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もうひとつのブログ

私が書いているもうひとつのブログ「今ここ」(Shu-Lineのブログ)の一日の総アクセス数が昨日は突然120になっていた。最近は種が見つからないので書いていないが。どんな人が私のブログを見つけたのだろう?このブログによって、いつか古代日本の常識がひっくり返ることを期待している。きっとそうなるでしょう。何十年後か、百年後かは分からないけれど。日本の常識を変える数学的真実のブログなんだから。多くの人は難しくて分からないと言いますが、はははは。
古代日本の常識をひっくり返す種は蒔いた。次は近現代日本の常識をひっくり返す種を蒔かなくては。それが私の本当のライフワークです。私のその勉強の足を引っ張る存在はもういらない。そういう存在は切り捨てていきます。もう時間が無いから。でもきっとこのライフワークは来生に持ち越しになるでしょうね。あまりに膨大な勉強を必要とするから。最初の予定では30年本や資料を調べて、10年で一冊の本を書き上げるという予定でしたから。始まりが予定より、もう10年遅れている。
私をサポートしてくれる人が欲しいな。でもそれは無理な話だな。邪魔をする人はいてもサポートしてくれるような殊勝な人はこの世にいないな、きっと。

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運命とカルマ

「心が変わると運命が変わる」と私はいつも言っていますが、どうもそうでもなさそうですね。心が変わったり、ひとつの出来事で大きく運命の道筋は違って来ますが、最後にたどり着く結果は同じになるようです。どの道を選択してもカルマの解消のために経験しなくてはならないことから逃げる事は出来ないようです。(ただし結果の現象は同じでも道筋の違いによってその意味は違って来ます。例えば、ある男と女が別れるということはカルマのために運命で予め決まっていても、愛し合ったまま別れるか、憎み合って別れるかは自分の選択によって異なってくるというようなことですね。この違いが来生のシナリオに影響する。)
私も数年前から、「右を選んでも、左を選んでもカルマから逃げることは出来ない」と言っていますが、確かにその通りのようですね。
人間は生まれる前に人生のシナリオを書いて生まれてくると言われています。
そのシナリオは一本道ではなく、葉っぱの裏の筋のように選択の分岐点が途中いろいろあり、ポイント、ポイントでの選択によって結果は違ってくると中学の頃から言ってきました。
人によってシナリオの地図が違うのかも知れませんね。生まれた回数によっても違うのかも知れません。ものの本によると、「生まれた回数の少ない人のシナリオは一本道ですべて決まっている。生まれた回数の多い人は学ぶべき大雑把なシナリオを書いているだけで、生まれてからも選択の自由度が大きい」と。確かにそうなのかも知れません。
私はまた、「強く決心することで生きながらもシナリオを書き直せる。強く決心したことは今生で成就できなくても来生にそれを成就するように繋がっていく」と言っています。でも、カルマから逃げることは出来ないようです。逃げることは出来ないのならそれは覚悟して生きなければならないですね。考えてみたら私は中学二年の時にそれを知って、そのつもりで生きていますね。なぜ中学二年で知ったか?それは天啓によってです。それにしても神様の指示の意味が分からないことが多い。
私に、「耐え難きことを耐え、忍び難きことを忍び」を身に付けさせるためかな?
で、天風先生の声が聞こえた。「よく耐えたな」と。このことは前に書きましたが。

真実5

「人間が苦しいと思うことは神様からの慈悲」と天国の住人から、もう15年くらい前に(霊界通信で?)教えて貰ったことがあります。本当にその通りですね。
そして神様(宇宙霊)の声に従って心を決め行動するのはかなり苦しいのですよ。
天風会は簡単に「真・善・美」なんて唱えているけど、そのために心の激痛の苦しみを背負うこともあるのです。本当の「真・善・美」にはかなりの覚悟が必要なのです。
自分の感情に自分の判断と行動を合わせるのではなく、神様の声に自分の感情と判断を合わせないといないのだから。




真実4

結局、人間は自分で自分の心や生き方を変えることは出来ないんですね。
神様によって心や身体を強制的に壊されることによって始めて今までの流れを止めることが出来る。そして今までの固定観念、脅迫観念による生き方が出来なくなって、「どうして私がこんなことに?」と落ち込みながらも心の中のどこかで安堵感が生まれているはず。だから心や身体が壊れ切ることは救いですね。神様の慈悲ですね。そして自分で本気で真実に気づいて、「よし、変わろう!!」と決心した時、本当の救いがやって来る。




真実3

ある占い師が言ったという。「分かったことの5%しか言ってはいけない。教えることは希望を与えること」と。
私も過去や未来を10知ると、その半分の5言いたくなる。100知ると5しか言えない。結局5しか言えないのですね。過去や未来の現象の背景にある意味なんて、調べて分かっても、たとえそれが良い意味の内容であっても、口が裂けても言えないものばかりですね。そういうもんなのですね。自分の頭で考えた独りよがりの解釈のままでいた方が余程か楽いですね。自分の頭で考えたことは口に出来るけど、神様から教わった言葉は神様の許可がないと口に出来ない。
自分に起きる問題や自分の考え方、行動パターンや因果律は、家の数世代前の過去から繋がっているということも、私の一族の歴史を見ても明確に分かりました。

最近の生物学的遺伝の研究で、DNAによる生物学的遺伝とエピジェネティクスによる一族の文化遺伝(家族の思考気質や行動気質も含まれる)というのがあることが分かってきている。ひとつの家系でいろいろ共通の問題が代々連続するのはエピジェネティクス遺伝ですね。人間はエピジェネティクス遺伝によって思考と行動が操られている。エピジェネティクス遺伝とは、古い言葉で言えば「因縁」という言葉で言われているものですね。因縁が最新の遺伝科学で証明され始めているということですね。それがマイナスの内容なら自分の代で断ち切らないといけない。

エピジェネティクス遺伝とは、自分の考え方や行動が、数世代前からの先祖の行動と思考パターンに操られているということですね。代々同じ行動が繋がっている。
(先祖がしてきたことを何も知らないのに自分も無意識に先祖と同じ事を繰り返しているということ。)そういう事例を私はたくさん知っています。

こういう話しの上に魂のカルマも付け加わってきますから運命は複雑ですね。
運命の法則とマイナスを断ち切る方法も含めてそんな話しを次の勉強会でお話しできると思います。











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