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真実2

今までは過去と未来の現象としての事実だけを見ていたのですが、その裏にある理由を見つけ出していったら、私の思考や想像を遙かに超える答えが次々に出てくる。「まさかっ!」の連続ですね。人間は如何に何も知らないで生きているかということですね。背景の理由を見つける時は、消去法ですね。それが正しいか、間違っているかは神様が答えてくれる。次々に可能性を考えて潰していく。それでも答えが見つからずに、最後に「まさか、そんなことは?」と思いながら見てみるとそうだったりする。
本当に、「まさかっ!」の連続です。人間は誰もが自分の事を何も知らないで生きている。人は自分に起きた現象と自分の感情と自分から見た判断しか知らない。まあ、それは当たり前のことですが。
もちろん、いくら未来を見ても未来は一元的に決まっている訳ではありません。
心が変われば未来は変わると私はいつも言っています。


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五日市さんの講演

昨夜(8/30)、五日市さんの話しを聞きに行った。今回も録音はしたけれど今回はCDにはしない。とても良い話だったけれど、CDにして人に聞かせるにはちょっと話しが重い。なぜか私にとってベスト・タイミングでの反省させられる話しが多かった。昨日は自分の人に対する思いやりの無さを痛感させられた日だった。
これからは、何を言われても、何をされても一矢報いるのは止めよう。
「ありがとう」と受け止めよう(涙・涙・涙・涙で)。もう涙なんか無くなっていたと思っていたけど、まだ出るね。昨日は結構涙が流れた。



心の病

今まで何人も心を病んでいる人に関わってきたけど、彼ら全員に共通するのは、「自分が逆(相手)の立場だったらどう思うか?」という思考や発想がゼロだということですね。なぜそういう思考が出来ないのだろう?もちろんそれが出来れば心の病にはならないでしょうけどね。また人から見て狂った行動もしないでしょう。
時に人は、「私は○○に絶望の底に落とされた」と言いますが、その前に自分が○○を絶望の底に落としていることに気づかない。自分が人に与えたものが、その反応として自分に返ってきているだけなのにそれに気づかない。おそらく自分が○○から受けた痛みより、○○に与えた痛みの方がはるかに大きい。しかし人は自分が受けた痛みは大きく、人に与えたものは小さいと感じるものですね。
心を病んでいる人にこういうことをいくら言っても、「そんなことない。私は悪くない。○○が悪い」と口に出さなくても心の中で思っているのが分かる。
とは言いつつも私も人のことを言える立場ではないですね。
今でも相手の私に対する理不尽な行為(私から見て)に対して一矢の報いを返すもんな。いくら何をされても一切報いないというレベルまでまだなれないな。それはこれからの私の修行だな。
「自分がされて嫌なことは人にしない」ということは基本にしながらも、私も30代半ばまでは反省のかけらも無かったですね。反省という言葉が私の辞書に載ったのは40代半ばからですね。いえ、50ぐらいからでしょうか?
私も未熟ではあったけれど、「すべてはこれで良い」というのが神様からの声です。
すべて感謝です。ありがとうです。合掌。






真実

真実は人間が頭で考えていることの逆が多いと前に書きました。本当にそうですね。Aという原因でBという結果が生まれたと考えている場合に、真実はBという原因でAという結果が生まれていたということですね。
そしてBという原因が生まれた原因は、さらにさかのぼって、予想もしていないCというところに原因がある。そんなこともあるということが分かりました。
人間が頭で考えていることって、意外に真実を取り違えているんですね。人は大抵自分を正当化して自分が犠牲者だと思っているけれど、実は自分が原因であり、自分が加害者ということもあるかもよ~?でもこういうことって自分では永久に分からないよね。それにそんな結果は簡単には受け入れられないよね。真実を知ることは、自我が崩壊するほどの苦しみを背負うことになる場合もあります。いやはやですね。私も自分で自分をチェックして、いろいろ反省しています。
私もこんなこと私の頭では分からなかったですね。神様(宇宙霊)から教えて貰ったということでしょうね~。




運命の連立方程式が解けた!!

観察と今までの知識と連想によって、「運命の連立方程式」が解けた!!
具体的な話しは何も出来ないけれど、運命がどのように決まるか、どのような家系の流れによって作られるか、そしてマイナスの流れを変えるにはどうするか?
数学を解くようにみんな分かった!!なるほど、ある先生の説いている方法は、運命の気の流れをこういうふうに変える意味があったのか!と。
遺伝子と魂の持つカルマの関係もみんな分かった!!今度の勉強会で教えたいと思います。真理はこのようなブログやHPには書けないですね、うん。
真理とは口頭で直接伝えるものですね。
もちろん、聞く側にはその真理を聞いて苦しいと感じる人もいるかも知れません。
でも、それを変える方法も教えます。いやはや、意外な展開になってきました。
Welcome troubles! ですね。 問題や苦しみが真理を悟らせてくれます。
運命の法則を聞いて、自分の運命の流れを変えるかどうかは各個人の問題です。
私は、法則と運命を変える方法を述べるだけです。

いろいろ調べていて不思議なんですよね~、過去って変わるんですね。
何十年も前の過去に判断したことが今調べてみると違う結果が出たのがある。
「えっ、そんな~!それじゃ、何のために何十年も我慢してきたのか?」みたいなことになって。「なんだ、もっと気楽に考えればうまくいっていたかも知れない。考え過ぎていたのかも?」という結果になったのがある。考えすぎは幸せを作らないのは確かだな。気楽な勇気が大事かもね。ただし第三者を傷つけないという条件の下に。最近、いろいろ調べていて、いつの間にこんなことが分かるようになっていたんだ?いや、前はそんな細かいこと見なかっただけで前から「見る」能力があったのかも知れないとも思う。まあ、人間、見えないものは見えない方が幸せかも?一生、知らないまま、騙されたままの方が幸せかも知れないとも思うけど。
「知らない幸せ」と「知る苦しみ」のどちらを人生で選択するかという課題では私は昔から常に「知る苦しみ」を選択してきた。真実や事実を知らないまま死んだら人生は無意味になってしまうと私は思うから。それに死んだら、あの世ですべてバレちゃうからね。苦しくてもこの世で予め知っていた方が良いと私の場合はそう思う。耐える力も養われるしね。遙か昔、私に嘘を言ったり、裏切った者は即殺していた時代もあった。内心その時の心が今も実はあるのだが、今生はその逆に黙って耐えることを訓練させられているような気がする。








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