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神社は科学

対馬・海神神社から冬至の方向に線を延ばすと足摺岬に行き着きます。足摺岬を調べてみるとこれまた面白い。
「この足摺岬周辺は、自然が作り出したものでなく、人工的に作り上げられたという説がある。近くには、ピラミッドまであるというのだ。その場所は足摺岬のそばにある白皇山。白皇山の山腹には巨石群もある。・・・・近年、足摺岬の沖で、人工的な海底構造物が見つかったのだ。・・・」と本にあります。まあ、海底遺跡は紀元前4千年前か、または、それよりはるか昔のものでしょうけど。
それにしても、線を延ばすと先々でぶつかってしまうのです。
宮城県で津波に流された大きな神社は一ヶ所のみで、それもそれは明治時代に別な所から移されてきたものだそうです。
この一ヶ月ちょっと、神社の配置を調べてきてたどり着いた結論は、
「神社は、(忘れられた)科学」ということですね。



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日本の不思議

こんなの見つけました。
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20110830


こんなの教えて貰いました。
http://sekaitabi.com/tsuhan.html
みなさんも、「通販生活 CM」で検索してみてください。

高野山と空海

「平安時代 [編集]弘仁7年(816年)、高野山を賜った空海は、翌年から弟子達に命じて伽藍の建立に取りかかったが、交通不便な山中のことで、工事ははかどらなかった。空海の在世中に完成した堂宇はごくわずかであり、無論、当時の建築物は現存していない。空海の他界後、弟子であり実の甥でもあった真然が約20年をかけて根本大塔などの伽藍を整備した。その後、京都の東寺との確執もあり、正暦5年(994年)には落雷による火災のため、ほとんどの建物を失い、僧はみな山を下りるという、衰亡の時期を迎えた。
荒廃した高野山は、長和5年(1016年)頃から、祈親上人定誉(きしんしょうにんじょうよ)によって再興された。治安3年(1023年)には藤原道長が参詣。平安末期には白河上皇、鳥羽上皇が相次いで参詣するなど、高野山は現世の浄土としての信仰を集めて栄え、寺領も増加した。源平の騒乱期には、高野山で出家する貴族や武士が目立つようになった。彼らは高野山に草庵を建てて住み、仏道に励んだ。」
とウィキペディア辞書にある。何でも衰退の時期があるんですね。何事も、100年単位でものを考えないといけないですね。どの宗教も教祖が亡くなると一時大きく衰退したり混乱、分裂したりする。そして消えるか、再興する人が現れるかで、宗教自体の運命が変わるのでしょう。天風会は創始者(教祖とは呼べない)が亡くなって衰退の時期に入っているのでしょう。

もう終わり?

もう終わりと思っても、”ふっ”と思いついて調べると、次々に出てくる。
数字は印刷した地図を定規で測ったmmです。
1.福井県・須波阿須疑神社から長野県・諏訪大社=86
2.三重県・伊勢神社・内宮から長野県・諏訪大社=86
 (1と2は、二等辺三角形になり、底辺の角度49゜)
3.三重県・伊勢神社内宮から静岡県・浅間神社=105
4.三重県・伊勢神社内宮から伊豆・諏訪大明神=105
 (この諏訪大明神は内宮からの緯度線に対して角度9゜)
5.福井県・須波阿須疑神社から高野山・金剛峯寺=105
6.宮崎県・高千穂から広島県・厳島神社    =105
 (この線は、対馬・海神神社の冬至の線に対して直角)
7.宮崎県・高千穂から愛媛県・石鎚山     =106
8.静岡県・浅間神社から伊豆七島・神津島神戸山=65
 (この65に黄金比1.618をかけると、なんと105.17)
9.対馬・海神神社から冬至の線(-29゜)を引くと、宗像市大島の角を
  通り、四国の足摺岬にピタッと達する。
これらは偶然?それとも人間が計算して作った?それとも神様の仕業?








 

造山運動と気の流れ

日本大地の造山方向と気の流れ方向は一致するようですね。九州山地の山の方向は29゜(夏至の方向と偶然一致)、小豆島は39゜と見ることが出来ます。淡路島は長細いので分かりやすい。49゜です。長野・岐阜県のそれは69゜。不思議ですね。
造山活動の時間的規則性がそのような構造を作ったのかも知れません。
それにしても対馬の海神神社から夏至の線は隠岐に繋がる絶妙な方向になります。
では冬至の線は?小さな大島という島角を通って、宇佐神宮を通って、足摺岬にたどり着きます。
これも出来過ぎの感がしますが?


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