忍者ブログ

カレンダー

06 2026/07 08
S M T W T F S
4
8
12 17
23 24 25
26 27 28 29 30 31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長さん
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

忍者アナライズ

[1818]  [1819]  [1820]  [1821]  [1822]  [1823]  [1824]  [1825]  [1826]  [1827]  [1828

借金

1億100億の借金を背負っても何とも思わずに明るく日々挑戦している人もいれば100万の借金で苦しい苦しいこんなに苦労している人間は私ぐらいだと思っている人もいる。10万円の借金で生きていくのがつらいと言っている人もいる。さすがに私も10万円の借金で生きていくのがつらいと言っている人にアドバイスする知恵を持たない。そういうのがつらいと思う人は次々に何でも辛いと思うので一度死んでみるしかないと思う。運が良ければ生き返って思考の回天が出来るかも知れないから。思考回路は他人のアドバイス程度では変換が出来ないのだから。前にも何度か書いたことがあるけれど、「天は自ら助く者を助く」という言葉が歳と共に納得出来るようになる。ただ時には人から背中をポンと押されたり方向をアドバイスされることは必要だ。人にアドバイスされて自らの足で歩くということが出来る人だけが救われる。
PR

六義園の桜

22b6008e.jpeg今年も桜の季節がまた始まりました。六義園のしだれ桜も咲き始めたと六義園のHPに載っていました。板橋にいる頃は自転車で15分の距離だったのですがここから行けるかなぁ~?朝の9時開門と同時に入ると良い写真が撮れるのだが今年は無理かなぁ~?板橋の石神井川沿いの桜並木もとても良いのだが、戸田市の荒川沿いにも桜並木があるそうで期待している。昨年までは、桜の季節は仕事をさぼってカメラを持って自転車で走る毎日だったが今年はどのくらい見ることが出来るのだろう?来週の日曜はロイヤルでなくジョナサンで食事をして六義園だな。その次の日曜(4/4)はスーザン・オズボーンのミニ・コンサートだ。そうすると4/4の午前中は日曜行修会を休んで小石川植物園に桜を見に行くのも手だな。いや~、来週の日曜も午前中は六義園にしようかなぁ~?普通の日の朝9時に六義園に行くのはやはりもう無理だもんな。みなさ~ん、日曜日に私が天風会館で見えない時は桜を見に行っていると判断してくださ~い。(上の写真は護国寺の今年の早桜)

テレビ

2/25のNHK「たび歌」を見てから今日まで一度もテレビを見ていない。本屋でテレビ番組表誌をめくっても見たい番組も無いし。テレビをまったく見なくなるなんて本当に私は変わったものだ。歳のせいだろうか?忙しくなると本が読みたくなるというのは相変わらず変わらない。
今日は、私は戦いの後の少し虚脱状態ですね。午後からは英語の予習をしなくてはいけない。この歳になってもまだ英語の勉強とか予習というものから卒業できない。でもテキストとして読んでいる本の内容は面白い。これを読むと間違いなくアメリカ嫌いになるな。だからいくら面白くても翻訳本が出ない。翻訳本を出さないように無言の圧力がかかっているのかも?
明日、地方議会の選挙らしい。市民何とかというグループがいろいろあるみたいだが背景が分からない。背景隠しのネーミングかも?おばさん達が結構運動している。地方議会選挙というのはなんか小学校のPTA選挙みたい?日本の民主主義も小学生段階になってきたのだろうか?今までは飴をくれる人の所に走って行くという幼稚園児段階だったが。まあどちらにしても国も地方も土建屋利権議会から離れつつあるのは進歩だろうと思う。ただ国は自民党土建屋利権から小沢土建利権に移ってきているというのは言える。沖縄の基地問題はその一例でもある。沖合埋め立てというのは土建屋の最も儲かる仕事だから。本当は沖合浮きドック方式が一番環境にも良いしコストも明確に出てくるのだがそれでは土建屋が儲からないのでやらない。
それにしても自民党は自己崩壊段階だし、民主党は小沢さんの奴隷政党だし、共産党は政治オカルトだし、社民党は幼稚園児だし・・・。私の田舎も町長選挙があるみたいで私の小学校のクラスメイトが立候補しているらしい。彼は元官僚としてインターネットで実名で批判されているのだけど田舎では誰も知らない。彼は現町長の姻戚らしくて現町長の後押しで立候補するらしいのだけれど、「恥をさらすな。止めとけ」と私は言いたいのだが・・・。権力は蜜の味。一度その蜜を味わったら離れたくなくなる。権力は麻薬と同じだね。権力を持ったことのない人間にはこの快感は分からない。私は過去生で充分に味わったからそういう段階はもう卒業している。
ただ権力には志と大義名分がいる。それは自分の命と同一のものでなくてはならないのだが。蜜の味だけに酔っているようでは救えない。

非常事態の中の冷静

3月は久しぶりに気が狂いそうになるほど忙しい。新しい仕事(技術)はトラブルがつきものなのでトラブル対応で忙しい上に更に忙しくなる。去年の10月納期のA社向け仕事もやっと出来た。ぎりぎり滑り込みセーフだった。昨日も別な仕事で客先B社に組み立て調整をしに行ったら担当者がいないので調整が終わったら梱包出荷もしてくれと言われた。「はあ~?なんで私が?」と思ったが何も考えない自分に戻してレーザーの調整が終わった後黙々と無心に1時間かけて装置の梱包をして上げた。今日の午後の名古屋での最終製品組み立て検査に間に合うだろうと思う。今日が最終ユーザーにとってのデッド・ラインだった。そして今日も夕方出荷の製品のためにC社から何度も状況確認の電話がかかってくる。
私の納期遅延や品質トラブルのため多くの会社の多くの人が連休も休日出勤で仕事をすることになった、はははは(笑い事ではないが)。メールでもD社とE社からの仕事の納期催促が入ってくる。
その上に今朝は、阪大と近大の教授との技術的な世間話にも付き合わされたし(日本の光技術のこれからの方向みたいな話し)。まあ、ここ2~3年は誰からの話でもお呼びがかかるとダブル・ブッキングにならない限り断らないことを原則にしている。
新しいレーザーというものは常に予想外の問題が起きるので更に製作に時間がかかることになる。慌てても新たなトラブルを起こすだけだから一つ一つ対処している。心で焦っても何も生まれないので心静かに対処出来るようになったのは天風教義のおかげなのだろうか?人生経験の蓄積による結果なのだろうか?それは分からない。

