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私の頭、狂っています!どうしてこんなことが?

祭りに参加してから私の頭、狂っています!誰か止めてくれ~!私にとってどうでも良いことが気にかかってしまう。頭の中に閃いてしまうのです。そして調べてみると・・・!!!ってなるわけで。で、どうでも良いことをまたここに書きます。
福井県に池田町という町があります。小豆島の池田から鬼門の方向になります。
そこに須波阿須疑神社という池田町の産土神社があります。この神社は小豆島の神と諏訪大社の神を祀っています。須波阿須疑とは諏訪小豆でもあります。
この神社の履歴にこうあります。「当郷は元勝戸郷と称す。和名抄に「勝戸、今池田と称する所以は、円融天皇の御宇天延年中、地主大神の神縁によりて、吉備国小豆島の郷名に作いてこれを改む」と曰わく。
で、調べてみました。須波阿須疑神社と諏訪大社と伊勢神宮は二等辺三角形ですね。須波阿須疑神社と伊勢との距離と須波阿須疑神社から長野県の諏訪大社との距離が同じですね。恐るべし!まるで幽体離脱して距離を測っているみたいです。
諏訪大社は須波阿須疑神社の真東の方向(同一緯度)に位置しています。
伊勢から同じ距離を真西に伸ばすと淡路島の伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)(国生みの大業を果た された伊弉諾尊(イザナギ)と伊弉冉尊(イザナミ)の二柱をお祀りする神社)になります。すなわち、伊弉諾神宮と伊勢神宮と諏訪大社と須波阿須疑神社が平行四角形(菱形)になります。
静岡県富士宮(富士山の神様を祀っている)と諏訪大社を繋げた線は皇居-富士山-伊勢神宮-高野山へと引いた直線と直角になります。
須波阿須疑神社から伊勢神宮への直線上に四日市の椿神社(猿田彦神社)が乗っています!
須波阿須疑神社から皇居-富士山-伊勢神宮-高野山ラインへ直角に引いた線の上に熱田神宮があります。
須波阿須疑神社から小豆島の池田を繋げた線を延ばすとそこは讃岐の金比羅神宮になります。
いったい、日本という国は何なんでしょうか?レイラインだらけです。ただこの須波阿須疑神社に注目してラインを書いている本やHPはありません。(但し、小豆島の郷土史家・紅葉亭一葉さんが小豆島の池田から福井県の須波阿須疑神社へ線を引いているブログはあります。それをヒントに拡大して調べてみました。)須波阿須疑神社は意外に重要な神社かも?
ちなみに小豆島は別名、大野手比売(おおぬてひめ)とも言うそうです。まあ、古事記に出てくる島にはそれぞれ神様の名前が付いているらしい。
 

銅鏡は方向測定器と書きました。同時に東西南北に正確にキトラ古墳に描かれているところの結界を張る4種の神様を下ろす位置指示器にもなるかも?銅剣は方向を見るときの道具と書きました。同時に場を祓い清める刀にもなります。
そうすると、もう一つの神器である勾玉の理由はひとつしかありません。それはそこに神様を下ろす道具です。勾玉は韓国の国旗にも使われている陰陽を意味するところのオタマジャクシの形をしています。あの形にはきっとそんな意味があるのかも?
使い方は、 勾玉の穴に糸を通して指からつり下げて、勾玉を銅鏡の中心の丸い山の真上につり下げて、シャーマンがフーチのように勾玉が回転する方向や揺れる方向、止まったときの勾玉の方向にによって神事を決めていたのかも?
それは測量の時にも使い、村の問題を決める時にも使う神器だったのかも?銅矛は今の測量の時に測量される地点で立てる棒の役割ですね、きっと。今の人は、それならただの棒で良いではないかと思うかも知れませんが、神事なのですから、祓うために刀が付いている。それにしても勾玉の形は精子が泳ぐ形から来ているのだろうか?それは謎ですね。

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銅鏡

銅鏡が角度測定器であるという証明をしようと銅鏡の縁に付いている三角マークの数を数えてみた。108あった!ヒエー!という感じ。その内側に半分ずらして別の108個のマークが付いている。すなわち円周を216等分している。216分の1の精度だということですね。108を1/3ずつずらして3重になっていて1/324精度になっているのもある。でも基本は108ですね。108の意味は、「煩悩の数」というような単純なものでなく宇宙の何かが一回転する基本的な数字だろうと予測して調べてみた。
「庶民には難しいことを言っても分からないので、煩悩の数と教えておこう」ですね。で、108を追っていくとインド哲学にたどり着いた。インド、恐るべし。108は「すべて」とか「万物」を意味し、古代インドでは元素の数が108と数えられ、108=12月x9惑星で太陽系の占星術暦らしい。で、太陽と地球の距離を太陽の直径で割ると108。太陽の直径は地球の109倍。まあ、約108倍ですね。108、恐るべし。
八幡神社の太鼓祭りの源を調べようとしたら、神社の配置の直線性や直角三角形性にぶつかり、それには測量器具があるはずだと考え、銅鏡、銅鐸、銅剣にぶつかり、銅鏡を調べると古代インドの数秘術にぶつかり、いやはや、祭りから糸をたぐって、こんなところに来るとは夢にも思わなかった。銅鏡や銅鐸についてこんな説明がされている文章は今のところどこにも見つからない。そんなことどこにも書かれていないし、テレビでそんなこと聞いたことがない、だからそんなことあるはずがないという思考をする人もいます。







