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日本人とアメリカ人

日本人は気持ちと感情で生きているのかも?アメリカ人は理屈と欲で生きているのかも?それは単純すぎる理屈かも?ビジネスなんかは日本人とするよりアメリカ人とする方が分かりやすい。ある意味、数学的に答えが出るが日本の場合は数学的にすべてイエスが出ても、慣習的に答えはノーになることが多いのだから。









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人間て、不思議

400年前のご先祖様の人生にこだわる日本人て不思議ですね。気持ちは分かるが。私は日本人だから日本人の気持ちはまま分かるが、日本人の理屈は分からない。アメリカ人の理屈は分かるが気持ちは分からない。
元々島原のキリシタンは、キリシタン御法度令が出て小豆島から移って行った。島原の乱の時に彼らを説得に小豆島の人たちが船を連ねて行った。でも彼らは説得に応じずに投降しなかった。そして全滅した。その後に再び小豆島から新しい人たちが移住したんですね。700世帯というのは当時としては大きい数字ですね。そのことは私は知らなかった。
それにしても400年も唄われているんですね。「伊勢に参るなら小豆島通れ 小豆島恋しや土地までも」と。涙がでるね。ちなみにこの田浦はふつう田ノ浦と書くんだけどな~?私の村の隣です。2km離れているけど。
島原の乱の時に説得に行ったリーダーは私の村の者です。その子孫は私の同級生で、2年前ぐらいかな~?もうガンで亡くなったけど。常識的に考えれば船仲間として私の先祖も説得に同行していたはずです。そういう記録は無いけれど。歴史は生きているんですね。先祖の生き方が子孫の今に影響を与えるのです。今生きている我々も子孫の先祖になるのだから。子孫が誇れるような生き方をしないといけないと言うことですね。まあ、私には直接の子孫は存在しないけれど。
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20120129/04.shtml

http://3kstyle.blog104.fc2.com/blog-entry-112.html







改悪

人から貰ったDVDで映画「ドクトル・ジバゴ」を観た。ロシアでは共産革命が必然で必要だったのでしょう。ロシア皇国での庶民は苦しい生活だったので革命は必然だった。しかし革命によってソビエト連邦になって庶民はより苦しみを味わうことになった。
自民党ではどうしようもないと日本国民は判断して民主党を選んで、さらにどうしようもなくなった。ロシア革命と同じだね。
明治維新もある意味でそうだよね。庶民にとって良いことは何も無かった。税金は増えるし、徴兵制は生まれるで。戦いに参加して死ぬのは侍だけだったのに庶民も戦争で死ぬ義務が出てきたのだから。国のために死ぬのは名誉なことだと洗脳されて。




山は神?

今日、仕事で福島県の郡山に行ってきた。相変わらず時刻表を見ずに行ってもピタッピタッと決まる。大宮に着いて新幹線の改札を通って時刻表を見たら、郡山行きが4分後だった。帰りももちろんピタッと決まった。こういうことはいつもいつもピタッと決まるんだけどな~。帰りの新幹線の窓から少し雪のかぶった磐梯山が見えた。見えた瞬間、神の山だと感じた。考えてみるとモンゴロイドにとっては山に神を感じることがなぜか自然に遺伝子の中に組み込まれているのではないだろうか?
モンゴロイドと言ってもアジアはほぼモンゴロイドだ。インドネシアの山も、ヒマラヤの山も、チベットの山も神聖な不可侵の神の山が多い。基本的に山は不可侵なのです。しかしそれを神と感じないで征服する対象になっているのが白人ですね。なぜだろう?もちろんキリスト教では山などの自然に神を感じるようなシャーマニズムの否定だからではあるんですが・・・。それとも白人は本来、霊性から見たら野蛮人?
もちろん今は日本人も白人の影響を受け、山に神聖さを感じる感度が落ちている。
ヒマラヤに行っては山をゴミで汚してくる。最近はそうでもないかもしれないけれど、日本人のヒマラヤ登山グループの残してくるゴミが世界の登山家のひんしゅくを買っていた。富士山が世界遺産に登録されなかったのはゴミだらけだったからと聞いている。山を神と見ないからそういうことになる。
世界の名峰のどこの山を登った、あそこの山も登ったとテレビなどでは登山家をまるでヒーローのごとく取り扱うけれど、「あ~、この人、山を汚してきたんだ」という見方も必要ですね。
近隣諸国を戦争で勝って統合したら英雄として歴史では取り扱われているけれど、「あ~、この人、たくさん人を殺したんだ」というように英雄認識を変える必要があるかも?






不思議の国・日本

天皇陛下の心臓手術が成功した。それにしてもたくさんの日本人がたかだかバイパス手術のために無事な手術の成功を祈って記帳をしている。それは日本人として心情的には分かるけれど、理屈で考えると理解できない。日本は本当に不思議の国だな。
天皇という存在も元が分からないのに。天皇という存在は国民の平和と繁栄を祈る存在らしいのだが、天皇の危機の時は国民が天皇のために祈っている。理屈抜きに日本人のDNAの中に組み込まれているのだろうか?
天皇の存在に対して反対している人もいるけれど、日本の歴史の中で今ほど天皇の存在が自然な価値を持っている時代はないのではないだろうか?戦前は天皇の価値を洗脳されていたから分からないでもないけれど、今の国民の対応は自発的だもんな。私は天皇と皇后の存在を高く評価しています。












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