出来ますね。中間世からこの世に肉体を維持したまま新しく生まれると考えれば良いのです。病院の玄関(出口)は産道ですね。心を新しくして病院を出れば過去は半分消えている。入院はそのための神の計らいだな。
生まれ変わる程ではないにしても、人生はブレーク・スルーをどれだけ経験するかですね。自分の過去経験で自分が作った自分の枠から、どれだけ、何回越えられるかですね。勇気が必要ですね。歳を取るにつれ難しくなるのが普通ですが、歳を取ったから出来るということもあります。今までの自分を越える勇気を何回出したかが人生の価値かも知れませんね。
人生では過去世で失敗したこと、乗り越えられなかった事が繰り返し再現されます。過去ではここで逃げてしまったけれど、逃げてはいけないと立ち向かうとそのカルマが消える。過去ではここで誘惑に負けたけれど、”グッ”と我慢して堪(こら)えた時にそのカルマが消える。人生で試されるのは一歩踏み出す勇気と、じっと堪える勇気ですね。20代でこのことに気づいていればな~。私は若い時にそれをクリアしていないから、この歳になっても日々それらに葛藤しないといけない羽目に陥っているかも?すべての事柄に達観したいけどな~。







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