銅剣

昨日、私は思ったんですね~、「捨て金、遊び金があればオリンパスの株は買いだな~」と。オリンパスの株は来週上がるね。もう遅いけど、遊び金のある人は今週買っていればボロ儲けできたかも?
銅鐸と銅鏡は測量の道具と書いたけど、私の見たところ銅剣も測量の道具ですね。あれは剣ではない。なぜなら手で持つところが短すぎる。そこに木を繋いで剣として使ったという人もいるかも知れないけれど、木と繋ぐにしても短すぎる。バランスが悪いし、わざわざ木で繋げる必要はない。
出雲の荒神谷で銅鐸と一緒に銅剣が大量に並んで出てきたのは使い終わった道具を土に埋めて大地の神様に奉納したと考えられる。昔はすべて神と共に存在していたはずだから、測量も神事だったと考えられる。大地の神様に使用した銅鐸を奉納するために山の斜面とか麓に埋めた。頂上は神の降りる聖なる場所だから、頂上には埋めない。人間の墓の埋葬品の中には銅鐸がひとつもないという理由がこのように説明できる。





セシューム除去微生物

 
日本は凄いですね。やはりコツコツコツコツとした研究や仕事が大事なんですね。
   <セシウム汚染>微生物で約90%除去 広島の大学教授ら
毎日新聞 11月11日(金)2時34分配信
 広島国際学院大の佐々木健教授(バイオ環境化学)らの研究グループは、微生物を使って泥の中の放射性セシウムを回収する方法を開発した。9月に福島市内で採取したヘドロでの実験では、セシウムを約90%除染することに成功した。実験に用いた光合成細菌が、カリウムとよく似た性質のセシウムを取り込んだ可能性があるという。佐々木教授は「汚染された土壌にも使える技術ではないか」と話している。
 バイオ技術を活用した放射性物質の除去を研究している佐々木教授と、広島市の水道関連資材販売会社「大田鋼管」が9月、福島市内の公立学校のプールからヘドロを採取し現地で実験した。細菌90グラムをアルギン酸などに混ぜた粒状物質をビー玉大にし、濃縮したヘドロ50リットルに投入。3日間の放射線量を計測した。
 その結果、実験開始前に毎時12.04~14.54マイクロシーベルトだった放射線量は同2.6~4.1マイクロシーベルトまで減少した。実験中、プール周辺では福島第1原発事故の影響で同1.2マイクロシーベルトの放射線量が測定されていたが、差し引くと最大89.4%除去できていた。
 実験に使った細菌は、表面にあるマイナス電気で物質を引き寄せる性質があり、プラス電気のセシウムを吸着した。また、細菌はカリウムを取り込んで生きるが、取り込まれる際に似たような動きをするセシウムも吸収したとみられる。
 細菌を混ぜた粒状物質は、乾燥して焼却すると容量は75分の1、重さは100分の1に減る。セシウムは温度640度でガス化し拡散するが、500度以下なら拡散しない。
 佐々木教授らは土壌での実証実験も予定しており、「常温常圧で、現地で除去作業ができるのが利点。コストも安く、福島の再生のためにぜひ普及させたい」と話している。

銅鐸と銅鏡

今日、池袋の本屋で生まれて初めて銅鏡と銅鐸の詳しい写真を古代史コーナーで見ました。そんな写真自体を見るのは中学の歴史の授業以来かも?まあ、歴史書でチラッと見ることは何度かあっただろうけど写真が小さく詳しくは見られなかったし、銅鏡ね、と言って興味が無かった。。
詳しい写真を見ると、両方とも明らかに100%三角測量器具ですね。私は銅鐸の使い方も説明できます。なぜあのように円錐台形をしているかも説明できます。もし銅鐸の丸い穴に銅鏡が水平にちょうどすっぽり入ればもう200%ですね。銅鏡も正確に方角を示すコンパスになっていますね。銅鏡の真ん中の丸い山を中心にして方角を計るのです。銅鐸は中点の太陽に対して垂直および直角に立て、山の高さを測るために角度を見るものですね。銅鐸を使った測定技法は特定の氏族の技術なので戦争に負け、滅びるときにすべて土の中に埋め、技術を消したのでしょう。
日本では山だらけなので水平線や地平線はほとんどありません。基準になる方向は太陽の真昼の中点と北極星だけです。季節によって太陽の角度変わるけど、中天の方向は変わらない。夜は測定できないので、昼の中天の太陽を基準にして、丸い穴を通ってくる光を見て、大地に正確に南北線を引くために銅鐸があります。銅鐸と一緒に付いている棒は音を鳴らすためのものでなく、紐をつけて銅鐸を垂直に立てるためのものですね。そして大地に線を引いたり、銅鏡の示す角度方向を延長させるものですね。
どうして学者はそんなことが分からないのだろう?私のようにど素人が見て、パッと思いつくのに。
学者は、銅鐸は一緒に出てきた棒で叩いて音を出す楽器ぐらいにしか想像できないでいる。私のこの説は古代史の博士論文の価値があるな。誰も銅鐸の使い方が分からないでいるのだから。そして銅鏡に関しても間違った解釈をしているのだから。銅鏡は鏡でも表は方角を示すコンパスで裏は太陽の光を反射させる鏡なのです。太陽の光を銅鏡で反射させ、遠くの位置で銅鐸と銅鏡でそれを測るのです。昔の人は視力が良かったので、30km~50kmの距離で銅鏡に反射された光を見ることが出来たはず。そうして日本中の測定をした。測定点には祠を置き、そこに神様を祀り、また大事な所は神社とした。だから神社は緯度や経度に一直線上に並んだり、直角三角形の形で配置されていることになる。








 



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