今度の日、月の連休に田舎のそのパワー・スポットを見るために帰りたいと思ったがおそらく無理だろうなぁ~。田舎は桜の季節だろうと思うからちょうど良いのだけれど。HPを検索して分かったことは、霊法会は完全秘密主義の宗教団体みたいでかなり問題がありそうだということ。何故新興宗教がたくさん生まれるのだろうか?空海や最澄や道元の悟りで充分じゃないかと思うのだけれど、それらの坊主が悩み多き庶民の相談に乗ることが出来ないから救いを求めて新興宗教に入るんだな。
要するに既存仏教が葬式仏教のみになって人の道を説かないことから新興宗教の生まれる余地が出てきているということですね。坊主も葬式や法事の時に、生とは何か、死とは何か、ほとんど道を説かないもんな。

人権と知る権利

ちょっと誤解を受けるかも知れないけれど、いつの間に「人権」とか「知る権利」というものが出来たのだろう?これら二つは当たり前の権利として取り上げられているが、少なくとも日本人は戦いによって自らこれらを獲得していない。人権や知る権利を獲得するために戦いもデモも選挙による権利獲得もしていない。知る権利なんて本当にあるのだろうか?国民主権国家の納税者の権利として税金がどのように使われているかを知る権利はあるような気がするが、政治家や芸能人のプライバシーについて知る権利なんか無いと思うのだけれど。人を殺した人間にも人権があるとしばしば言われているけれど、人の人権を否定した人に人権はあるというのはいつの間にそんな理屈が生まれたのだろう?人の権利を大切にするから自分の権利も大切にされる。人を否定すれば自分も否定されるというほうが論理的だと思うのだけれど。もちろん人を殺したかどうか分からない人には当然人権はあるだろうけど。
人権も知る権利もいつの間にか公理のごとく日本人は当たり前のように考えているが、戦いによって獲得した法律ならそれらの権利はあるが、自らの力によって獲得していないのにあるというのは不思議だ。世の中、当たり前のものというものは存在しない。毎日ステーキを食べる権利があるからと、働かないで無銭飲食しているようなものだ。義務と権利は対のような気がするのだけれど。
「憲法を守れ!」と社会主義者は言いながらその憲法を与えてくれたアメリカを否定するのはどういう理屈なのだろう?憲法を肯定するならアメリカも肯定するべきではないのか、アメリカを否定するなら自主憲法を制定しろと言うべきではないのだろうか?平和憲法というのなら自主制定によるさらなる平和憲法を考え出そうとする思考になるべきではないのだろうか?どうも私にはそういう基本的なところが分からない。ちなみに憲法の落とし穴をひとつ。憲法には憲法改正の条件が書かれています。改正には国民の過半数と国会議員の2/3以上の同意が必要です。はてはて何が落とし穴か?憲法破棄については何も条件が書かれていない。新憲法制定には現憲法を破棄すれば簡単なのです。まあ、これは一種のクーデターですけどその内容に世論が納得すれば平和的クーデターというのも理論上はあり得る。まあ歴史にそんな事例は無いかも知れないけれど。事例のないことは出来ないという見方と事例に無いから出来るという見方と両方ある。
ちなみに憲法破棄、新憲法制定の動きがあるとどうなるか?その内容次第では、国連軍すなわちアメリカ軍が日本即再占領となる。なぜなら日本は国連の敵国という条項はまだ生きているので国連決議無くしてアメリカは日本再占領可能の状態が国連の法律によって維持されているのです。そのために日本の横須賀にはまだ国連軍連絡事務所があるのです。いざとなったら日本は30分でアメリカ軍(国連軍)の占領下に入ることになっている。そのために東京の近くに大きなアメリカ軍基地がたくさんある。そういうことをほとんどの日本人は知らないでいる。アメリカを含めて国連常任理事国のどの国もその日本敵国条項をはずすつもりは無いのです。場合によれば中国が国連軍の旗をなびかせて入ってくる可能性だって理論上はある。日本の平和は綱渡りの上に成り立っているのです。日本国の独立は、現状仮出所ならぬ仮独立みたいなものなのですよ。戦争に負けるというのはそういうことなんです。次の戦争に勝つまで戦勝国の保護国の立場を甘んじなければならない。ドイツはまだ第一次世界大戦の賠償金を払い続けているのをほとんどの日本人は知らない。第二次大戦の賠償金ではないですよ。第一次大戦の賠償金ですよ。
だから日本人の知る権利を主張するという欲望は重箱の隅を顕微鏡で拡大して見るようなゴシップを知る権利ですね。政治家のゴシップ、芸能人のゴシップ、犯罪者のゴシップを知りたいだけ。だから日本人の知る権利を主張するマスコミなんて本質や大元に興味を持たない次元の低いもの。とは言いつつも世界の国の中では日本は良い国の内に入る。日本の社会主義者が主張する人権は社会主義国には存在しない。これも大きな矛盾だよなぁ~。


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne