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レイライン 十和田湖の不思議

(神社のマーク3309307b.jpegは同緯度線上ではあるけれど、適当な位置に付けた参考です。)
座標を正確に調べると③と⑦はほとんど同一経度です。距離は20.4km。昔なら大きめの火を燃やすと見える距離ですね。
そして⑩の先に、榊浜という所で太平洋に出る。
サカキ?木を逆さにすると、「ろうそく立て」に見える?ろうそく立てはユダヤ教の大事なシンボルでもある。まあ、シンボルの図柄とは蝋燭の本数が違うけれど。
また田子(たっこ)町に緯度線から南向きに24゜で神社の列が見つかっている。そんな目で見ると、十和田湖の十も十字架に見えてきたな。妄想の範囲に入ってきた。
暦管理のために太陽や星の位置測定を山を越えてまでする必要があるのだろうか?普通に考えれば、そんな巨大な観測は必要ないと思われる。岩木山の頂上から見える太陽の日の出、日の入りを観察するだけで問題ないはず。そうすると、何のために、こんな巨大な神社配列をしたのだろうか?
日本列島では水平線、地平線に近い星を観察するには山の上から大きく見る必要があると思うが。そういうことかも知れない。
しかし私には、太陽エネルギーと連動した結界を張るためとしか考えられない。太陽、月、星、結界、この4つですね。
もし、秦氏(古代ユダヤ族)一族がそんな計算をして神社や村を日本中に作ったのならば、イスラエルで約束の地(イスラエルは約束の地という意味らしい)を失った反省で、これ以上先に移住できる地はない日本列島で過去の失敗を活かした霊的防御体制を作ったのではないだろうか?もちろん何百年かけて移動してきて、何百年かけて作ったということになる。
日本列島の縄文の平和な土地と人たちという噂を聞いていて、はるばる理想の地を求めて民族移動したのかも知れない。民族移動中、中国でも朝鮮半島でも受け入れられなかったが、日本では受け入れられて民族として日本民族の中に吸収されたのかも?
秦氏は政治的野心は持たずに産業・農業技術で巨大な富を得て、天皇をその富で支え、そして神社システムが出来たのかも?
 
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レイライン 岩木山の不思議4

これまた不思議な線が出来ました。解説するのが面倒な複雑な図形。意味があるのか、無いのか、偶然なのか、意図的なのか?①、②、③は大山祇神社です。少なくとも①と八甲田山と②が春・秋分日の出線(緯度線)とピッタシ一致ですね。岩木山と③を結ぶ線の延長線上に十文字平遺跡があります。十文字、なんか意味ありそうな、無さそうな?
99c5d2f5.jpeg










 

レイライン 岩木山の不思議3

7a4fee81.jpegえっ、どうしてこんなところに大山祇神社が?青森に5ヶ所も。うち二つは42゜線上に乗っている。ひとつは3゜線に、もう一つは南向きの36゜線にピッタシと。まるで角度確認基準点のごとく。この42゜線に乗っている2ヶ所は、鬼門方向からの霊的防衛なのかな?それは私には分からない。そして三つの大山祇神社を繋げるとこうなります。いやはや、ですね。岩木山麓の大山祇神社と、三沢より少し南のつがる市にある大山祇神社を繋げるとピッタシ!緯度線(春・秋分線)になる。その線は八甲田山の頂上を通る。”いやはや”の二乗ですね。
49b08d11.jpeg

後漢書

後漢書倭人伝には、倭国のことが意外に詳しく書かれている。家族の誰かが亡くなると家の者が身体を浄めて喪に服する。その間、肉は食べない。で、10日ぐらい喪に服している間に病気になったら、穢れているとして殺されるとある。何かのウイルスや病原菌で死んだ場合に、それが拡がらないように病気が移ったかも知れない家族を殺すというのは一理あるかも知れない。動物の病原菌や海外(想像以上に海外との交易はあったようだ)から持ち込まれた今で言う伝染性病原菌で村が全滅する可能性もあるのだから。約10日間の喪に服している間に家族の誰も病気にならなければ、伝染性の病気で死んだのではないということが証明されて、晴れて家の外に出られるという経験による知恵ですね。そういえば、昔、喪に服して家に閉じこもっている時、料理が出来ないので、村の人が食べ物を玄関に置いておくというのをどこかで読んだことがある。
南北のアメリカン・インデアンなんかも西洋人が持ち込んだ病原菌で大量に死んだのだから。昔は病原菌やウィルスのことは解らないのだから穢れとして対処したのかも知れない。
浄め、穢れという観念が当時から強くあって、神社という文化に発達していったのかも知れませんね。昔は殺した人の魂が悪さしないように鎮魂のために神社を建てているのも多いから。今はいろんな神社がパワースポットとしてもてはやされているが、神社は浄める所であり、神道はそういうノウハウのある文化だもんな。











魏志倭人伝

魏志倭人伝をはじめとして中国の古典を読んでいると面白いね。倭国(日本)では、今の言葉で言えば官僚・公務員は4,5人の妻を持っている。労働者でも2,3人の妻を持っていると書いている。こんなこと日本の教科書には書かれていない。文科省はそういうことを国民に知られたくないんだよね。何はともあれ、ということは、多くの男は早く死んでいたということですね。日本は夏も冬も生野菜を食べて長寿だとも書いているのに。要するに、船で通商したり漁をする者は、かなりの確率で帰って来れなくて、女が余って一人の男が複数の妻を持つと言うことですね、きっと。魏志倭人伝の時代のかなり後の、遣隋使、遣唐使も半分は海の藻屑と消えたらしいから、そういう私の推測は辻褄が合う。また倭国の女性は浮気しない(淫せず)とも、やきもちをやかないとも書いている、ははは。まあ、男はいつ死ぬか分からないから、そういうことかも知れませんね。80歳、90歳、百歳も多いと書いている。きっと女だな。昔も今も女は長生きらしい。








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